口裂け女の困惑
甘水 甘
口裂け女の困惑
私は口裂け女。
そう、あの有名な都市伝説の妖怪。
今日もマスクで口元を隠し、獲物を探して夕暮れの中を歩く。
しばらく歩くと、学生を一人見つけた。
この地域の高校の学ランを身につけている。短髪で背は高くなく低くなく平均的、体型も普通といった感じだ。背後にいるので顔は見えないけれど、どこにでもいるような普通の男子高校生という印象。獲物としては悪くない。
「ねぇ」
私はそっと彼に近付き、肩を叩いて呼び止める。
私の呼び止めに気付いた彼は、後ろを振り向いて私を見つめる。
つり目が印象的だが、私の予想通りそれ以外は特にこれといった特徴のない平凡な男子高校生だ。
「私、綺麗?」
そんな彼に、お決まりの質問を投げかける。
この質問に、彼はこう言った。
「イエスだろうがノーだろうが、どっちにしろ俺のことを殺すんだろ?」
「は?」
予想外だった。
恐らく、彼は私が口裂け女であることを理解している。じゃなければ『殺す』なんて物騒なワードが簡単に出てくる訳がない。
しかし、その上でこの態度なのだ。ふてぶてしいことこの上ない。自分で仕掛けておいてアレだが、こんな状況で何を言っているんだと思ってしまう。
「お姉さん、口裂け女でしょ? ハッキリ言ってバレバレだよ。もうちょい慎重にやった方がいいと思うけどなぁ」
彼は堂々と私の正体を口にする。
やはり、見抜いていたらしい。
「大体、口裂け女の対策法ってガバガバなんだよ」
彼はさらに話し続ける。
「べっこう飴を渡す方法はこっそり逃げる最中にバレたら即アウト、『まあまあです』というやり方もべっこう飴と同じ理屈でダメ。『ポマード』に至っては相手が嫌がりすぎて発狂したらかえって危険。冷静に考えて、どの対処方法も隙がありすぎる」
「じゃあ、どんな対処方法なら納得するのよ!」
生意気な考えを展開していく彼に対しイラッときて、私は思った事をそのまま口にする。我ながら大人げないが、我慢できなかった。
そんな私に、彼は動じることなく考える素振りを見せる。
「うーん、どうなんだろう? 実際お姉さん的には何が正解だと思う?」
逆に彼から問われて、私は心底呆れ何も言い返せなかった。
そんなこと、口裂け女である私に聞く?
「あ、隙あり」
呆れて気が緩んでいたのだろう、隙を突いて彼は私からマスクを引き剥がした。
耳まで裂けた大きな口があらわになる。
「ちょっと! 何するのよ!」
急な出来事に私は慌てて彼からマスクを取り返し、再び装着する。
対して彼は私のマスクの下を見たにもかかわらず、至って冷静だった。
「ふーん、思ったより普通というか、お姉さん案外美人じゃん」
彼は普通の口調でこう述べる。
「はぁ? 私の口が裂けてるのを見たでしょ? 綺麗とは言い難いと思うけど?」
自分で何でこんなことを言う必要があるんだと感じつつ、私は彼に疑問を投げる。
彼は「まあ、一般の人ならそうかもな」と言ってから、自身のことを話し始める。
「自慢じゃないけど、俺人より霊感があるんだよね。しかも俺は寺の次男坊だから、体質的にも環境的にも霊や妖怪を見る機会が多かったんだよな。その中でグロい状態の霊を見ることも割とあったんだよ。脳がはみ出てるとか、目がえぐれてるとか。そもそも顎部分がないとかね。そんな中じゃお姉さんの状態はまだマシだよ」
「なんというか、苦労してるのね。あなた」
話を聞いてて、彼に若干の申し訳なさを感じてきた。
一方の彼は「別に苦労はしてないよ」と特に何も気にしていない様子。
「まあ、今日お姉さんと話すのはなかなか楽しかった。俺で良ければ、いつでも話に付き合うよ。じゃ、そろそろ帰らなきゃだから」
そう言って、彼は颯爽と去って行った。
一瞬追うべきかどうか迷ったが、追っても無駄なような気がして諦めた。
でも、まあ私も悪い気はしなかった。また彼と会う機会があるのなら、もうちょっとのんびりお話でもしても良いのかも。
もうすぐ夜になる。
今日の獲物はもう見つからなそうだけど、この時間特有のひんやりとした空気はいつもより気持ち良いと思えた。
口裂け女の困惑 甘水 甘 @amamizukan2016
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