異世界保険屋は元・戦闘アンドロイド。〜契約違反は即・償却します〜

法行

第1話 戦場の生命保険

穏やかな昼下がり。石造りの街に似合わぬ黒服でがっしりとした体格の男いた。

その男の名はクロム。彼は真っすぐ前を見つめて歩いていたが、不意に立ち止まると、こめかみに指先を当てて眉を寄せた。


彼の視界に映し出される無数のログ。


 [ 座標確定/B-0922地点 ]

 [ 契約者カイル・スミスのバイタル低下を検知。死亡確率/98.2%]

 [ 緊急介入シーケンス……完了 ]


 一瞬、空間が歪む。気づけば、足元は石畳ではなく、泥と血にまみれた大地に変わっていた。

 頭上を飛び交うのは鳥ではなく、空を切り裂く矢の雨と、断末魔の叫び。


 目の前には、腰を抜かした司令官を守るため、震える手で槍を構える一人の若い兵士がいる。

 彼の胸元には、街でクロムが手渡した『契約者証』が、泥にまみれながらも淡く発光していた。

 

 敵の騎兵がその新兵を突き殺そうとした瞬間、クロムがその間に割り込む。


「……安心してください。契約は生きています、カイル様」


鋼が折れる甲高い音が響く。クロムはその槍先を『素手』で握り、へし折っていた。


「ほ、保険屋……さん……!?」


「ええ。貴方が奥様の元へ無事の帰還できるよう、必ずや守り抜いてみせましょう」

 

 クロムは背後の新兵を片手で庇いながら、迫りくる敵軍をはじき返していく。

それは攻撃ではなく、あくまで『契約者の安全確保』。飛来する矢を指先で叩き落とし、振り下ろされる斧を掌で受け流す、精密機械のような立ち回り。


「た、助かった……契約して良かった……」


矢が顔を掠めても瞬き一つしないクロムの背中を見ながら、カイルはカイルは、この奇妙な保険屋との出会いを思い出していた。



+++++


出撃前夜。石造りの街の広場で、カイルは震える手でパンをかじっていた。そこに現れた黒服を着た端正な顔の大柄な男。


「失礼。……貴方は明日、死ぬ確率が非常に高い」


 突然話しかけて来た男のあまりに無遠慮な言葉に、カイルは意表を突かれ力なく笑う。


「……わかってるよ。新兵は捨て駒だからな。俺がいなくなったら、残された妻はどうなるんだろうな」


 黒服の男は、感情の読み取れない大きく真っ黒な瞳でカイルを見つめる。


「提案です。もし貴方が私の保険に加入するなら、私は貴方の『生存』を保証しましょう」


「保険だと? それは詐欺か何かか? 俺には……こんな安物の銀の指輪くらいしか、払えるものはないぞ」


「……そう思うのも当然ですね。ではこうしましょう。無事生き残れたら、この私の保険を街の皆さんに宣伝してください。それで契約成立です」


「宣伝って……そりゃ、生き残れるなら、そのくらいはしてやるさ」


「それで十分です」


 そう言って、男は懐から薄い金属の板でできた『契約者証』を出し、カイルに手渡した。


「契約完了です、カイル様。私の名はクロムお見知りおきを。これで貴方は明日、死ねなくなりました……」


+++++



そこまで思い出したところで、カイルは我に返り周囲を見た。

猛攻を仕掛けていた敵はクロム一人を遠巻きにして攻めあぐねている。彼は敵がいかける矢を全て払いのけ、突撃を睨み1つでとどまらせる圧倒的な威圧感は『軍神か何かか?』と思うほどだ。


その後方で腰を抜かしていた司令官バヒデが、欲望を剥き出しにして叫んだ。


「な、なんだその力は! 貴様、私の護衛になれ! 望むだけの金と地位をやる!」


クロムは後ろを振り返り、その端正な顔に薄く微笑を浮かべる。


「護衛にはなれませんが、私と保険契約すれば、あなたを守ることはできますよ」


「何でも構わん!私を守れ!」


「そうはいきません。お客様へのリスク説明を怠ると、後が大変ですからね。まずはこの書面を」


クロムはどこからともなく規約の書かれた書面を取り出したが、バヒデはそれを一瞥するとすぐ突き返した。


「ええい、命が助かるならどんな契約でも受ける!財産の半分を渡してもいいから、そいつらから私を守れ!」


「承りました。あなたの死亡時の生命保険受取額は金貨五百枚。の保険料は銀貨五百枚。身なりからして支払い能力に問題はないでしょう。契約締結」


クロムの瞳の奥が青く光る。


「ただいまより、死亡保険の支払いを回避するため、お客様の脅威を排除します」


「ん?」


横で聞いていたカイルは、首を捻った。


(今、死亡保険金を払いたくないから助けるって……)


