街が沈黙を覚えた日
@kiba2025
街が沈黙を覚えた日
最初は、誰もその沈黙に気づかなかった。
街の灯りはいつも通りに輝き、バスは決められた時間に走り、信号機は機械のように色を変えていた。
ただ一つだけ、確かに壊れていたものがあった。
人々が、互いに話さなくなったのだ。
それは法律でも、災害でもなかった。
ある朝、マルタはコーヒー売りの男に挨拶をしたが、返事はなかった。忙しいのだろうと思った。
だが、オフィスでも同じだった。天気の話も、疲労の愚痴も、毎年忘れられる誕生日の冗談もない。
ただキーボードの音と、視線を避ける人々。
マルタはコールセンターで働いていた。
一日中、声を聞いているはずなのに、誰一人として「聞いてほしい声」はなかった。
怒鳴る声、途中で切れる通話、何度も繰り返される同じ言葉。
仕事が終わると、彼女は小さなアパートに帰り、そこでは静寂だけが彼女を迎えた。
ある夜、彼女は床に座り、壁にもたれ、声に出して話してみた。
まだ話せるか、確かめるために。
その声はぎこちなく、錆びついていた。
音を立てずに泣いた。泣くことさえ、迷惑のように感じて。
翌日、バスの中で、少年が母親に何かを伝えようとしているのを見た。
母親はスマートフォンから目を離さない。
少年は身振り手振りで、笑顔で、必死に話しかける。
やがて、彼は黙った。
その瞬間、マルタの胸が締めつけられた。
沈黙がつらいのではない。沈黙に慣れてしまうことが、何よりも痛かった。
その日、仕事中、いつもより長く話す客がいた。
苦情を超えて、自分の孤独をこぼし始めた。
マルタは遮らなかった。通話を早く終わらせなかった。
ただ、聞いた。
心から。
通話の終わりに、男は少し違う声で「ありがとう」と言った。
まるで、閉ざされていた窓が開いたように。
世界は変わらなかった。
街は依然として静かだった。
それでもその夜、家に帰ったマルタは、再び声に出して話した。
今度は泣かなかった。
誰かが聞いている限り、
沈黙がすべてを支配することはないと、彼女は知ったのだった。
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