ブラックギルドをクビになった俺、実はギルドの「システム管理者(アドミン)」だった。 〜IDを消したら、ギルドの金庫も装備も全部ロックされたらしく、社長が顔面蒼白で電話してくるがもう遅い〜
抵抗する拳
第1話
東京・六本木。
国内最大手の探索者ギルド『グロリアス』の本社ビル、最上階。
全面ガラス張りの社長室からは煌びやかな東京の夜景が一望できる。だが室内の空気は氷点下のように冷え切っていた。
「――というわけでだ。来月から君の席はない。今までご苦労だったね、ミナト君」
革張りのソファにふんぞり返り、葉巻を燻らせながらそう告げたのは社長の
恰幅の良い腹を揺らし下卑た笑みを浮かべている。
その隣には当ギルドの看板プレイヤーであるSランク探索者、キョウヤが立っていた。
「いやぁ、悪いなミナトさん。俺の『魔剣』のメンテとか、今まであざーっした! でもさ、時代はAIっしょ?」
キョウヤは金髪をいじりながら、ヘラヘラと笑う。
俺――
「解雇、ということですか。理由は?」
「コストカットだ」
剛田社長は、机の上の資料をポンと叩いた。
「君がやっているシステム管理業務? サーバー維持費? 無駄に金がかかりすぎなんだよ。最近じゃ優秀なAIが出回ってるだろう。君がカチャカチャやってる作業なんて、AIに任せればタダ同然だ」
「⋯⋯社長。このギルドのダンジョン攻略支援システム、資産管理セキュリティ、装備の認証ロック。すべて私が一人で構築し運用しているものです。AIに引き継ぎもさせずに切れば、どうなるか分かっていますか?」
「ハッ! これだからITオタクは困る。自分がいなきゃ回らないとでも思ってるのか? パソコンなんてのはなぁ、電源入れりゃ動くんだよ! 代わりのエンジニアなら、明日から入る新入社員にやらせるから問題ない」
ダメだ、こいつ。
俺は心の中で小さく溜息をついた。
この『グロリアス』が急成長できたのは、俺が構築した「自動マッピング支援」や「ドロップ率最適化アルゴリズム」のおかげだ。
だがITリテラシー皆無の剛田や脳筋のキョウヤには、それが「魔法」か「当たり前」にしか見えていないらしい。
「分かりました。では、本日付けで退職させていただきます」
俺は抵抗しなかった。
ブラックな労働環境、未払いの残業代、そしてこの侮蔑。
我慢の限界など、とうの昔に超えていた。
「おう、話が早くて助かる。退職金はないからな。さっさと荷物をまとめて出ていけ」
「はい。⋯⋯あ、最後に一つだけ」
俺は懐から私物のノートPCを取り出し、パカッと開いた。
慣れ親しんだ黒い画面に、緑色のコマンドラインが走る。
「な、なんだ? 何をしている」
「
剛田は鼻で笑った。
「フン、好きにしろ。会社の備品は一つも持ち出すなよ」
俺はキーボードを叩く。
カチャ、カチャ、カチャ、ッターン!
