風のいたずらで始まる恋〜背中合わせの車内の君に〜

熊井なほ

第1話

風が舞う。


ぅわ〜ん!

朝の喧騒とした駅のホームには似つかわしくない子どもの泣き声と共に僕の元に風に乗せて1枚の用紙がひらひらと舞い降りた。


転んだ子どもを助けた彼女の手から放たれたその用紙には面接対策Q&Aと書かれていた。


僕は入社3年目で人事課へ異動。

今日は新卒最終面接の案内係としてロビーに立っていた。


面接者リストと共にファイルに挟まれた履歴書に目を通していると…


朝の彼女がそこにいた。



***


今日は第1志望の会社の最終面接。気合いはバッチリ。

最後に質疑応答のチェックをと用紙を取り出した瞬間…

男の子が目の前で転んだ。

私は男の子を抱き上げて、お母さんの所へ連れていき、面接会場へと向かおうと歩き始めたその時…


目の前に優しい笑顔と共に用紙が差し出された。

風で飛ばされた所をどうやら拾ってくれたらしい。

早めに着いたとはいえ、ハプニングで多少の時間のロス。

お礼もそこそこに足早に面接会場へ向かう。


化粧室で、服装・笑顔の最終チェックを済ませ、ロビーへと移動した。


そこには朝の男性が窓から差し込む光を身に纏い立っていた。


きゅんっと心が跳ねた……。

これは、運命かも……。


そう思った瞬間、ポケットの中でスマートフォンが着信をつげる。

その場を離れ電話に出ると、脳梗塞で倒れてから寝たきりだった父が危篤との知らせ……。


ロビーに戻り、近くにいたスタッフに声をかけ病院へと急いだ。


***


履歴書を確認していると、彼女が慌てて立ち去るのが見えた。

面接は始まっている。彼女の順番まではあと少しだった。


彼女の順番になり

「7番沢村杏さん」

と声をかける。


彼女が面接を受ける事はなかった……。



***


桜舞う4月。

私は地元の法律事務所の事務員として働き始めた。

第1志望の企業の最終面接のあの日…

父は帰らぬ人となった……。

半身付随で5年寝たきりだった。よく頑張ったと思う。

葬儀を終え、そこで父の知り合いの方が紹介してくれたのが今の事務所だ。


自宅の最寄り駅から下りの各駅停車で3駅。

途中、急行の通過待ち合わせを含めても10分で着く。

通勤時間が短いのは、朝が苦手な私には好都合だ。


途中の急行通過駅では、上りホームでも同じように通過待ちの電車が停車している。

電車同士が背中合わせで停車しているその中に、彼の姿を見つけたのは、入社して2週間くらい経った頃だった。


上り電車が出発するまでの停車時間2分。

背中合わせの車内。

彼の姿を探すのが私の日課となった。


***


4月になり、入社式も終わり、ふと、あの時の彼女…沢村杏さんはどうしているだろうかと気になった。


あの後、同僚から病院に行ったと事情は聞いていた。

残念ながら、一緒に働く事は叶わなかったがあの日以来、何故か心に残っていた……。


今日も朝から風が強く舞っていた。

いつもの電車にギリギリに身を滑らせ定位置に立った。

途中の急行通過待ち合わせの駅で、ほっとひと息ついて下りホームへと視線を走らす。


その時…

背中合わせの車内に彼女の姿を見た気がした。

もう一度…思った時には電車が動き始めていた。


***


ゴールデンウィークが終わり久しぶりの出勤日。

連休明けの車内はいつも以上に混み合っていた。

久しぶりの人混みで気分が悪くなった私は背中合わせの彼を見つけた瞬間に意識が遠のいた。


***


やっぱり、彼女だ!

思った瞬間、視界から彼女が消えた。

突然の事に驚きながらも頭は冷静に働いた。

停車は2・3分…

階段を上って下りて…

よし!間に合う!

思うが早いか身体は動き出していた。


下りの車内に乗り込み、人をかき分け人だかりが出来ている輪の中心へと進む。

「沢村杏さん…大丈夫ですか!!」

必死に声をかける。


目を微かに開けた彼女は弱々しくもしっかりとした口調で

「何故?貴方が…」

「とりあえず、降りれますか?」


僕は彼女を支えながら電車を降り、ベンチに座らせた。

少し落ち着いた彼女が


「ありがとうございます。今日も…御社の面接の時も…。あ、私、沢村杏と申します。」


「沢村杏さん。お名前も事情も存じ上げてますよ。あれから、どうしてるのか気になってたんです…。少し前に電車で見かけて…今日も…

無事で良かったです。……あ、僕は平沢泰雅と申します。名乗るのが遅くなりましたね…」


「私も、背中合わせの車内の平沢さんをずっと見てました…」



停車中の2人の恋の電車は今静かに動き始めた……。











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