名無しの神

灰里

第1話 迷子の怪異

名無しの神


怪異

定義:人の世で害となる可能性を持つ存在

特徴:

・もともと外部から来たモノが、人間によって定義され別のものに変容した姿。

・終筆官によって物語が完結されると、外付けの役割を失い世界の自浄作用で元に戻る。


終筆官(しゅうひつかん)

役割:怪異から外付けの概念を剥がし、役割を終わらせる。

目的:恐れられ、語られ、変容した事象に「結末」を与えることで、人間の世界と外部の世界のバランスを保つ。

特徴:

・裁くわけでも、選ぶわけでもない。あくまで記録者としての立場。





「まさか、泣く橋の原因がただの老朽化とは。

それが怪異にまで発展するのだから、人間の想像力というのは、つくづく恐ろしい。」


 そんな独り言を零しながら、シズルは歩いていた。老朽化によって鳴る音や事故が、そこにたまたま迷い込んだモノのを見た人間により、祟りだの死者の鳴き声が聞こえる橋だのと言いふらしたことがこの件の発端であった。昔、人柱が使われたという事実もあったことから人々の噂は瞬く間に広まり、泣く橋として怪異化して外部のモノが人の世に定着してしまったのだ。 怪異としての物語を完結させ、この件は片付いたが、根本の原因である人々の不安を取り除かないことには再発してしまう。しかし、実際の原因を話したところで人々の不安は拭えない。そして、その解決のために祈祷が行われた。祈祷が終わったのは空がようやく白み始めた頃合いだった。冷えた空気がシズルの肌を刺す。背後では、かつて泣く橋はもう何の気配も残さず、ただの古い橋として川に架かっていた。


 ——この物語は、終わった。


 終筆官の仕事は、祓うことではない。

人の世界で生まれ、役割を与えられた存在の物語を、最後まで書き切ることだ。恐れられ、語られ、忘れられた末に残ったものに、結末を与える。それだけで、世界は静かに元へ戻る。その補助をすることが終筆官であるシズルの役割だった。

小さな村をぬけ、少し歩くと川のほとりに出る。シズルは水をすくい、一息つく。


「怪異退治は終わったのか」


川の流れの音の中に突然人の声が響く。

シズルが声の方向に目を向けると、そこには青年が立っていた。

 夜明け前の薄明かりの中、その姿は妙に浮いていた。整えられ、風に靡く黒髪は人のものと変わらない。だが、こちらを見るその瞳は金色に輝いていた。朝焼けを映しているわけではない。もとから、そういう色なのだと直感した。


「こんにちは。君は人かい?」


 問いかけると、青年は一瞬だけ目を丸くした。


「あの橋で何をしていた。」


「おっと。私の質問には回答なしか」


「分かるだろ」


淡々と青年が答える。

 確かにシズルには青年が人間でないことなどすぐにわかった。

 見た目は人でも、空気が違う。人間特有の熱や重さが、どこかその青年には欠けていた。


「…あの橋に怪異がいるという噂があったのは知ってるかい?」


「ああ」


「私はその怪異の物語を書いていたんだ。」


「物語…?退治ではなく?あれの類は人間にとって害でしかないだろう」


青年は、シズルが何を言ってるのか理解できない、という顔をした。


「うーん、なんて説明するべきか。」


「…お前は何者だ?」


「私は終筆官だ。人の世界に迷い込み、人間によって役割を与えられてしまった存在の物語を、最後まで書き切る者さ」


「……書き切る、って?」


「たとえば、君も見たあの泣く橋」


シズルは水面に目を落とし、手にした水が光を反射して揺れるのを見つめる。


「あれは人の噂が増幅した結果だ。私の仕事は、怪異となった彼らの物語を最後まで見届け、結末を記すこと。そうして、人によって被せられた怪異としての役目を剥がす。そうすればあとは世界が勝手に役目を終えた彼らを元の場所に返す。そのための手助けをしている。」


青年は少し顔をしかめ、金色の瞳でじっとシズルを見つめる。まだ理解はできていないようだ。


「葬式みたいなものさ。故人に送る、最後の言葉だと思えばいい」


完全に納得はしていない表情を浮かべる青年にシズルは苦笑する。シズル的にはこれが1番わかりやすい終筆官の説明なのだ。


「それでは最初の質問に答えてもらおうか。君は何者かな?怪異とは少し違うようだね。混じっているように感じる」


「さぁな。俺が知りたい。」


「…なるほど」


シズルは少し考える。


「一緒に来るかい?」


「…は?」


「覚えてないなら、自分探しの旅に出るのも悪くはないだろう?」


突然のシズルの提案に、青年は眉をひそめた。


 紅葉した葉が風に揺られ、かさりと音を立てるて舞い落ちる。その葉は朝の光を受けて淡く輝いていた。しばらく返事がなく、振られてしまったなとシズル踵を返し、歩き始める。そしてしばらくするとシズルの耳に入る足音は2つになっていた。


「君のことはなんて呼べばいいかな」


「好きに呼べ」


「名無しの怪異、か。そうだな……ギンはどうだい?」


「……名無し、関係あるか?」


「ないね」


 短いやり取りのあと、二人は並んで歩き出す。

 見送る者はいない。ただ、朝の光だけが二人の影を長く地面に伸ばしていた。


 迷子の怪異もどきと、終筆官。

 ひとつの物語が、静かに動き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

名無しの神 灰里 @kairi_8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画