心地よい打鍵音が響く。
入力したコマンドは、単純明快なものだ。
管理者権限:有効
ギルド《グロリアス》:全権限剥奪
――システムを強制終了します。
画面に『アクセス拒否:ユーザー「管理者」は削除されました]の文字が表示される。
俺はPCを閉じ、小脇に抱えた。
「では、お世話になりました。⋯⋯これからの『グロリアス』の発展を、草葉の陰からお祈りしていますよ」
「おう、負け惜しみか? せいぜい底辺ギルドでケーブルでも繋いでろ!」
キョウヤと剛田の高笑いを背に、俺は社長室を出た。
エレベーターホールに向かう足取りは軽い。
あーあ。
消しちゃった。
俺のアカウント、消しちゃったなぁ。
このギルドのシステムにおける「Admin(管理者)」は、俺一人だ。
そして、セキュリティの核となる認証キーは俺の生体情報と紐づいている。
俺のアカウントが消えるということは――「家の鍵を捨てて、ドアをコンクリートで固める」のと同義だということに、彼らが気づくのはいつだろうか。
まあ、もう関係ないけど。
* * *
ミナトが退室して数分後。
社長室では、まだ剛田とキョウヤが祝杯をあげていた。
「いやぁ、せいせいしましたね! あいつ、いつも『セキュリティが』とかうるさくて」
「全くだ。これからは浮いた給料分、キョウヤ君のボーナスに回そうか」
「社長! 一生ついていきます!」
その時だった。
ブツンッ、という不快な音がして、部屋の照明が落ちた。
「あん? 停電か?」
「おい、総務は何をしている! 予備電源を⋯⋯」
剛田がデスク上のインターホンを押そうとした。
だが反応がない。
それどころか、部屋の隅にある大型サーバーラックから、けたたましいアラート音が鳴り響き始めた。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
「う、うるさいな! なんだ!?」
「しゃ、社長! 俺のスマホも圏外になってます! ギルド内Wi-Fiが死んでる!?」
直後、ドタドタと顔面蒼白の秘書が部屋に飛び込んできた。
自動ドアが開かないらしく、こじ開けて入ってきたようだ。
「しゃ、社長!! 大変です!!」
「騒々しい! 何事だ!」
「き、金庫が⋯⋯地下の大金庫が開きません!!」
「はぁ!?」
剛田は弾かれたように立ち上がった。
『グロリアス』の資産の全て、レアアイテムや魔石が保管されている電子金庫。
それは最新鋭の生体認証と魔力パスコードで守られているはずだ。
「故障か!? 業者の番号は!」
「それが⋯⋯金庫の液晶パネルに、エラーメッセージが出ていて⋯⋯」
秘書が震える手で差し出したタブレットには、金庫のパネルを撮影した写真が写っていた。
『システム致命的エラー]
認証サーバー:未検出
ユーザーID:「剛田」→ 拒否
ユーザーID:「キョウヤ」→ 拒否
最高権限者:不在 「ユーザー:ミナト・アイヅキ」
セキュリティプロトコル:ロックダウンモード起動中
全ての資産を凍結します。
解除するには管理者権限(Admin)でログインしてください。
「な⋯⋯なんだこれは⋯⋯?」
剛田の背筋に、冷たいものが走る。
最高権限者⋯⋯ミナト・アイヅキ。
⋯⋯不在。
「ふ、ふざけるな! 俺は社長だぞ! 俺の指紋を通せ!」
剛田はわめくが、現実は無情だ。
システムにとって「社長」という肩書きなど無意味。
IDが登録されているかどうか、権限があるかどうか。それだけが全てだ。
そしてその権限を管理していたのは――たった今、クビにして追い出した男だった。
「お、おい! 俺の装備はどうなんだ!?」
キョウヤが慌てて腰に差していた『魔剣グラム・ネオ』を抜こうとした。
この剣はAIアシストにより自動で敵の弱点を追尾し、斬撃の威力を増幅する最新鋭のスマートウェポンだ。
しかし。
「う、動かねぇ⋯⋯! なんだこれ、ただの重い鉄の棒じゃねぇか!」
剣の柄にあるインジケーターは、無情な赤色を点滅させている。
[ エラー:契約期間失効 ]
契約者情報を確認できません。
サブスクリプション認証に失敗しました。
機能制限モードに移行します。
攻撃力: 5000 -> 5
「こ、攻撃力5ぉぉぉぉ!? スライムも殺せねぇよこれじゃ!」
キョウヤが絶叫し、剣を床に投げつける。
ガシャン、と間の抜けた音が響いた。
さらに悲劇は続く。
秘書の端末に、現場の探索者たちからの悲鳴のような報告チャットが滝のように流れ始めた。
[チームA]: おい! ウチのダンジョン転送ゲートが開かないぞ!
[チームB]: 帰還用のポータルも起動しない! 閉じ込められた!
