その手が好き

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「手」

 自分で言うのもなんだけど、俺はイケメンの部類に入ると思う。


 瀬名せな悠斗ゆうとといって、名前からしてイケメンオーラが漂っている。背は高いし、運動神経がよければ頭もいい。人当たりがよく誰からも好かれている、まさにクラスのアイドル的存在だ。自分で言うなよなって話だけど。


 そんな俺には、入学以来ずっと気になっている奴がいた。俺と前後の席になった、陰気なアイツだ。


 名前は、曽我そが勇人ゆうと


 苗字の響きが似ている上に、漢字は違えど名前が一緒。だから普通なら、お互いにちょっと親近感が湧いたりして仲良くなろうとしたりすると思う。


 だけど高校生活が始まって早二ヶ月、曽我は誰とも絡もうとしないし、なんとなく近寄りがたくて、このフレンドリーな俺が未だに絡みにいけていないままだった。


 俺はそれが悔しくて仕方ない。


 アイツは猫背だし髪はボサボサで、黒縁眼鏡な上に目元は長い前髪で隠されちゃってそもそも顔すらよく見えない。だけど多分、俺と同じか俺より背が高そうだし全然ヒョロくないし、骨ばってるごつめの手もすごい男っぽい。


 ちっとも喋らないし、必要があって話しかけても「……うん」とか「……そう」とかを低い声で呟かれるだけ。だからちゃんとした声を聞いたことはないけど、多分低くていい声がしそうな気がしていた。


 俺も最初は、ただの陰気な奴だと思っていたんだ。だけどふてぶてしいというか堂々としているというか、あえて目立たず群れないようにしているだけで爪を隠している風っていうか? そういう雰囲気をそこはかとなく感じ取った俺は、まあ簡単に言えば――曽我に滅茶苦茶興味を持つようになっていった。


 だってそういうのって気にならない? 俺はなる。


 曽我の目を正面から見たい。曽我の声を聞いてみたい。曽我が普段何をしているのか、何を考えているのか、何が好きなのかが知りたい。


 想像しようとしても、想像できる材料すら与えてくれないミステリアスな奴、それが俺にとっての曽我だった。


 クラスの他の奴らにも、曽我の話題は振ってみた。俺が知らない何かを知らないかなって。でもみんな、「曽我? 誰だっけ」とか「いるかいないかもわかんない奴な!」とかばっかりで頼りにならない。


 嘘だろ。あんなに存在感があるのに。もしや、ここまで気になっているのは俺だけってことか?


 どうして俺はこんなに曽我のことが気になるんだろう。余計に気になって、夜しか眠れない日々。いつも後ろにいるのに、きっかけが掴めない。


 どうしたら話せるのか。せめて顔をちゃんと見たい。というか、なんで俺に興味を持ってくれないの? 俺はクラスの人気者な筈なのに!


 俺のモヤモヤは、そろそろピークに達しようとしていた。


 そんなある日、チャンスが巡ってきた。


 今日の放課後は、部活がある予定だった。だけど急に顧問に用事ができてしまい、ぽっかりと予定が空いてしまったんだ。


 いつもつるんでいる仲間は部活に行っていたり、とっくに帰ってしまっている時間だ。つまり、折角時間が空いたのに遊び相手がいない。


 ちぇ、とひとり唇を尖らせながら教室に入ろうとした時だった。


 席で頬杖を突きながら、窓の外を眺めている曽我の姿が目に入ったんだ。


 ドアの前で思わず足を止めた俺は、曽我の姿を息を潜めながら観察する。


 広い背中、伸びちゃったのかなという長さの後ろ髪。窮屈そうに机の下にしまわれた足に余分な脂肪は見えないし、全体的に筋肉質でスタイルがいい。きっとその事実に気付いているのは、クラスで俺だけだ。


 ……二人きりの教室で、前後の席。無視するのは自分的に嫌だけど、かといって話しかけて相手にされないのも悲しい。


 と、その時だった。開けっ放しの窓から強めの風が吹いてきて、いつもは隠されている曽我の顔が顕になる。


 硬そうな顎に、シャープなフェイスライン。真っ直ぐで高い鼻、キリリとした眉の下にある涼しげな目。と、こめかみに大きな傷が走っているのが見える。前髪を伸ばしていたのはあれを隠す為か、と気付いた。……隠す必要なんか全然ないのに。


