3.【その手と手に、導かれて】
「……舞飛竜だと?」
俺は、上空から旋回しつつ急降下してくる竜の姿に、目を細める。
舞飛竜(ダンサードラゴン)。全身が紫の、竜の踊り子とされるワケわからん竜種だ。
全身にジャラジャラと安っぽいアクセサリーをぶら下げて、透けるひらひらの衣装まで纏ってる。魔物どもはこいつの踊りを見て興奮するらしい。どうかしてるわ。
(ぱぱぱぱぱぱぱぱ!)
馬車から降りてのんびり待ち構えている俺の背後で、リィリが大騒ぎしている。
落ち着けってば。平気平気。相手がなんだろうと、俺は最強なのよ。
この三年は随分と退屈していたが……飛竜が相手なら久しぶりに本気を出せそうだ。正直、ワクワクしてっぞ!
さあ来い。
ずぅぅうん……!
『ギャオオオッ!』
よし吼えたな! 攻撃の意思ありと認む! 殺龍禁止の条約はクリア! なので思いっきりやっちゃいます!!
俺はウッキウキで袖から右手を繰り出し、革手袋を放り捨てると、最大級の雷印を飛竜に向けて叩きつける――
――ガドォォン!! と派手な音が響いたが……着弾したのは近くの山頂だった。
「あっ」マジか。
しまった。訓練もだいぶサボってたおかげですっかりノーコンだ。
威力だけは相変わらず凄まじいが、標的にはカスりもしない。
続けて二撃、三撃。閃光と大音響に怯んだ飛竜は、しかし命中の確率の低さに気付いた様子で。
『ギャオオ!』迷いなく、ズシンズシンと音を立ててこちらに突っ込んできた。竜のくせに小賢しい判断をすんな!
しかし、近付いてくるなら直近でカウンターを決められる。来るなら来い――
――だが、身構えた俺の前に、突然、リィリが立ち塞がった。
「?! おい――」
俺がその肩に手をかける前に、彼女はしなやかに指を躍らせ始める。
驚いた。彼女が紡ぎ出したのは、お喋り用の手話じゃない。
攻撃用の、れっきとした『手話魔法』だ。
その動きは踊りのように鮮やかで、歌うように滑らかで。見る間に花のような丸みを帯びた魔法陣を映し出す。
『聾奏(ろうそう)』の名は伊達じゃない。その洗練された淀みない動きは、どれほどの年月と研鑽の果てに得たものなのか……俺には判る。この俺の目を以てしても、それは、綺麗だ、と言いたくなる秘跡だった。
そして。
しゅいいいん!
鋭い光がまとまり、一条の筋となって、舞飛竜へ放たれる――
――ぽふんっ。
彼女の指先から放たれた光の矢は、情けない音を立てて、飛竜の鼻先で霧散した。
『!』
「!」
俺とリィリは同じ顔をしたと思う。なんだその威力……ヘナチョコじゃん!!
ちょっと感動して損したぞ。
魔法の精度も型も一級品なのに、肝心の威力を担保する魔力が足りなすぎる。
『(い、言ったじゃないですか。私、未熟者なんですって! 魔法は習いましたけど戦ったことなんてないし!)』
聞いてもないのに振り返ったリィリが弁明を始めた。
なら、なんのつもりだったんだよ颯爽と前に出てきたのは。
『(そ、それは、私もいいところを見せたくて……)』
「どけバカ、邪魔――避けろ!!」
敵に背中を見せるんじゃない。しかも真ん前に立たれてちゃ魔法も撃てん。
その間にぐんぐん竜は迫っていたので。俺は彼女に思いっきり抱き着いて、ローリング回避を決めたった。
ごろごろと、抱き合いながら草地を転がる。
大戦期ですら血染みの一つも付けずに戦い抜いた俺のローブが、あっさり土と草まみれだ。まあいい。尻尾の追撃を避ける方が大事だからな!
―――――――――――――――
俺の『手印魔法』はノーコンだし、リィリの『手話魔法』はノーダメだ。
くるくると、踊るようにして攻撃を仕掛けて来る舞飛竜は、決して強い相手ではない。くそう、こんなはずでは……。
だけどな。この状況を打破する『手』をあっさりと閃くあたりが、俺の世界最強たる所以なのさ。
「(リィリ! 俺と……手を繋げ!)」
乱発していた魔法がまぐれ当たり。一時的にダウンした舞飛竜を尻目に、俺はリィリを振り返る。
「(え? こ、こんな時に何を……)」
照れてねえで、はやく!