[経理部]: 給与振込システムにアクセスできません! 明日の振込日が⋯⋯!
[広報部]: 公式HPが404エラーで消えてます!
ギルドの機能が心臓発作を起こしたかのように次々と停止していく。
剛田は理解した。
あの男が言っていた言葉の意味を。
『私の個人ライセンスで動かしていたプログラム』
これらは会社のシステムを使っていたのではない。
ミナトという天才が個人的に構築した「城」に、間借りさせてもらっていただけだったのだ。
その大家を追い出せば、どうなるか。
家を取り壊されるのは当然の帰結だった。
「で、電話だ⋯⋯! ミナトに電話!!」
剛田は脂汗を流しながら、震える指でスマホを取り出した。
短縮ダイヤル1番。
呼び出し音が鳴る。
プルルルル⋯⋯プルルルル⋯⋯
ガチャ。
「お、おいミナトか! 今すぐ戻ってこい! 冗談だ、クビは冗談だ!」
剛田は必死にまくし立てた。
だが電話の向こうから聞こえてきたのは、無機質な機械音声だけだった。
『――おかけになった電話番号は、お客様の都合によりお繋ぎできません。The number you have called...』
プー、プー、プー。
「ちゃ、着信拒否だとぉぉぉぉぉ!?」
剛田の絶叫が、暗闇に包まれた社長室に虚しく響き渡った。
だが、これはまだ序章に過ぎない。
「システム管理者」を敵に回した本当の恐怖は、これから始まるのだ。
* * *
翌日の昼下がり。
俺は駅前のオープンテラスカフェで、優雅にアイスコーヒーを啜っていた。
秋晴れの空は高く、風が心地よい。
昨日まで地下のサーバールームに缶詰めにされていたのが嘘のようだ。
「さて、と」
俺はスマホを取り出し、ニュースアプリを開く。
トップニュースには、予想通りの見出しが躍っていた。
『大手ギルド「グロリアス」、システム障害で機能停止。ダンジョン内に探索者取り残しか』
『社長の剛田氏、会見で「悪質なサイバーテロ」と主張するも、専門家は「単なる契約切れ」と指摘』
SNSのトレンドも『#グロリアス倒産』『#給料未払い』で埋め尽くされている。
俺は小さく鼻を鳴らし、別のアプリ――自作の『ダンジョン・アドミニストレータ(管理者ツール)』を起動した。
黒い背景に、緑色の文字列が流れる。
『ユーザー:ミナト(管理者)]
『サーバーステータス:正常]
『対象:東京ダンジョン03]
>「管理者モード」を起動⋯⋯OK
>ドロップ率制限:解除(既定値:0.01% → 100%)
>敵対行動レベル:低
これは俺が個人的に開発した、ダンジョンの魔力波長を解析し、システムに介入するためのツールだ。
『グロリアス』の連中は、俺がこのツールを使って彼らのドロップ率を「下駄履かせ」てやっていたことすら知らなかっただろう。
今日からは、この力を自分のためだけに使わせてもらう。
「あのぉ⋯⋯すみません」
ふと、遠慮がちな声がかかった。
顔を上げると、大きなリュックを背負った小柄な少女が立っていた。
パーカーのフードを目深に被り、手には自撮り棒を持っている。
「ここ、相席いいですか⋯⋯? 他が空いてなくて」
「ああ、どうぞ」
少女は「ありがとうございます」とペコペコ頭を下げて座った。
彼女のスマホ画面がちらりと見える。配信アプリの待機画面だ。
『【底辺】Eランクのカノンが新宿ダンジョンで薬草拾うだけ【初見歓迎】』
視聴者数:12人
少なっ。
俺はその名前に見覚えがあった。
カノン。以前、ブラックギルドの新人勧誘リストから「利益率が低い」という理由で弾かれていた子だ。
