刀合わすも多少の縁

碁盤の目のような町並み。 

きらびやかに着飾る遊女たち。 

そしてときたま舞う血しぶき。 

ぺるりだはりすだと騒がれて久しいこの国では、今や血を見ぬ都市はない。 


「・・・無粋だねぇ・・・」 


呑んでいた酒を卓に置き、紅はふうと息をつく。 

あわあわと、店主の訳の分からない声がする。無理もない。客はとうに逃げてしまったし、唯一逃げなかった客はといえば、身の危険をわかっているのかただの酔っぱらいなのか、ひょうひょうと酒を呑んでいる。今にも、熱燗おかわり、とでも言いそうな様子だ。それが紅なのだから質が悪い。 

紅の目に入るだけでも4人、後ろにも回られているからあと数人、卓に座ってのんびり酒を呑む紅を取り囲んで、近頃この京の都で有名なある一団が凄む。派手な羽織が目印というこの一団は、今日ふらりと京都へ来た紅の耳にもすぐに入るほどの有名っぷりだった。 

中でも大柄な槍を持った侍が、せせら笑うように紅を見下ろす。 


「不審な浪人は、皆たたっ斬ってよいとのお達しがあるんだがな」 

「俺、ただの町人」 


まったくひるまず、むしろけけけ、と紅が笑うと、一気にその場が殺気だった。 


「貴様、我らを愚弄するか!!」 

「そこへ直れ!!たたっ斬ってやる!!」 


やれやれ、と紅は息をつく。 


「俺、ただここでのんびり呑んでただけなんだけど、なーんでまたいきなり臨終の危機にさらされにゃならねぇんだえ?」 


紅の問いに、侍たちは得意げにさわぐ。 


「俺たちは、この都の平穏を守ってんだ。そのために、素性の知れぬ怪しい輩は、みなとっつかまえるか、斬って良いってぇお達しがあるんだよ」 


残念だったな、と笑われ、紅は笑う。 


「だぁから、俺ぁ町人だって」 

はぁ、と大げさにため息をついて見せる紅に、男たちは歯を剥いた。 

「そんな訛りの京雀(きょうすずめ))はいねぇよ」 

「あんたらだって東夷(あずまえびす)みてぇだけど?」 


にや、と紅が笑うと、男たちは一気に刀を抜いた。 


「あんだと?!」 

「もういっぺん言ってみやがれ!!」 

「ちょ、待ってくださいよ!」 


いきり立つ男たちの中から、一声あがった。 


「?」 


紅がそちらをちらと見ると、まだ年若い、一人の男がいる。 


「相手は帯刀してないんですから、緊急性はないでしょう。店の中での抜刀は極力避けてください」 


ふむ、まだ話のわかりそうな奴がいるようだ。 

紅がにやりと笑い、懐から金を出して卓におく。 


「おう、おやじ。なかなかうまかったぜ。じゃあな」 


そういうと、飄々としたまま立ち上がり、するりと男たちの間をぬけ、紅はふらりと手をふり、店ののれんをくぐった。 


「待て!!」 

「!」 


先ほどまで、男たちをいさめていた声がした。 

だがその声は、先ほどまでにはない、刃のような殺気が込められていて、思わず紅は振り返り、ひょいと後方へと避けた。 


「私は、店の中での流血沙汰は避けるようにと隊士たちに言いましたが、あなたを見逃すと言った覚えはありませんよ」 


そう言った男の手には、すでに抜かれた刃が光り、避けなかったらアレに確実に貫かれていたであろうことを容易に想像させた。 


「ほう、なかなかやるねぇ、あんた」 


紅が笑うと、男も笑う。なかなかにして造形のよい顔つきだったが、その目は全く笑っていない。 


「えぇ、あなたもね。今のではっきりしましたが、あなた、町人ではないですね」 


やれやれ、と紅はため息をついた。 


「俺は町人だよ、大小だって持ってねぇだろ?」 

「大小はどうでもいい。今の動きは、あきらかに何らかの武芸を嗜んだ者のものです」 

「あー、そーかい」 


紅は苦笑し、懐から煙管をとりだすと、葉をつめ、そこいらにあった篝火からもらい火した。 