 男臭くも整った曽我の横顔に、俺の視線は釘付けになっていた。


 と、頬杖を突いていた手の爪にガジ、と歯を立てる曽我。


 曽我の骨ばった指は長くて綺麗で、爪が傷付いたら勿体ないとその瞬間思った俺は、気が付けば声をかけていた。


「爪、なくなっちゃうよ」

「え」


 曽我が俺を振り返る。今まで一度も見たことのない、驚いたような表情だ。


 俺の意思とは関係なく、足が前に出た。


「折角格好いい手なのに、勿体ないよ」

「格好いい……?」


 曽我は爪から口を離すと、自分の手を見下ろす。


「……そう?」

「うん。前から思ってたけど、曽我ってパーツパーツが滅茶苦茶格好いいよね」


 俺はそう言うと、横向きで自分の席に座った。手をパーの形にすると、曽我の前に広げる。


「俺さ、背の割に指は細いし手は小さいし、だから純粋に羨ましい。なあ、比べてみようよ」


 俺の言葉に、長い前髪の奥で曽我は目を見開いた。だけど断りはせず、俺の願いを叶えてくれる。


 大きな手が、俺の手とくっつけられた。やっぱり曽我の手は俺よりひと回り大きい。


 引っ込めるタイミングが掴めなくて、俺は曽我と手を合わせたままになる。曽我も同じなのか、ただ俺を見つめたままだ。


 心臓が口から飛び出してきそうだった。だけどこの機会を逃す訳にはいかない。


「なあ――このあと時間ある? 俺、曽我のこと、もっと知りたい」


 曽我の目が、大きく見開かれる。風がまた吹いて、今度は俺と曽我の前髪を巻き上げた。


 曽我が、初めて聞くはっきりとした声で答える。


「……風が強いな」

「そうだね」

「……どこに行って何すんの」

「お喋り。遊ぶのでもいい。曽我のこと、教えて。それで俺のことも曽我に知ってもらいたい」


 曽我は俺の手から手を離すと、微かに頬を緩めて言った。


「――変な奴」と。


 ◇


 あの日から、暫くが経ち――。


 俺は今日、初めて曽我の家に遊びに来ていた。


 曽我の漫画コレクションのラインナップを聞いて目を輝かせていたら、「……まあ瀬名なら来てもいい」と言って招いてくれたんだ。


 俺が曽我の部屋の本棚をはしゃぎながら眺めている間、曽我はポツリポツリと話してくれた。


 俺の予想通り、曽我の前髪はこめかみの傷を隠す為に伸ばされていたものだったんだ。


 あの傷は、小学校の時に交通事故に遭ってできたものだった。以前は出していたけど、中学時代に気持ち悪いと連日のように揶揄われて嫌になり、高校では隠すようにしていたらしい。


 誰とも関わらないようにしていたのも、そういうものの全てが面倒になっていたからだと教えてくれた。


 事故でできた傷を揶揄うなんて、とんでもない奴だ。俺は曽我に代わってひと通り怒った後、曽我に向かって言った。


「あのさ、俺は気にしないから。それに俺は曽我の顔が好きだから、これからはちゃんと見せてよ」

「好きって……はあ……」


 曽我は俺が曽我のパーツを褒める度、呆れたように小さな溜息を吐くんだ。でも仕方ないじゃないか。俺の目には、どうしたって曽我が格好よく映るんだから。


 横並びにベッドに座っている曽我に、にこりと笑いかける。


「あ、でも、曽我の手も好き。骨っぽいのに太くて格好いいよな」

「……瀬名」

「あ、声も好き! シチュエーションボイスってあるじゃん? あんな感じのをイヤホンで曽我の声を聞いてみたいかも!」

「――瀬名!」


 曽我は突然俺の二の腕を掴んで声を荒げると、口をへの字にしながら言った。


「……そんなに好き好き言われると、勘違いしそうになるからやめろ」


 どくん、と俺の心臓が飛び跳ねる。


「……勘違い? 何を」


 曽我が、まるで睨んでいるような目で俺を射抜くように見つめてきた。


「――瀬名が俺のことを好きなんじゃないかってことを、だ」


 俺は口をグッと強く閉じた後、顎が震えそうになるのを必死で誤魔化しながら、口を開く。


「……好き、だよ」

「え」


 もしかしたら、俺の顔は今真っ赤になっているかもしれない。だって、俺が曽我に対する興味が友達以上の好意だと気付いたのは、つい最近のことだから。


 曽我が、長い前髪の向こうで目を大きく見開いているのが見える。嫌がられてないならいいんだけど――どうなんだろう。


「曽我のこと、好きに、なっちゃった。……ダメ、かな?」


 曽我の目が、更に見開かれていった。形のいい唇が、ゆっくりと開かれていく。何を言われるかと考えると胸が苦しくて、どうにかなっちゃいそうだ。


 期待を胸に、祈った。


 やがて、少し掠れてはいるけど、曽我の低くて格好いい声が答える。


「……ダメ、じゃない……」

「……!」


 俺は曽我の額に手を伸ばしていくと、前髪を掻き上げた。潤んでいるように見える曽我の大きな瞳は、やっぱり俺を真っ直ぐ見つめている。


 あまりにも嬉しすぎて、言葉に詰まってしまった。何か言わないとと思っても、頭の中はもう大混乱で気の利いた言葉が思い浮かばない。


 ……だったら、行動しかないよな。


 俺は前屈みになっていくと、大胆にもそのまま顔を曽我に近付けていき――。


 曽我の唇に、自分の唇を重ねたのだった。

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