阿騰呪い精算所

タピオカ転売屋

あとうクリーニング

 ――本当に……ここなの?

 笹丘真美の顔に、不安が浮かんだ。


 目の前には、

「ワイシャツ250円」

「朝出して夕方受け取り」

 と書かれたのぼりが、はためいている。

 看板には、ひらがなで

 あとうクリーニング。

 どう見ても、ただの町のクリーニング店だった。


 真美は、もう一度チラシを見直す。

 ――やっぱり、ここだ。


 念のため、裏に回ってみる。

 だが、阿騰あとう呪い精算所を示すような看板は、どこにもなかった。


 もう一度、表に戻る。

 そっと店内を覗く。

 白いカウンター。

 整然と並んだハンガー。

 奥からは、低く唸るような洗濯機の音。

 ——お手本のような、クリーニング店だった。


 意を決して、引き戸を開く。

「……すみません」

 恐る恐る声をかけると奥から男性の声がした。


「はーい、すぐ行きます」

 笑い皺のある六十ぐらいのいかにもお父さん、という風貌の男性が出てきた。


「はい、いらっしゃい……受け取り証よろしいですか?」

 ああ、完全に、クリーニング店だ。


「あの〜阿騰あとう……呪い精算所って、こちらでしょうか?」

 お父さんは、目を見開いて驚いていた。


「あ~そっちのお客さん、ちょっと待ってもらっていい?」

 そう言うと店の奥に向かって呼び出した。


「お母ちゃーん!お母ちゃーんて!!」


 奥のほうから「なに〜?」と返事がある。


「お客さんが来たけん、店番ば変わってくれんね」


 また奥から「お客さんが来とうなら、アンタが応対せんね!」

 お父さんは、声を張り上げる。


「そっちのお客さんじゃないとっ

 て、オレのお客さんたい」


 奥から、女将さん風のふくよかなお母さんが出てきた。

 流石に如才ない笑顔を浮かべて挨拶してきたが、驚きは隠せないようだった。


「じゃ、頼んどくけんね」


 そう言うと店の奥に案内する。

 ハンガーに吊られた洋服を避けながらついて行くと、6畳ほどの畳敷きの真ん中に足の低いテーブルが置かれている。


 至って普通の応接間である。

 ああ、店舗兼住宅なんだ。


「どうぞ、足崩してください、今お茶入れてくるけん」


 思わず、「おかまいなく」と口に出る。

 来る前に用意してきた心構えがほどけていく。


 ほどなく、お父さんがお茶を持って来た。

 湯のみをテーブルに置き、真美の向かいに腰を下ろす。


「呪い精算所の阿騰あとうです」


 薄々、感づいてはいた。

 やっぱり、この人だったんだという安心感。

 それと同時に、

 この人に相談して本当に大丈夫なのかという不安感。

 それらが、ないまぜになって胸の奥に残っていた。


「……笹丘真美です」


 お父さん――阿騰あとうは、真美にお茶を勧めた。

 そして、自分はずずっと旨そうにお茶を飲む。


「それじゃあ、聞かせてもらいましょうかね」


 おずおずと真美が聞き返す。

「あの〜どこから話して良いのか……」


 阿騰あとうは、きっぱりと言った。

「全てです。まず笹丘さん自身のこと、年齢職業家庭、全てお願いします」


「はい……33歳です。

 結婚して十年になります。

 子どもが、八歳と六歳。

 スーパーで、レジ打ちのパートをしています」


 真美が話している間、阿騰あとうはメモをとる訳でもなく真美を見つめていた。

「なるほど、では呪いの精算に来られた理由を聞かせてください」


 真美は言い淀む。

 少し考えて口を開く。

「その……精算というのは呪いをはらうというか、なくすってことでいいんでしょうか?」

 阿騰あとうは、ゆっくりと頷く。


「合っとります、ばってんが普通の人は簡単に呪われたとは思わんけんね、笹丘さんがそう思った理由があると思うっちゃんね」


 真美もあれがなければ、呪いなんて思うことさえなかった。


「きっかけは、パートの制服を洗濯しようとした時です。

 レジなんで、ポケットにボールペンとか、メモ紙が入ってることがあるから、洗う前に一応確認するんです」