「うわっ!?」


戦闘から一瞬、意識を離した瞬間、カイルの右耳を矢が掠める。カイルは驚いて尻もちをついた。


「カイル様、戦闘に集中を。私も余裕をもって運用したいので」


「す、すみません!」


カイルは、慌てて槍を構え敵を突き押し返す。その後方で、バヒデがわめく。


「ええい、保険屋!こっちも助けんか!」


「司令官様には、横に優秀な副官様がいらっしゃる。現在、脅威は検視されてないでしょう?本当に危ない時には助けますので、怖がらず椅子にでもふんぞり返って観戦していてください」


「あ、うむ……」


バヒデは、すぐそばで敵からの防波堤となっている副官の冷たい視線を受けて押し黙った。


クロムの超絶な活躍により、敵は一時撤退をする。

しばし落ち着きを取り戻す本陣。敵の奇襲を退けたバヒデは、上機嫌でクロムを呼びよせると、手を叩いて賞賛した。


「保険屋よ、ご苦労だった。その強さ、実に良い!保険の契約などとケチ臭い事は言うな。お前に月々金貨二枚払うおう、私の部下になれ!」


バヒデがその言葉を口にした瞬間、クロムの目が赤く光った。彼の目の前に『第三条、勧誘の禁止に該当。契約破棄』と赤く光る文字が浮かび上がる。


「何だこれは!」


「私的・公的問わず、私への勧誘を行うことは、契約違反です」


「なんだ?さっき契約をしたばかりだろう?」


「契約したからです。契約がなければ、破棄もできません」


「意味が解らん!それなら金は払わんからな!」


「現物回収を予定しておりますので、ご自由に」


バヒデとの保険契約は戦場で交わされ、そしてすぐに破棄された。

その次の瞬間、本陣に隠密潜入していた敵兵が姿を現した。バヒデは突然現れた敵兵に利き手を切りつけられ血しぶきが上がる。


「バヒデ様!」


副官が駆け寄ろうとするが、別の隠密兵に邪魔される。


「保険屋ぁ!早く助けろ!」


隠密の襲撃に合わせ、第二次奇襲を仕掛けて来た敵を、軽く払いのけながら、バヒデを冷たくあしらうクロム。


「すでにあなたとの契約は破棄されております」


バヒデは、動かない腕をかばいながら必死に防戦し声を張り上げた。


「私が悪かった!謝るから再契約してくれい!」


隠密の毒刃をギリギリ躱しながら懇願するバヒデにクロムは表情を変えず宣告した。


「契約違反者との再契約には、半年の審査が必要です。残念ながら、その時間は貴方にないようですね」


クロムがそういうやな否やバヒデの首は跳ね飛んだ。


「ああっ、バヒデ様!くそう!撤退だ!全軍撤退!」


事を成しえた隠密が引いた後、副官の悲痛な叫びにバヒデの兵たちは、持ち場を捨てて、一斉に退却をはじめた。




「今だ追撃せよ!」


敵の前線指揮官が、発破をかけるが兵たちは躊躇し動かない。


「いや、アイツがまだいる……」


「なんだ?司令官の亡骸を守っているのか?」


敵軍は、本陣で司令官の死体の横にしゃがみこむ大柄の男のせいで追撃できずにいた。


「ほ、保険屋さん!早く逃げましょう!」


か細い声でクロムに訴えるカイル。


「ちょっと待ってください。不良債権を回収しないといけないので」


クロムは鎧と派手な剣を剥ぎ取り、肩に担いで立ち上がる。


彼の視界には青い完了報告が表記されている。


「一件の契約終了。理由、契約者の契約不履行の為。現物で債権回収。損害無し」


クロムは珍しく「ニヤリ」と笑うと、カイルの肩に手を置いた。一瞬の浮遊感。


血と汗とドロにまみれた戦場は消え、二人は一瞬のうちに、石造りの街の見える丘に立っていた。


「カイル様。支払いの方をお願いしますよ?」


「えっ?ああ、酒場で宣伝するのだったな……」


「それで、結構です。では、敵前逃亡とされないよう、あそこに集まりつつある退却軍に早く合流してください。では、またよろしくお願いいたします」


クロムはそう言うと、カイルに一礼をして姿を消した。


「夢だったのかな……」


残されたカイルは頬を強くつまむ。


「いてっ!」


ジンジンと痛む頬に『これは現実だ』と突きつけられたが、それでもなお、生き残ったことが信じられないカイルだった。

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異世界保険屋は元・戦闘アンドロイド。〜契約違反は即・償却します〜 法行 @Noriyukiyoda1212

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