ぎょーてーさん

ウエダ コウイチ

第1話

 すっかり冷え込むようになった12月、僕は公園で遊ぶ子供たちをぼんやりとベンチに座って眺めていた。ふと自分が同じぐらいの年齢の時に流行っていた遊びを思い出した。

 「ぎょーてーさん」という遊びだ。

 今風に言えば人狼ゲームに近いルールだろうか。松の木の葉でつくったくじを参加する子供たちはお互いにわからないように引く。一本だけ折り曲げてあり、それを引いた子供が「ぎょーてーさん」になる。

 輪になって「ぎょーてーさん、ぎょーてーさん、どーちーら。」と唱える。「どーちーら」と唱え終わった瞬間に、各々がぎょーてーさんだと思う相手を指さした。この歌以外には口にしてはいけない。指さされた子供が本人以外一致しなければやり直しだ。これを繰り返して、自分以外の全員から指を向けられた子供は黙って松の葉を皆に見せる。ぎょーてーさんでなければ、その子は抜け、続行する。ぎょーてーさんが指名されれば皆で「おかえりなさい。」と唱えて遊びは終了だ。だれがぎょーてーさんなのかは顔つきや手振りから判断した。

 残された子供が二人になるまで続けてはならない、それまでにぎょーてーさんを見つけなければならないというのが不文律になっていた。

―最後まで残ってしまうと、ぎょーてーさんに連れていかれる。

―兄の友人の友人がぎょーてーさんで最後まで残って大けがをした。

 そんな噂を聞いたことはあるけれど、直接の知り合いで本当に何かが起こったということは聞いたことがなかった。いわゆる子供の遊びというよりは肝試しに近い。「こっくりさん」のような儀式めいた遊びとして行われていたように思う。

 ある年、転校生がやってきた。名前はA君としておこう。A君は都会から親の仕事の都合で引っ越してきた。いつも、ピカピカのランドセルときらきらした靴を履いており、本人にその気があるのかどうかわからないが、気取ったしゃべり方をしていたように思う。僕たちは初めて接する都会の子供に少し気後れしていたのかもしれない。

 ある日、僕たちが公園で遊んでいると、A君がやってきた。一緒に鬼ごっこやかくれんぼをしたが、A君はすぐに飽きてしまったようだった。

 「子供の遊びばっかりで、すっかり飽きちゃったなあ。なにか、他の遊びはないかな。」

 「じゃあ、ぎょーてーさんっていうのはどうかな。」

 坊主頭のユウタがおずおずと提案した。皆でぎょーてーさんのルールについて説明し、A君は物珍しいのかふんふんとうなずいていた。

 「要はそのぎょーてーさんっていうのが誰か、推測するゲームってことだね。まあいいや、一度やってみよう。」

 すっかりA君のペースだった。ぎょーてーさんは単なる遊びではなくて、ルールを守らなければならないと説明したけれど、A君は非科学的だ、と鼻で笑った。

 A君、僕、ユウタとタクヤ、リンタロウの5人でぎょーてーさんを始めた。数回は何事もなく、ぎょーてーさんを遊んだ。お調子もののリンタロウが変顔をして笑わせたりはしたけれど、なんとなくの雰囲気から最初の2人までにぎょーてーさんを指名しておかえりなさいの合唱を唱えた。

 しかし、A君がぎょーてーさんを引いた回に雰囲気は一変することになった。A君は自分がぎょーてーさんを引いたにもかかわらず、とぼけるものだから、ユウタとタクヤ、A君の三人が残るまでゲームが続いた。気の弱いユウタはおろおろして今にも泣きそうだった。タクヤはA君がとぼけているものと見抜いたおかげで、タクヤとユウタがA君を指名し、この回は終わりとなった。

