おとなかくれんぼ

シバカズ

おとなかくれんぼ

 かくれんぼ(隠れん坊)とは、全国的に有名で伝統的な子供の遊びである。

 そのルールは、鬼になった人が物陰などに隠れている子を見つけ出すというシンプルなもの。

 明治元年(1868年)、学校建築は木造校舎が大半を占めていた。

 しかし、関東大震災や空襲、台風などの被害によって地震や火災に強い鉄筋コンクリートの校舎へ建て替えが進められていった。

 1970年代までは耐震化など、改良を施した木造校舎が新築されていたが、その後は鉄筋コンクリート製の校舎が大半を占めていった。

 現在、セイジが勤めている郷土資料館も以前は木造校舎が建っており、平成初期まで運用していたという。

 その後、廃校が決定し取り壊されたというが、跡地に造られた郷土資料館にも当時を知る資料がほとんど残されていなかった。

 町に永住している人や、その学校の卒業生に話を訊いてみるが、皆が妙によそよそしい態度を取っていた。

 その過程でセイジは、なぜ校舎や生徒に関する資料がこれほど少ないのかを知った。

 当時、木造校舎は大規模な火災に見舞われていたのだ。未だ出火原因は不明で、当時行われていたある行事によって全校生徒の大半が犠牲になった。

 校舎の管理から生徒の管理まで杜撰ずさんに行っていた学校側は非難を浴びて、関係者は町から姿を消した。

 子供を亡くした精神状態で、保護者たちが取り調べで報告したことの真偽は定かではない。

 よって、この校舎の当時の状況はもちろん、生徒数に関しても正確なデータが存在しなかった。

 大昔とはいえ、自分が勤める場所で起こった事件であり、その跡地に建てられた郷土資料館にもまともに情報がないことに気を揉んだセイジは、およそ60年前の真相を探るべく、資料館に隣接された実験施設を訪れた。

 ここは一言でいえば、科学研究施設なのだが、その一室にセイジが求める装置が保管されていた。

 アインシュタインの理論では光速で移動した場合、未来の世界に行けるという。

 しかし、セイジは過去に行かなければならない。

 この装置は未だ原理は解明されていないが、人間を過去に送ることができる。

 だが、セイジの肉体そのものを過去に送るわけではない。人の意識のみを転送する機械だった。

 セイジは身体が霧状に分散していく感覚を覚え、目を開けると木造校舎の非常口にいた。

 セイジの目的は、当時の火災原因を見極める他にもう一つあった。

 それが在校生の名簿作りなのだが、セイジの手元に記録用の機器はなく、記憶だけが頼りだった。

 ——意識だけなので身体も存在していない。

 よって、部外者であるにも関わらず、堂々と校舎内を闊歩かっぽできるのだが、セイジが通り過ぎる際に、子供達が不思議そうに視線を投げかけていた。

 セイジが職員室に入り込もうとした時、内側から扉が開かれ男性教員と目が合った。

 次の瞬間、セイジの意識は霧状となり実験室に戻された。

 一体何が起こったのか現場に立ち会った科学者にもわからなかったが、翌日行われた再度実験で子供は構わないが、大人に見つかると強制送還されてしまうことが判明した。

 後々の実験で多くのことが判明し、科学者に新たな疑問を生んだ。

 装置が起動している時間は30分。

 意識のみ送られていると思っていたが、過去の世界では実体化され、周囲から視認されるようだ。

 そして、なぜか大人に姿を確認されたら、元の世界に戻される。

 さらに被験者(セイジ)を送り込める時刻が設定できない上、同じ日に送り込むこともできないという欠陥が浮き彫りとなった。

 これらの要因、特に大人に見つかってはいけないという制約から、セイジの名簿作りは困難を極めた。

 職員室に入れないとなると、各教室を駆け回って机やロッカーの名札から、所属クラスと名前を集めなければならない。

 暗記には自信のあったセイジだが、さらに一つ問題が露呈する。

 同じ日に送り込めないどころか、それ以前の日にも転送不可であることが判明し、火災日まで一週間というタイムリミットを切っていた。

 セイジはなんとか前日までに名簿を完成させ、当日の出火原因を見極める為、最後のタイムトラベルに臨んだ。

 火災当日の朝、セイジは学校から少し離れた駄菓子屋に立っていた。

 時間は朝8時だと確認できたが、学校の敷地に踏み入ると、どういうわけか全校生徒はグラウンドに集合している。

 体育館に身を潜めるセイジに号令が聞こえてきた。

 これから全校かくれんぼを始めます。と同時に生徒たちの群れが体育館にも押し寄せた。

 セイジは逃げるように生徒たちの進行方向に走ったが、気がつくと真っ暗な空間にいた。

 ここは体育館のステージ下だ。気配を感じるので、多くの子供達が近くに隠れているようだった。

 セイジも迂闊うかつに行動できないため、じっと息を殺していた。

 それは最初にセイジの嗅覚を刺激した。異臭が鼻を突き、何かがぜる音がした。

 すぐに火災だと認識し、セイジは出口を探した。

 しかし、子供と暗闇が邪魔をして、外へ出られない。

 薄れゆく意識の中でセイジは二つのことを思った。このまま窒息死した場合、自分は元の世界で死ぬのだろうかということ。もう一つは、この世界に来てしまったこと。

 後者には悔やんでも悔やみきれない理由があった。それは火災の原因に直結する。

 セイジは最初にいた駄菓子屋で珍しいものを購入していた。

 子供の波に呑まれる前にセイジはそれを咥えていたはずだが、今は無い。落としたのだ。

 それはお菓子ではなく、昔は大人の嗜好品しこうひんとして重宝されていたが、有害物質が多く含まれている上、周囲の人の健康にも悪影響を及ぼす為、最近販売が中止されたものだった。

 火災の原因はセイジが咥えていたタバコだった。

 炎は見えないが、セイジは最後に消防車のサイレンと体育館が崩れ落ちる音、そして、子供たちの泣き叫ぶ声を聞いて絶命した。

 時間が来ても意識を取り戻さないセイジに科学者はやきもきした。彼で2人目だが、結局火災の原因を知る者は帰って来ない。

 一体何が起こっているのだと憤慨ふんがいし、この火災には何か意図的なものが仕組まれているのでは、と考えるようになった。

 例えば、校舎ではなく体育館が全焼という観点から、ここに何か重要なものが隠されていたのか。また、焼け死んだ子供の中にどうしても殺さなければならない者が含まれていたか、苦悶する科学者は自ら過去に行く決断をした。

 あの時代ならタバコもたくさん吸えそうだという期待を込めて、咥えていた最後の一本を揉み消した。


                    完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おとなかくれんぼ シバカズ @shibakazu63

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画