シオンの刀語

おつるさん

第一話【孤独な刃と、声を聞く少女】

 ――昔から、かすかに聞こえていた。

 物言わぬ道具たちの、消え入りそうな呟き。それは言葉というより、大切に使われた喜びや、錆びゆく悲しみといった、形のない「感情の残響」のようなものだった。

 けれど、あの日蔵の奥で聞いたのは、そんな曖昧なものではなかった。明確な意志を持ち、自分を呼ぶ、はっきりとした「声」だったのだ。


 極東の冬は、すべてを白く染め上げる。

 十四歳のシオンは、吸い寄せられるように実家の蔵の奥へと足を踏み入れた。埃の舞う暗がりの中、不思議とそこだけが澄んだ空気を纏っている場所がある。その不思議な空気に引き寄せられ、一歩、また一歩と近づいていく。そこには、古びた桐の箱が置かれていた。

 そっと蓋を開け、中に入っていた刀を取りだした。それは、美しく、神々しく、それでいて恐ろしく見えた。鞘から刀身を抜くと、部屋中に「キィィィン」と高音が響き渡った。

 シオンは思わず息を呑んだ。刀身から、透き通った青い光が溢れ出たのだ。

『──汝、名を何という?』

 突然の問いかけに、シオンは目を丸くする。

「誰!?」

『我は、残雪ザンセツ

「残雪?」

 シオンは困惑した。自分は、誰と話しているのだろう。

「残雪……って、この刀のこと?」

『そうだ』

​ シオンは、しばらく沈黙していた。今まで触れてきた道具たちは、ただ感情を漏らすだけの「物」だった。

 けれど、今目の前の刀は、はっきりと自分の言葉を返している。驚きと戸惑いのあまり、何も言えないまま、じっと刀を見つめた。

 やがてシオンは、ゆっくりと口を開く。

「私は、シオン。シオン・カザハナ」

『シオンか。良き名だ』

 刀が僅かに笑う気配がした。

​「あの…『残雪』って呼べばいいのかな?」

『構わん。それがかつて我を使っていた者たちが付けた忌まわしき名だ』

 刀の声に、わずかな寂しさが混じったのをシオンは見逃さなかった。

​「じゃあ、『セツ』って呼んでもいい?」

『セツ…?』

「うん。あなたの声、とっても綺麗で…雪が降るみたいに静かだから。呼び捨ては失礼かもしれないけど、友達みたいに呼びたいの」

 ​刀が、驚いたように青い光をまたたかせた。

『…ふん。我を武器としてではなく、友として呼ぶか。おかしな娘だ。…好きにするがよい』

 ​照れ隠しのような響きに、シオンはふふっと微笑んで、改めてその刀身を見つめた。

「ねえ、セツ。どうしてあなたは、そんなにはっきり喋れるの?」

 不意に、シオンが真剣な表情で問いかけた。

「私、昔から刀の『気持ち』みたいなものはなんとなく分かったの。でも、こんなにちゃんと言葉で話してくれたのは、あなたが初めて」

​『…ふむ。我も、自分の問いかけにこれほど迷いなく応じる者に出会ったのは千年ぶりでな。お主が我の言葉を正確に捉えられるのは、その魂に「聞き手」の血を宿しておるからよ』

「聞き手…?」

『案ずるな、今はまだ知らぬでよい。……それよりも、お主。我の正体も知らぬまま、そんなに無防備に握って大丈夫なのか? 我は人間に忌み嫌われ、恐れられてきた刃なのだが…』

​ シオンは少しだけ首を傾げたが、すぐにパァッと顔を輝かせ刀身を覗き込んだ。

「よろしくね、セツ。それにしてもあなた、近くで見ると、この刃文(はもん)の乱れ具合、すごく素敵! 透き通った青なんて初めて見たわ」

『お、おい。まじまじと見つめるな。照れるではないか』

​ 伝説の禁断の刃を前に、恐怖よりも好奇心と親愛を向ける。それが、シオン・カザハナという少女だった。

『……ところでシオンよ、我をずっと見ていないで、いい加減外へ出ぬか?蔵の中は飽き飽きだ』

「!?。そうだね!」

 シオンは、はっとしたように我に返り、急いでセツを鞘に収め、着物の袖で隠すように抱え込んだ。

​「あっ!お父様たちには内緒だよ。番人の娘が、勝手に刀の封印を解いたなんて知れたら、それこそ破門にされちゃうもん」

『…承知した。我も、見つからぬよう配慮しよう』

 セツは少し苦笑したような調子で答えた。

 扉の隙間から外の様子を伺い、父たちの気配がないことを確認して、足早に蔵を後にする。

 ――こうして、シオンとセツは、運命の出会いを果たしたのである。


 ​風花家――代々、禁忌の武具を封じ、管理し続けてきた「番人」の一族。その娘として生まれたシオンにとって、物心つく前から剣を振るうことは、呼吸をするのと同じ「日常の嗜み」だった。

 ​けれど、今その手に握る『セツ』の重みは、これまで触れてきたどの名刀とも、修行で使い古した木刀とも、根本から違っていた。

 ​指先から伝わってくるのは、千年の孤独と、世界を滅ぼしかけた凄まじいまでの圧。

 普通の剣士ならその気配に呑まれてしまうだろう。だが、生まれつき「刀の声」を聞くシオンの耳には、その恐ろしい響きの奥に、震えるようなセツの寂しさがはっきりと聞こえていた。



***

表紙絵・挿絵はこちらにて公開してます。

表紙絵∶

https://kakuyomu.jp/users/tsurusan_monogatari/news/822139843218718678

挿絵∶

https://kakuyomu.jp/users/tsurusan_monogatari/news/822139843218806137

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