確か、潜在能力(ポテンシャル)の数値は異常に高かったはずだが。
「配信者さん?」
「え!? あ、はい! まだ始めたばっかりなんですけど⋯⋯今日は新宿ダンジョンの浅層で、スライムでも狩ろうかなって⋯⋯」
カノンは恥ずかしそうに縮こまる。
俺は少し考え、ニヤリと笑った。
ちょうどいい。
俺の「管理者権限」のテストも兼ねて、彼女に少しバフをかけてやるか。
それに、ブラックギルドへの「ざまぁ」は、第三者に見せつけてこそ完成する。
「よかったら、俺も同行していいかな? 少し検証したいプログラムがあってね」
「えっ、でも私、Eランクですよ? 足手まといに⋯⋯」
「構わないよ。君はただ、配信を回しててくれればいい」
俺はスマホを操作し、彼女の端末にパーティ申請を送る。
[システム通知]
プレイヤー「ミナト」がパーティ参加を申請しました。
職業:システム管理者
レベル:エラー(測定不能)
「えっ⋯⋯職業、システム⋯⋯管理者⋯⋯? エラー?」
「バグかな。気にしないで」
俺はウィンクして席を立った。
「さあ行こうか。今日は『大漁』になるよ」
* * *
新宿ダンジョン、第5層。
本来ならCランク以上の探索者がパーティを組んで挑むエリアだ。
しかし現在、カノンの配信枠は異様な盛り上がりを見せていた。
視聴者数:1,254人
『 おいおいおい、ここ5層だろ!? Eランクのソロで来る場所じゃねぇぞ!』
『 死ぬぞカノンちゃん! 逃げろ!』
『 隣の男、装備が軽装すぎるだろ。ノートPC片手にダンジョンって舐めてんのか?』
カノンは震えながら自撮り棒を構えている。
目の前には、凶悪な牙を持つ『キラーウルフ』の群れ。通常なら絶体絶命のピンチだ。
「ひぃっ、わんわんがいっぱい⋯⋯! ミナトさん、逃げましょう!?」
「大丈夫。ボクが『設定』を変えるから」
俺は群れを前にしても動じず、左手のノートPCをタイプした。
>対象:キラーウルフ(グループID:A05)
>処理:HPを「1」に設定
>処理:状態異常「麻痺」を付与
[実行]
エンターキーを押した瞬間。
唸り声を上げて飛びかかろうとしていたウルフたちが、空中で「ビシッ!」と硬直し、糸が切れたように地面に落下した。
ピクリとも動かない。
「へ⋯⋯?」
カノンが間の抜けた声を出す。
「今だ、カノンちゃん。軽く小突いてみて」
「は、はいっ!」
彼女がおっかなびっくり、持っていた安い短剣でウルフをコツンと叩く。
その瞬間、ウルフはポリゴン状の光となって霧散した。
ジャラララララ⋯⋯
そして、その場に信じられない量のアイテムが散らばった。
紫色の輝きを放つ魔石。銀色に光る毛皮。そして、極めつけは――
「えっ、これ⋯⋯『疾風の指輪』!? ドロップ率0.01%の激レア装備ですよね!?」
カノンが拾い上げた指輪を見て、コメント欄が爆発した。
『はああああああああ!?』
『ファッ!? 疾風の指輪って、あの『グロリアス』ですら月に1個出るかどうかの代物だろ!?』
『それが3個も落ちてるんだがwwwww』
『待て、あの男何した? 指一本触れてないぞ?』
『魔法か? いや、詠唱してなかった。パソコンいじってただけだぞ』
「うん、ドロップ率100%固定にしたからね。全部落ちるよ」
俺は平然と呟き、次のエリアへ向かう。
「さあ、次に行こう。今日はインベントリがパンクするまで帰さないからね」
その後も、俺たちの進撃は続いた。