「(は、はい……)」
何を勘違いしたのか、リィリは恐る恐る手を差し出す――その手が思った以上に傷だらけで、細くて。少し胸が詰まったが――俺はその手を取り、指を絡ませた。
「(お前がガイドしろ。俺が合わせる。お前の手話で、俺の魔力を放つんだ)」
俺は文字通り『片言』の手話で、ぎこちなく、しかし真剣に、心を込めて告げた。
こういう時はすんなり伝わってくれるってのがお約束だ。頼むよマジで。
『……』
リィリは強く、頷いた。
俺の魔力の奔流を、リィリの手を介して描く、要するにコンボだ。
……それは、俺ですら見たことも無い程に凄まじく、美しく、華麗で、心を震わせる魔法を発現した。そんでもって、
悪いな。この魔法は……言葉なんかじゃ、とても説明できない。
説明すればするほど陳腐になる、そんな奇跡だったんだ。
―――――――――――――――
竜の襲撃を退けた俺たちは、更なる『障害』を警戒したが、それ以上の危機という危機もなく、あくる日、『目的地』である黙座の龍仏に辿り着いた。
静謐な森の奥、荘厳な滝に挟まれた崖の下。
台座を象った岩の上に、龍を模した石像はひっそりと座っていた。
ほう、腕が四本。これが動いて、何らかの予言を手話で語るわけだ?
興味はあるが……ここからは、リィリ。お前だけの仕事だ。
予言がどんなもんなのか知らないけど、たぶん俺が居たら駄目なタイプのイベントだよな。俺はあっち行ってるから。うん。頑張れよ――
しかし、リィリは突然、俺のローブの袖をぎゅっと握り、ふるふると震え出した。
判るよ。不安だよな。五十年に一度の大イベントをたった一人でこなすんだ。その重圧は計り知れない。だけどな? これはお前の使命で、俺はただの護衛。大丈夫、何かあったらすぐに駆け付けるよ……ん? 何? どうしたの。
リィリの様子がおかしい。龍仏の脇に設置してある立て看板を指差して、何かを訴えている……た、立て看板?
近付いてみる。マジで立て看板としか言いようがない。
そしてそこには、とんでもない事実が記されていたのだ。手書きで。
―――――――――――――――
乱暴に要約するとだな。
――予言なんてウソ!
福祉支援を正当化するために、訓練された聾者のみが予言を聞けるという伝説をでっちあげたのが大元! なので予言は適当に捏造せよ。 あとバラしたら立場が悪くなるので絶対に秘密だよ?
――という、歴代の継承者たちによる注意書きだった。
「……マジかよ」
俺は呻いた。
この俺ですら言葉を失うレベルの、国家的、いや歴史的な大茶番だ。
リィリはとにかく唖然としていた。そりゃそうだ。こいつは血の滲むような修行と清貧に耐え、この『使命』の瞬間のために、全てを捧げてきたんだから。
それがまさか、聾者が国にタカるための
俺は呆れるあまり大笑い――もできない。
目に涙を浮かべたリィリが、かたかたと震える指で俺に訴えてくる。
俺は、深呼吸をして、彼女の小さな、傷だらけの手に応える。
「(リィリ。落ち込むなよ。予言が自作自演でも、お前のその手が紡げる力は……間違いなく、本物だ。俺が保証する。お前の放った魔法は、どんな力よりもずっと偉大で、誇るべき……予言なんかよりずっと強力な、魔法の中の魔法だ)」
『(でも、でも……わたしも、嘘をつかないといけないの?)』
「(大丈夫、嘘なら俺がついてやる。演技は得意分野だ)」
なにせ三年も、この悪手を隠し続けて来たんだ。いけるさ。
「(適当に『流行り病の恐れアリ。手洗いうがいを徹底スベシ』。この程度の注意を広めときゃいいんだよ)」
俺の母親の小言だった。世界を救うのは、本来、そんなもので良いはずだ。
『……っ』
リィリが目に涙を浮かべたまま笑った。うん。笑ってる方がいいよお前は。
――――――――――――
さて、任務も終わったんで帰りましょ。
いかにもな雰囲気で座したままの龍仏を軽く掃除して。
五十年後に訪れるであろう、次代の継承者に想いを馳せる。
……いいや、五十年後には、もう必要なくなっているのかもな。
いつかはきっと、『予言の継承者』だなんて権威と使命に頼らずとも、リィリのような者たちが普通に社会に溶け込んで、暮らしていける。それまでの時間稼ぎのために、この偶像はある……なんとなく、そう思った。
「(リィリ。帰ったら約束通り、スケッチブックを山ほど買ってやる。予言の写経じゃなく、お前が描きたいものを好きなだけ描き倒してやれ)」
道中、初めて目にする風景やら何やらをこそこそ落書きしてたの、知ってんだぞ。
『……!』
ぱっと、花が咲いたような笑顔が返ってきた。
その一点の曇りもない輝きがあるなら、この陰謀じみた茶番の片棒を担ぐのも、そう悪くはない。
会話を終えた俺は再び、両手を袖の奥へと深く隠した。
『隠手の魔導士』。
それは後遺症の暴発癖を隠すための名。
そして、歴史の闇を覆いつつも、しかし、本物の魔法を誰かと紡げる手。
そう考えるなら、このヒネりのない二ツ名もまた、悪くない。
隠手の魔導士と予言の手話士 Shiromfly @Shiromfly2
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