五 怪異

 この駅からはさほど離れていないと思うので、徒歩でも充分に行ける距離だ。それに線路沿いの毎日見ている見慣れた街並み。行けばあの家もすぐに特定できるだろう。


 改札を飛び出すと、私は駆け足気味に線路沿いの道を急ぐ……案の定、あまり時を置かずして私はあの家のある辺りへと到着した。


「……あれ? どこへいった?」


 ところが、なぜかあの家が見当たらない……あんなに煌々と灯りをつけていたのだからすぐにも見つかりそうなものなのだが……もしかして父親が灯りを消したのか? だとしたら、事態はもっと悪化している可能性が高い……急がなくてはならない。


 あの家があったのは、確かにここら辺で間違いないはずなんだが……。


 そうして私が肩で息をしつつ、忙しなく足を動かして付近を探し回っていると、電灯が点いているどころかむしろ真っ暗な、周りに比べて一際黒い一軒の家があることに気づいた。


 もう一度周囲を見回し、私は改めて車窓からの風景との比較を試みる……灯りは点いていないが、その形状や立地からしても、ここがあの家であると見て間違いなさそうだ。


 だが、何かがおかしい……人気がまったくないと言おうか……ついさっきまで、人がいたようには思えない雰囲気なのだ。


 いや、よくよく目を凝らして見てみればガラス窓はベニア板で厳重に補強され、郵便受けにはガムテープが貼られて使えないようにされている……さらには敷地の入口にトラロープを一本渡すと、「売家」と書かれた古いプラスチックの看板もかかっているではないか!


 さっきまで人がいたどころか、ここはもう何年と人の住んでいないような空き家の状態である。


 私が場所を間違えていて、あの家はここじゃないのだろうか?


 だが、どんなに周囲を探し回ってみても、やはり該当する家はこの一軒以外に見当たらない。


 なにがいったいどうなっている? ……何か事件があったにしても、あの家族はどこへ行ってしまったのだろうか?


 ついさっきまで、ここにはあの一家が確かに住んでいた……しかも、それを私はこのニ、三ヶ月、毎日のように電車の車窓からずっと見ていたのだ。


 それがこの短時間の内に、まるで最初から存在すらしていなかったかのように綺麗さっぱりいなくなってしまうなんて……。


 この状況を理解できず、私はしばし、その空き家の前で呆然と立ち尽くしてしまう……そして、狐にでも抓まれたかのような心持ちで、小首を傾げながらとぼとぼとその場を後にした──。

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