六 残滓

 その翌朝、通勤の電車であの家の前を通りかかった私は、おそるおそるその様子を確かめてみたのだが、やはり昨夜見た時と同じようにそれは空き家と化していた。


 電車から覗いていた窓もカーテンが閉めきられ、もう中を見ることができなくなっている。


 また、それ以降、二度とあの家族が姿を現すようなこともなくなり、もとからそうであったかのように、そこはずっと空き家のままになってしまった。


 ……いや、実際にそもそもが空き家であり、私が見たものの方が幻であったのかもしれない。


 だが、私は酔っていたわけでもなかったし、眠気に襲われて夢見心地でいたわけでもない。シラフでクリアな頭の状態で、私は確かにあの家族達の暮らす有様を垣間見ていたのだ。


 後日、どうにも納得がいかず、ネットの噂や某事故物件サイト、図書館の新聞アーカイブなどを駆使して調べてみたところ、なんとなく予想はしていた通りに、やはりあの家では過去に殺人事件が起きていた。


 しかも、亡くなったのは父親と母親、小学生の姉と弟の四人。


 事業に失敗した父親が酒に溺れた挙句、家族三人を殺害して無理心中をはかったのだという……まさに、私が見たあの光景を説明するのにはぴったりの内容である。


 だとしたら、私が見ていたのは家族がそこで暮らしていた頃の、時空を超えた過去の光景だったのだろうか?


 それとも、いわゆる〝残留思念〟というやつで、その土地に記憶された当時の情景を、なぜだか私の脳が再生してしまっていたのだろうか?


 いずれにしろ、あの家族とは縁もゆかりもない、ただ横を電車で通り過ぎるだけのまったくの赤の他人であるはずの私が、どうしてそんなものを見てしまったのかというところからして大いに疑問が残る。


 まあ、不可解な怪異に対して常識的な理屈を求めることからしてナンセンスなのかもしれないのだが……今もって謎は謎のままだ。


 あれから数年、仕事も変わり、当時住んでいた所からも引っ越してしまったので、あの路線を使うこともとんとなくなり、くだんの家がどうなっているかも現在ではわからない。


 空き家のまままだ建っているのか? あるいは取り壊されて駐車場にでも変わっているのか……ますます縁もゆかりもなくなった今の私には知る由もない。


 それでも時折、電車に乗って住宅街の景色を車窓から眺めていると、あの家族の食卓を囲む一家団欒の情景が、不意にありありと脳裏に想い浮かんできたりもする……。


(車窓から見える家 了)

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車窓から見える家 平中なごん @HiranakaNagon

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