トラップは [トラップ無効 ] コマンドで全解除。
ボスモンスターは 『デバックモード: God ] でワンパン。
宝箱はパスコード解析で即オープン。
カノンの配信同接は、気づけば5万人を超えていた。
『ここが噂の神配信ですか』
『カノンちゃんが覚醒したというか、後ろの「管理人さん」がヤバすぎる』
『あの動き、無駄がなさすぎる。敵の出現位置を予知してるレベルだぞ』
『チートだろ通報した』
『いや、ダンジョンのシステム自体に干渉してるっぽい挙動だ。ありえねぇ⋯⋯現代の魔法使いかよ』
そして、この祭りは当然、あのブラックギルドにも飛び火する。
SNSではある比較画像が拡散されていた。
『左:システムダウンで迷宮に閉じ込められ、松明で暖を取るSランク探索者(グロリアス)』
『右:謎のエンジニアと組み、レアアイテムの山に埋もれて笑顔のEランク配信者』
この残酷な対比に、世間の反応は容赦なかった。
『グロリアスざまぁwwww』
『武器も弱体化してるらしいぞ』
『キョウヤ君、自慢してた剣どうしたの?w』
『これもう、グロリアスの「システム」を作ってたのが誰かバレバレじゃね?』
『有能なエンジニアを追放した結果がこれだよ!』
俺はカフェオレを飲みながら(ダンジョン内でデリバリーも頼めた。管理者権限で転送したからだ)カノンに微笑みかける。
「どうだいカノンちゃん。これでもまだ、自分を『底辺』だと思う?」
「お、思いません⋯⋯! 私、夢を見てるみたいです⋯⋯!」
カノンの瞳は、キラキラと輝いている。
その横で、俺のスマホはずっとブブブブと震え続けていた。
通知センターを開く。
『着信: ブラック社長(58件) ]
『SMS: おい! 見てるぞ配信! 今すぐ戻れ! ]
『SMS: 頼む! パスワードだけでも教えてくれ! 金庫が開かないと借金取りが来るんだ! ]
『SMS: 給料3倍出す! いや5倍だ! ]
「⋯⋯ふっ」
俺は鼻で笑い、視聴者に見えるようにスマホの画面を掲げた。
そして、配信用のマイクに向かって、あえて明るい声でこう言った。
「あ、迷惑メールがうるさいので、通知オフにしますねー。スパムかな? 皆さんも気をつけてくださいね」
ポチッ。
『ブロックリストに追加しました ]
『wwwwwwwwwwww』
『スパム扱いワロタ』
『ブラック社長、公開処刑乙www』
『スパチャ投げます! その資金で新しいギルド作ってくれ!』
画面を埋め尽くす「草」の文字と、虹色のスパチャの嵐。
最高の気分だ。
物理的な暴力なんていらない。
ただ、然るべき権限を、然るべき人間が使うだけで世界はこんなにも簡単にひっくり返るのだから。
* * *
一方その頃、ギルド『グロリアス』の社長室。
「⋯⋯拒否、だと?」
剛田は、通話終了を告げる無機質な画面を呆然と見つめていた。
指先が震え、スマホがカタリとデスクに落ちる。
――ブロックされた。
たかが社員に。俺がクビにした、代わりなどいくらでもいるはずの歯車ごときに。
「ふ、ふざけるな⋯⋯! 俺は社長だぞ! この業界の重鎮だぞ!」
剛田は怒号を上げるが、答える者はいない。
秘書は既に逃げ出した。
Sランク探索者のキョウヤも、「こんな装備じゃ戦えねーよ! 移籍するわ!」と唾を吐いて出て行った。
残されたのは剛田と、沈黙した巨大な電子金庫だけだ。
ピンポーン。
不意に部屋のインターホンが鳴る。いや、セキュリティシステムが死んでいるため、誰かが直接ドアを叩いている音だ。
ドンドンドン!!
