魔法使いが丘に住む理由(わけ)

丸山 令

一仕事終えたら、とびきり美味い飯が喰いたいものだ

ゲルトルーデ・ハンネローレ・シュトゥッケンシュミットは、国王から直々に『有益』の称号を賜るほど 実績のある魔法使いで、実力は国内屈指と噂されている。

 

 彼女は、有事の際 国の戦力に数えられているため、城内には専用の研究室を与えられているし、王都の一等地に邸宅も賜っているという。

 そんな優遇された環境にありながら、彼女は、呼び出しでもない限り、滅多に城に顔を出すこともなく、小高い丘の上に立つ館の自室に引き篭もっている。


 今日も今日とて、彼女は自室の斜度のある壁にめり込んだドーム型の窓から、遠方に見える高い峰の様子を眺めていた。


「同じ景色なのに、よくも毎日飽きないもんだ」


 許可をとるでもなく、平然と自室に入ってきたのは、弟子のフィン。

 彼は、足元に転がっている魔法書を拾い上げ、表紙を軽く叩いて埃を払い落としながら ぼやいた。


「今朝は良い天気だ。こんなカビ臭い部屋に引き篭もってないで、たまには気分転換に、街で飯でも食わないか?」


「カビ臭いのは、お前の掃除が行き届かぬのが原因であろう?」


「片した先から 秒で汚すばばぁが、何だって?」


「何をぉ? 貴様っ、こんな美少女を捕まえて、ばばぁだと?」


「還暦過ぎてりゃ、見た目はロリでもばばぁだろ」


「何を言う。私開発のポーションにより、細胞単位で全身若返っているのだ。実際年齢は関係ない」


「うわ。言い切りやがった」


「……多分な」


「いや。なんで急に弱気になった?」


 相変わらずの言い合いを続けながらも、フィンは手早く 室内に散乱する魔法書や実験器具を拾い上げ、所定の場所へ収納すると同時に、彼の後ろに自立してついてきた箒と塵取りに指先で指示を出す。


「……街の食事など、別に興味ない」


 ゲルトルーデは、短時間で綺麗に整えられたお気に入りのソファーに身を沈め、最後は聞こえないほどの小声で呟いた。


「……お前が作るもんが、結局、一番美味いからな」


「っな゛……」


 師匠から突然出た意外な言葉に、フィンは上手く答えられず、しばし口を開閉していたが、やがて、師匠から目を逸らし、憎まれ口を叩く。


「いや。アンタは無くても、オレは、たまには外で喰いたいの!じゃないと、食事のレパートリー、全然……増えないし……」


 思わず出てしまった本音。

 しまったと、ゲルトルーデに視線を戻すと、彼女はニマニマと生優しい笑みを浮かべている。


「……って、ニヤニヤすんなよ!別に、アンタのためじゃないからっ!自分が美味いもの喰いたいだけだからっ!」


「今日は、塊肉を炭火で焼いたのが食べたいな」


「ばばぁのくせに、朝から重いな」


「胃袋は十代だからな」


「炭をおこすの、時間がかかるから、一度魔法で焼いたのを、藁で炙って炭の香りをつけるので良いか?」


「何を言っている。先日国王からぶんどってきた輸入品の備長炭とやらで、時間をかけて丁寧に焼いてくれ」


「ふざっけんな。何時間かかると思ってやがる」


 眉間に皺を寄せるフィンの腕に捕まって立ち上がると、ゲルトルーデは優しい笑みを浮かべる。


「今日は、少し雲行きが怪しいんだ」


 言われて、フィンはドーム状の窓の外を見た。


「そうか?」


「あぁ。峰の奥に雲がかかり始めた」


 ゲルトルーデは、先ほどからずっと手に持ったままの望遠鏡で、もう一度、窓の外をのぞく。

 フィンは軽く目を細めた。次の瞬間、彼の目には望遠鏡などで見るより、ずっと解像度の高い 峰の景色が映る。


「確かに、奥の方に黒い雲は出てるが、山の天気は変わりやすいし、峰にちょっと雨が降りそうってだけだろ?」


「雨が峰に降るのなら問題ない。だが、あれがあの場で異常に発達し、その後、街に下るなら、災害になる」


 フィンは、ごくりと唾を飲む。


「元より、数十年に一度、この地域で必ず起こる自然現象なのだ。かつては、峰に住むドラゴンの仕業などと言われていたがな」


「……で?」


「これから行って、ささっと散らしてくる」


 ちょっとそこまで散歩、みたいな口調で言う師匠に、フィンは眉を寄せる。


「ばばぁ一人で、大丈夫かよ」


「有益の魔法使いを舐めてんのか。あと、ばばぁはやめろ」


 背伸びをして腕を伸ばし、ゲルトルーデは、心配そうな顔をしている自分より背の高い弟子の頭をひと撫で。

 クローゼットから漆黒のローブを取り出して羽織ると、続いて宝飾のついた杖を手に取り、ドーム型の窓の真下に立った。


「余計な心配は無用だから、お前は、ちゃんと肉を焼いておけよ?」


 余裕の笑みを浮かべて杖に魔力をこめると、次の瞬間ゲルトルーデの姿は、その場から消失した。


 フィンは、しばらくその場に留まり、窓の外を眺めていたが、やがて、先ほど片付けたばかりの書籍を書棚から取り出し、目を通し始める。


「もし本当に、数十年に一度のなら、トゥルー 一人じゃ手に余ると思うんだけど……まだ、確定じゃないんだろうし。

……だから、念のために様子を見に行ったんだろうし?」


 ぶつぶつ呟きながら、フィンは後頭部を掻く。


「何でもなかった場合、ちゃんと肉焼けてないと、キレられそうだなぁ……かと言って、何かあったら困るし。そうだな。念の為……」


 フィンは、自身の横で静かにしていた箒に視線を向ける。

 箒は、びくりと柄を揺らした。


「お前、こっそり師匠を尾行して、何かあったら、オレに伝えてくれない?」


 箒は全身を揺さぶって拒絶の意思を訴えたが、無情にも、満面の笑みを浮かべたフィンによって、次に瞬間にはゲルトルーデが向かった峰にとばされてしまった。


 フィンは満足げに頷くと、キッチンへ向かい、炭に火をおこすべく、グリルの準備を始めた。

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