勇者おじさんの現代帰還(リターン) 〜魔王の呪いかと思ったら姪の召喚魔法だった件〜(仮タイトル)

セレネコ

第1話 社畜、異世界を経て、姪っ子に召喚される


 視界が、じわりとセピア色に溶けていく。

 田中陽翔、三十歳。独身。IT系のブラック企業に勤めて三日。一睡もせず働き続けた人生は、横断歩道で突っ込んできた脇見運転の車によって幕を閉じた。

「……最後に、みんなで飯……食いたかったな……」

 家族の顔を思い浮かべながら、意識は深い闇へと沈んだ。



『田中陽翔さん。……田中陽翔さん?』

 誰かが俺を呼んでいる。重い瞼をこじ開けると、そこは何もない真っ白で広い部屋だった。目の前には、神々しいオーラを放つ一人の女性。だが、疲れ切った目には、どこか落ち着いた年配の女性に見えた。

「……あ、知らないおばさんだ」

 プチッ。


 静寂な空間に、何かが派手に弾け飛ぶ音が響いた。

 女神がガタッと椅子を蹴るようにして立ち上がる。その額には青筋が浮き上がっていた。


「誰がおばさんだコラァアアアアアアアッ!!」


 般若の如き形相で詰め寄る彼女に、反射的に高速土下座を繰り出した。

「お、お姉さん! 美しきお姉さん! 脳のバグです、死んでるんで!」

「……お姉さん? そう、わかればいいのよ。私はまだ500歳のお姉さんなんだから」


 女神は一瞬で機嫌を直し、扇子で口元を隠しながらオホホと笑った。

 

(五百歳……。五百で姉さんって、やっぱり無理があるだろ。どう考えてもおばさ――)


「今、やっぱおばさんだって思ったでしょ?」

 ギロリ、と女神の眼光が鋭く光り魂を射抜いた。

「ひっ!? な、なんで……」

「女神を舐めないことね。心の中なんて全部お見通しなんだから。……いい? 次に変なこと考えたら、魂が消滅するまで『おいお前』としか呼ばれない呪いを刻んであげるわよ?」


 その脅しに対し、感情の死んだ目で答えた。


「……別にいいですよ。会社じゃ名前どころか『代わりの利く部品』としか呼ばれてませんでしたから。どうせ死んでるんだし、消滅してもいいです。もう働かなくていいなら……」


「えっ……ちょっ、そんな悟りきった顔しないでよ。お姉さん逆に怖いわよ」

 予想外にドライな俺の反応に、女神の方が少し引いている。


「わ、わるかったわよ。とりあえず本題! 私の管理している世界が魔王のせいで滅びそうだから、あなたを勇者として転生させたいの。特典として最高の『剣の才能』を授けてあげる」


 俺は、お姉さん(自称)の目をじっと見て尋ねた。

「……異世界で頑張れば、次は幸せになれますか?」

「ええ、保証するわ。少なくとも今の生活よりは、ずっとマシな人生になるはずよ。……どうかしら?」

 

 覚悟を決めた。「……分かりました。世界、救ってきます」


 足元に魔法陣が浮かび上がる。魂が異世界へ転送されるプロセスが始まったその時、ステータス画面を覗き込んでいた女神が、突然お腹を抱えて爆笑し始めた。


「ギャハハハハハ! ちょっと待って、あなた、三十歳童貞なの!? 嘘でしょ、この年まで一度も!? ちょっ、待って、お腹痛い……アハハハ!」


「……っ!? な、ななな……ッ! なんでそれを……やめろ、笑うな! 言うなよ!!」


 墓場まで持っていこうと決めていた俺の最大の秘密。それを笑い飛ばされて、魂は羞恥心で発火しそうだった。


「ごめんごめん、でも凄いわよこれ! システムが『究極の純潔』って判断しちゃって、勝手に【賢者】の称号が上乗せされてるわ! 魔力量が測定不能(カンスト)してるんだけど! ……アハハ、頑張ってね、童貞の賢者様!」

「……は!? ちょっ――」


 気がつくと、森の中にいた。

 女神に羞恥のどん底に叩き落された屈辱を燃料に、十代の肉体に戻った俺は、生きるために歩き出した。

 ――それから、二十年。

 俺は勇者として活動し、剣のスキルで敵を薙ぎ倒し時には賢者の魔力で軍勢を焼き払い、魔王を倒して世界に平和を取り戻した。精神年齢は五十歳。外見は三十代の逞しい男になっていた。


「はぁ……やっと、終わった」


 ボロボロの聖剣を鞘に納め、崩壊する魔王城の玉座の間で誓った。

(これで……ようやく、幸せになれるんだ)

 血と埃にまみれた戦いの日々が終わり、ようやく手にするはずの平穏。

 だがその瞬間、足元に巨大な黄金の魔法陣が展開された。

「……っ!? なんだこの魔法陣は!? まさか、魔王の最後の抵抗か……!? おのれぇえ、魔――ッ!!」


 魔王の呪いによる道連だと覚悟した瞬間、俺の体は光の奔流に飲み込まれた。


 一方、その頃。陽翔が死んで一年が経過した田中家。

「いくよ、お母さん、お兄ちゃん!」

 姪っ子の結衣が、キラキラと目を輝かせていた。彼女が覚醒させたのは、希少な【召喚魔法】。

「何が出るかな? ドラゴン? 精霊? あー、もう何が出るか楽しみで仕方ないっ! いでよ、私のかわいい召喚獣!」


 陽翔の遺影の前で、結衣は「何が出るかなー」とワクワクした顔で魔法を発動させる。部屋を埋め尽くす黄金の光。

 光の中から現れたのは、一年前と同じ、くたびれたスーツ姿の陽翔だった。


「……え、おじさん……?」


 異世界の魔王を屠った最強の勇者は、姪っ子の「召喚魔法」によって、一年ぶりの実家へと強制送還されたのであった。




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次の更新予定

2026年1月16日 20:00

勇者おじさんの現代帰還(リターン) 〜魔王の呪いかと思ったら姪の召喚魔法だった件〜(仮タイトル) セレネコ @sereneko

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