「剛田社長! 銀行団です! 融資の引き上げについてお話が!」
「おい剛田! 探索者協会だ! 管理不届きで業務停止命令が出たぞ!」
「金返せ! お前んとこの株が大暴落してんだよ!」
怒号が廊下に響き渡る。
剛田は青ざめ、金庫に縋り付いた。
この中には会社の裏金や、未申告のS級魔石が眠っている。これさえ持ち出せれば海外へ高飛びできるはずだ。
「頼む⋯⋯! 開いてくれ⋯⋯! パスワードは『admin』だろ!? 『password』か!?」
剛田は狂ったようにパネルを叩く。
だが、ITを軽視し続けてきた人間に、奇跡は起きない。
数回の入力ミスの後、モニターに赤い警告灯がともり、最後のメッセージが表示された。
[ 警告: セキュリティ侵害が検出されました ]
不正なアクセス試行を検知、防衛プロトコル『イージス』を起動します。
> アクション : 完全凍結
> アクション : 機密データ消去
> アクション : 警察へログ送信
『――良い一日を、社長 (システム設計者: ミナト)』
「け、警察へ送信⋯⋯!?」
ウィーン、ガシャリ。
金庫の内側から、重いロック音が響く。それは二度と開かない棺桶が閉じる音だった。
同時に、オフィスの自動ドアがこじ開けられ、スーツ姿の男たち――捜査員たちが雪崩れ込んでくるのが見えた。
「あ、あぁ⋯⋯あぁぁぁ⋯⋯」
剛田はその場に崩れ落ちた。
パソコンなんて誰が叩いても同じ?
違う。
現代において、システムを握る者こそが、生殺与奪の権を握る神なのだ。
神を追放した愚か者が迎える結末は、破滅以外にありえない。
* * *
ジュウゥゥゥ⋯⋯。
網の上で、霜降りの特上カルビが極上の音を立てて焼けていく。
香ばしい脂の匂いが、個室全体に充満していた。
「ん〜っ! おいひぃぃぃ〜!!」
カノンが頬を膨らませ、幸せそうに肉を頬張っている。
俺たちは配信を終えた後、都内の高級焼肉店に来ていた。
もちろん、支払いは今日の配信の収益――数百万にのぼるスパチャだ。
「よかったね、カノンちゃん。いっぱいお食べ」
「はいっ! ミナトさん、本当にありがとうございます! 私、こんな高いお肉初めてで⋯⋯!」
彼女の笑顔を見ながら、俺はスマホでSNSのタイムラインを確認する。
『速報:ギルド「グロリアス」破産手続き開始。負債総額は50億円超』
『剛田社長、証拠隠滅容疑および労働基準法違反で逮捕へ』
『元Sランクのキョウヤ氏、装備が使えずゴブリンに敗北し引退表明』
画面には警察車両に乗せられる剛田の姿が映っていた。
俺は冷めた目でそれを眺め「いいね」も押さずにアプリを閉じた。
もう、彼らに興味はない。
「ねえ、カノンちゃん」
「はい? モグモグ⋯⋯」
「俺、新しいギルドを作ろうと思うんだ」
俺は焼きあがったハラミを皿に取りながら言った。
「ブラックじゃない、真っ白なギルドだ。システムは俺が完璧に組むから、面倒な事務作業も搾取もない。探索者が実力通りに稼げて、安全に帰って来られる。そんな場所さ」
俺の言葉に、カノンは箸を止めた。
「で、その第一号の所属探索者になってほしいんだけど⋯⋯どうかな?」
カノンは目を丸くし、ごくんと肉を飲み込むと、今までで一番の笑顔を咲かせた。
「はいっ! 私でよければ、どこまでもお供します! 私の『管理者(アドミン)』さん!」
――管理者権限、ログアウト。
――新規プロジェクト、起動。
俺は微笑み、グラスを掲げた。
「それじゃあ、俺たちの新しい門出に」
「乾杯!」
カチン、とグラスが触れ合う音が、心地よく響く。
面倒な上司も、理不尽なエラーも、ここにはない。
これからは、俺が定義する「最適解」の世界を、自由に構築していくだけだ。
もちろん、通知オフの静かなスマホと共に。
ブラックギルドをクビになった俺、実はギルドの「システム管理者(アドミン)」だった。 〜IDを消したら、ギルドの金庫も装備も全部ロックされたらしく、社長が顔面蒼白で電話してくるがもう遅い〜 抵抗する拳 @IGTMJ
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