 「A君、ぎょーてーさんは単なる遊びとちゃうねんから、あんまりふざけたらあかんよ。」

 「遊びなのに、ふざけてはいけないって意味がわからないな。誰か見抜く遊びなんだろう。」

 タクヤの指摘にも、A君はとりあうつもりはないようだった。

 ここで終わっておけばよかった。僕たちはなんとなくA君に馬鹿にされたような気がして、意地になったのだと思う。

 そこから数回は最初にA君を指名し、排除することで順調にゲームを終わらせた。

次の一回で、最初からユウタがおろおろするものだから、僕たちは皆でユウタを指名したが、ユウタの松の葉は曲がっていなかった。

 次に、なんだか挙動不審になったリンタロウを指さしたが、リンタロウの松の葉もまっすぐだった。

 いよいよ残ったのは僕とA君、タクヤの三人になってしまった。A君はにやにやと薄ら笑いをうかべていて、ぎょーてーさんなのかどうなのか皆目わからない。軽く指をタクヤに向けてみるとタクヤは神妙な顔で首をふるばかりだ。こんなことになるならば先にA君を指名しておけばよかった。全く誰がぎょーてーさんなのか分からなくなってしまった。タクヤが嘘をつくはずがない。そうするとA君しか残らないのだが、本当にそれでいいのだろうか。タクヤが僕を指さして確認したが、僕は首を振った。僕は自分の松の葉をコートのポケットの中に入れていた。

 「ぎょーてーさん、ぎょーてーさん、どーちーら。」

 僕とタクヤはA君を指さした。

 A君はにやにやしながら手のひらをひらいた。A君の手の中の、松の葉は枯れかけた茶色であったが曲がらず、まっすぐであった。

 真っ青になったユウタは大声で叫びながら逃げて行ってしまった。

 ユウタの声で僕たちも皆、半ばパニックになってしまい散り散りに走りながら家に帰った。

 A君はそんな僕たちの様子を笑いながら眺めていたようだ。

 タクヤと僕の松の葉はお互いに確認できなかった。


 次の日、登校したときに僕は他の四人の顔を見つけてほっと胸をなでおろした。誰もいなくならなかったしけがもしていない様子だった。ぎょーてーさんの祟りなんて嘘だとその時は思っていた。

 タクヤがA君に声をかけた。「ぎょーてーさん、おはよう。僕らも悪かったけど、あんまり悪いふざけ方したらあかんで。」

 「誰がぎょーてーさんだよ。」A君はむすっとした様子で答えた。

 タクヤはぽかんとあっけにとられた様子だった。

 しばらくして、様子がおかしいことに気が付いた。僕たちは誰もA君のことをA君と呼べない。頭の中ではA君とわかっているのだけれど、呼びかけようとすると「ぎょーてーさん」になってしまうのだ。

 この件が先生の耳に入り、クラス会が行われた。

 強面の担任の先生は大きな声で僕たちにいじめがあるのかと恫喝した。

 A君は「皆が僕のことをぎょーてーさんといいます」と言った。

 先生は「しょーもないいじめをするな、お前ら。ぎょーてーさんはぎょーてーさんや、人の名前で遊ぶな。」大きな声で先生がA君のことをぎょーてーさんと呼んだ。

 先生は最初自分の声が信じられずおろおろとした様子で、取り繕うように

 「お前らのせいで間違えたやろ。名前で遊ぶな。ええか。ぎょ、A君はA君や。」

 どうやらA君の顔を見ずに、名簿の名前を見たり、強く名前を意識すればA君と呼ぶことができるようだった。

 クラス中に異様な雰囲気が漂い、口を開くものは誰もいなかった。先生の大声に驚いたのか、ぎょーてーさんの祟りが怖くなったのか数名の女子がこらえられずすすり泣く声だけが教室に響いていた。

 しばらくしてA君は学校に来なくなった。今でも僕はA君の本当の名前を思い出せない。


 そろそろ帰る時間だ。僕は息子の太一に声をかけた。

 「太一、もう帰るで。」

 「はーい。」

 元気な返事が聞こえた。輪になって何やら遊んでいるようだ。

 スマホで妻にもうすぐ帰るとLINEを送信した。

 すると、聞きなれた歌のような節が聞こえてきた。

 「ぎょーてーさん、ぎょーてーさん、どーちーら。」

 ぎょっとして顔を上げると、感情のない人形のような瞳で子供たちがこちらをじっとみつめ、小さな指で僕のことを指さしている。

 思わず後ずさると、ポケットの中に何かが入っているのに気付いた。

 そっと出してみると、入っていたのはあの時と同じぽっきりと曲がった青々とした松の葉だった。

「「「「「「おかえりなさい。」」」」」」

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