瞳画
藍詩
瞳画
自宅から徒歩六分のバイト先からの帰り道。
最寄り駅を抜けると、住宅街は急に音がなくなる。昼の人声が抜け落ち、夜は自分の足音だけが反響している。
靴底がアスファルトの粒を踏む感触まで、やけに明瞭に感じる。
住宅街のぬるい風に煽られて、伸びすぎた前髪が目にかかった。
今日もキツかった。接客だけならまだいいが、搬入や積み込みが絡むと話が違う。
今日は他に力仕事ができる人員もおらず、結局残業になった。
以前店長にシフトを指摘したが、返ってきたのは
「お前男なんだから」
という嘲笑混じりの時代錯誤な言葉だけ。
言い返すほどの元気もなかった。
明日のシフトを確認しようとしてスマホを取り出し、画面を見る前に指が止まる。
――めんどくさ
呟いて歩く速度を上げた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
玄関に鍵を掛けて、靴を脱ぎ捨て、洗面台に向かう。
手を洗って、うがいをして、パッと見た洗面台の脇に、上部がぺたんと潰れたシェービングクリームが立ててあった。
「はぁ……忘れてた」
持ち帰ったまかないを温めて、溜息交じりにリビングの扉を開き、簡単に夕食を済ませる。
薄いプラスチックのパックを、口を拭ったティッシュと一緒に袋の中に放り込んで、一日が終わることに、カクンと項垂れる。
――――――――――――――――――――――――――――――――
ノートパソコンを開き、いつものようにブックマークから最近見つけた動画投稿サイトをクリックする。
画面いっぱいに表示される広告の小さなバツ印を慣れた手つきで消していく。
ありふれたサムネイルが並ぶ中、一つの動画に目が留まった。
それは、昼間のファストフード店で、商品の受け渡しをしている制服の女性が写されているものだった。
「コンセプト系か?」などと思いながらグッズを手に取り、何となくクリックすると、ありがちな隠し撮りの映像で、そこにはサムネイルの女性がカウンターで働く様子が記録されている。
遠目からの画角で、カメラから被写体までの間には車道が挟まっており、時折車が通過する。
女性は、割とテキパキと働くタイプのようだ。
少しの間その風景を眺めて、タッチパッドを何回か叩くと、読み込みで画面が暗転し、再生された画面には先ほどと変わらない様子が映し出されている。
二人組の男性客に商品を受け渡し、両手をへその前で揃え、笑顔で頭を下げる。
誰かに呼ばれたのか、カウンターの奥へ引っ込んでいった。
今度は思い切ってカーソルを動かし、シークバーの半分よりやや後半まで動画をスキップした。しかし、やはり景色は変わらない。
――……長。
意識のフォーカスが切れて、ふと動画全編の時間を確認する。
シークバーの端には
-2:58:51
と表示されていた。
つまり少なくとも、この動画はあと約三時間再生されることになる。
ギョッとして、恐る恐る動画終了付近までスキップする。
やはり、変わらない光景が映し出されている。
約六時間、一人の女性がファストフード店で働く様をただ映し続ける映像。
不可解さで、鳩尾が冷える。
気分も萎えてきてしまっていた。
その瞬間、画面がわずかに揺れ、スピーカーから小さな衣擦れが聞こえた。
明らかに手振れを起こしたのだ。
――手持ち……?
ドッと心臓が大きく一つ脈を打った。
身体が強張り、唾を飲み込んだ。
徐々に呼吸を整え、恐る恐る、画面の左下に表示されている動画投稿者のアイコンにカーソルを合わせる。
ずらりと並ぶ投稿動画は、どれも六時間から中には八時間を超えるものも存在する。
「こんな長時間の動画が投稿できるのか……」
マイナーな違法サイトには似つかわしくない管理のされように心の中で悪態を吐き、「とりあえず遡ってみるか」と一番下までスクロールした。
かなりの数の動画がアップロードされている。
上へ上へとスクロールしていく。どうやら、同じ人物を写した動画が何本か固まって並んでいるようだった。
ある動画では、金髪でショートカットの女性が有名チェーンのレジで接客をする様子が映し出されていた。
動画をクリックすると、最初に見たものとほとんど同じ内容で、夕方頃からのシフトなのか、時間を飛ばすごとに空が暗くなっていき、街灯が点灯し、隣接するリサイクルショップのシャッターが下りる。
別の動画には可愛らしくハーフアップにした茶髪の女性がサムネイルに映し出されていた。
動画を開き、シークバーの適当な位置をクリックすると、カメラの背後を通り過ぎているのか、やけに大きな音で廃品回収トラックの聞き慣れたアナウンスが、パソコンのスピーカーを通して流れてくる。
何度か画面がぼやけ、その度直ぐに被写体の女性にピントが合わせられた。
またある動画には、ボブヘアでエプロンをした女性の姿が弁当屋のガラス棚の奥で接客している姿がサムネイルに表示されている。慌ただしく厨房と窓口を行ったり来たりする様子や、別の店員と談笑している姿まで映されている。
どうやらこの投稿主は、いくつかの動画を不定期に纏めてアップロードしているようで、同じ子を写した動画は、連続で数日のうちに投稿されている。
どの動画も長尺で、どの動画のタイトルも
――【個人撮影】この子の事を知りませんか?
この手のサイトで頻繁に見る、使いまわしの文言だ。
しかし投稿内容の奇怪さで、なんとなくこの定型文に質量すら感じる。
流石にすべての動画を開いて確認するわけでもなく、無意識に任せてカーソルを動かし、ついにディスプレイの端にページの終わりが見えてくる。
机に肘を着き、画面に顔を近づけた。
スクロールし終えて、何気なく目をやった最新の動画。
投稿は昨日の日付。
サムネイルには、肩にかかった黒髪の、伸びすぎた前髪をピンでとめた、長身の女性。
――私。
咄嗟にビクリと体が浮いて、タッチパッドから手を放す。
跳ねた膝が当たって、ガタッと机が音を立てた。
――――チン、カタカタ
軽い金属小物が床に落ちた、乾いた音。
机の傍に、動画に映ったものと同じピンが転がっていた。
瞳画 藍詩 @Aoshxt002
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