 阿騰あとうが確認する。

「その制服は、笹丘さんしか触らんとですか?」

「はい、家で洗うので、職場でも個人管理です」


「それで、ポケットの中に……

 見覚えのないメモが入ってたんです」

「……『苦しみますように』って、書いてありました」


 真美は何かを打ち消すように続ける。

「私も気のせいじゃないかって……例えば、床に落ちているゴミを拾って、後で捨てようとポケットに入れて忘れちゃったとか」

「殴り書きのような字だったので、そう読めてしまったとか」


 阿騰あとうが言葉を挟む。

「その紙は、どげんしたとですか?」

「捨てました……だって、きっと気のせいだと思ったから」

 阿騰あとうが後を引き継ぐ。

「気のせいではなかった……ですね」


 真美は、そっと頷く。

「また、入ってました、しかも今度は『苦しみますように、捨てないでね』って書いてありました」


 阿騰あとうは、わかっていることを聞いた。

「その紙は持って来とるとでしょ」

 真美は頷いて、バックを開ける。


「まだ出さんでよか」

 阿騰あとうが静かに制止する。



「笹丘さん。

 アナタに悪意ば持っとる人がおるとは、間違いない。

 ばってんが、それだけじゃ、ここまで来んっちゃないとね」


 真美は頷く。

「紙を見てから、何か……なんでもないことでもイライラしてしまって、つい子供に怒鳴ってしまったり……全てが悪い方に」

「――阿騰あとうさん、やっぱり呪いってあるんでしょうか?」


 阿騰あとうは、腕を組んで首を傾げる。

「うーん、あると言えばあるっちゃけど、笹丘さんが思っとるカタチではないとよ」


 真美が身を乗り出す。

「カタチ?」

「例えば、そのメモなんやけどね、それはただのインクの染みなんよ、そこには何の力もない」


 真美は、ムキになって反論する。

「でも!これを見てからおかしくなったんです!!……それがインクの染みなんて」


 阿騰あとうは、深く頷いた。

「うん。そりゃあそうよね、そう思うよね」


 阿騰あとうは、お茶を啜る。

「ばってんね、笹丘さんはメモを見る前から呪われとうとよ、笹丘さんに限らず、みんなね――呪われとうと」


 真美が虚を突かれたように押し黙る。

「例えば笹丘さんね、アナタは

 女で

 社会人で

 お母さんで

 妻で

 ——笹丘真美という呪いに、かかっとうと。

 でもそれは、普段気づかんと――メモのようなきっかけがないとね」


 それまで押し黙っていた、真美がせきを切ったように叫ぶ。

「そんなの、呪いじゃない!

 だったら、どうしたら良いの。

 離婚して、子供とも離れて、独りになればいいんですかっ!!」


 阿騰あとうは、黙って聞いている。

「そんなこと出来るんなら、とっくにしてますよ!!……出来ないから、苦しいんじゃない……」


 真美の目から涙がこぼれ落ちる。

 阿騰あとうは、ボックスティッシュをスッと前に出す。

 真美の嗚咽だけがその場を包んでいた。


 やがて、嗚咽がやみ真美がティッシュでチーンと鼻をかむ音がして、ようやく阿騰あとうが話しだした。


「真美さん……真美さんと呼んでもよかね?

 全部の呪いが剥がれた後に残るのは、真美という名前たい。

 いつ真美になったか覚えとるね?」


 真美は、少し考えてから首を振った。


「……覚えてません」


 阿騰あとうは深く頷くと

「呪いは、垢みたいなもんやけん。

 溜まり過ぎると、ただのインクの染みが病気を引き起こすんよ」


 阿騰あとうは、ふっと笑った。


「ウチはクリーニング屋やけんね。

 服の垢も、心の垢も、さっぱり落としちゃーけん……お金はもらうばってんが」


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阿騰呪い精算所 タピオカ転売屋 @fdaihyou

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