一口すい、煙を流しながら男を見る。わらわらと背後に部下とおぼしき隊士たちがそろいぶむ。 


「おまえ、なにモンだぇ?」 

「・・・・新撰組一番隊隊長、沖田総司。あなたは?」 

「俺ァ、紅って呼ばれてんね」 

「本名は?」 

「さぁ」 

「お生まれは?」 

「さぁてね」 


紅がそう答えたとたんに、男ー沖田は地を蹴っていた。 

金属のふれあう音がして、沖田の刃が、紅の煙管によって止められている。 


「なっ・・・」 

「なかなか速ぇな。ヒトにしちゃぁ、上出来じゃねぇか?」 


くくく、と笑いながら紅が軽く刃をいなしてやれば、沖田は大きく後方に飛び、油断なく紅をにらむ。 


「そんな顔しなさんな。俺はおまえさんたちの邪魔しようなんざ考えてねえしな。かと言って協力もしねぇけど」 


けたけた笑う紅に、沖田はいぶかしげな表情を隠さない。 


「あなた・・・何者なんです?」 

「さぁてね。・・・仲間からは変わりモンだとは言われるけどよ」 


ふぅ、と一口煙管を呑む。 


そして。 


「あっ!」 


地を蹴った紅は、ふわりとそのまま築地塀の上にあがった。 

声をあげた隊士たちとともに、紅を見上げる沖田は、もう追う意志はないようだった。 


「へぇ、おもしれぇ奴」 

「なにがです」 


追ってこられるくせに、と言外に示してやれば、紅に負けず飄々とした態度で沖田は応える。 


「おまえ、おもしれぇな」 

「私も、今度あなたとゆっくりお話してみたいですよ」 


紅の言葉と違い、沖田の言葉には若干、「牢屋で」とでも言うような声が被さってくるが、それでも沖田は追おうとはしない。そんな様子にさらに笑みを深め、紅はひょいと煙管をしまった。 


「あ、あとよ」 

「なんです」 

「その羽織、あんま趣味よくねぇぞ?」 

「・・・・・」 


紅の言葉にげんなりしたらしい沖田を後目に、紅は、まぁいいか、と指をならした。 

足下から炎が立ち上り、あっという間に沖田たちの目の前から、怪しい自称町人が消えた。 


「なっ・・・?!」 

「し・・・しのびだったのか・・・?」 


隊士たちが口口に騒ぐのをきき、沖田は刀を握ったままの左手をぎゅ、と握った。 


「・・・あれは・・・」 


しのびだとか、手妻師(手品師のこと)というより、もっと・・・。 


「沖田隊長?」 

「え、あぁ、すみません」 


隊士に声をかけられ、沖田ははっと我にかえる。 

誰に言っても、信じられはしまい。 

もっと神々しい、・・・あたかも、ヒトでないような、ヒトを卓越した、ナニカであったような気がするなどと・・・。 


気分を切り替えるように頭をふり、沖田は隊に声をかけ、市中見回りを再会した。 



***************** 



「なかなかおもしれぇ人間だったな」 


どこぞの大店の屋根に座り、紅はまた煙管をふかしていた。 

袖摺り合わすも多少の縁とはよく言うが。 


「刀合わすも・・・ってか。まぁ俺ぁ刀じゃねぇけど」 


新撰組だとかいう集団のことは聞いている。奴らは青写真と化した武士道を後生大事に抱えているらしい。 

ならば、いったん敵と見なした相手をとり逃すことは、武士道においては許されないだろう。 

多少妖怪じみたことをやってやれば、少しはあの沖田とかいう男に下るだろう処罰も、そうそう厳しいものでなくなるだろうと思ったのだが・・・どうだろうか。 

それよりも、自分の腕に自信をなくさせてしまったら気の毒だ。ヒトの仔が神である自分と対等に渡り合えるなどまずありえないのに。 

やれやれ。 

紅は三度煙管をふかし、ため息をついた。 

確かにおもしろかったはおもしろかったけれど。 

いろいろと、厄介な一日だった。 




fin・・・  

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