最終日
最後の文章を手掛ける。
僕が望む人間の最後の瞬間。孤独ではなく、友人に囲まれて。永遠の別れのような悲しく冷たい空気感ではなく、ただ先に出かける友人を送り出すような、温かく穏やかな、何の特別感もない別れ。また明日という会話で締めくくられるような、そんな別れの話を書いて。
僕はそれをインターネット上で公開する。
多分誰も読まないだろうし、読んだとしても高い評価が得られるような小説ではない。ジャンル決めとかタグ付けとか、投稿サイト特有の文化にはかなり苦い顔をさせられた。
それでも僕は完成させて、そしてそれを公開した。監視させるように傍に置いていた手紙ももらったときのような状態に復元させる。それをどうしていいのかわからないけど、ひとまず机の上に置いて、一日以上付けたままだったパソコンの電源を落とした。
がちがちに凝ってしまった体をほぐしながら部屋を歩き回り、自分の役割が今度こそ本当に終わったことを自覚する。昨日だか一昨日だか、柏月乃の死亡を聞いたときに僕にのしかかってきた無力感、それの無い幕引きで、それは正直かなり心地よい終わり方だと今は感じられた。
『私の遺書を小説にして』
それが彼女が僕に向けて書いた手紙、彼女の本当の意味での最後の言葉。死んだ後に届けられた言葉のうち、これが最も時間の開いた状態で届けられる最後のメッセージになるだろう。なんて難儀で我儘な人間だろうか。僕はそういうものの素人で、わざわざそれに従おうと思うほどの関係性になった覚えはない。……そう考えるなら僕も難儀で我儘な人間になるか。それに従ってこうして書き上げて、それを公開さえしたのだから。
とにもかくにも、柏月乃という人間が僕に望み、そして僕が実現した彼女の目的は幾重にも渡るものだった、ということだけは今の段階で理解できた。整頓がてら文字に起こして考えるが、果たしてどこまで考えづくで、どこからが偶然によるものなのかは区別がつかない。
最初はもちろん偶然で、彼女の命が危機に瀕したことだろう。僕は直接対面したことは一度もないし、そもそもそれを質問する権利は保持していなかったので、なぜあの状態になったのか知らない。僕の中の柏月乃は元からあのカーテンの向こうにいる、風鈴のような声でぽつぽつと語るだけの人間だ。その彼女が最初に思いついたのは多分、自分で話を遺すことだろう。柏月乃という人間が生きた証を永遠に残す、そのために物語ろうとしたはずだ。だけどそれは諦めた。だから次善の策として他人を求めた。そして嘘の話か本当の目的だったものなのか、筆跡を真似した、柏月乃のものと見紛う遺書を書くことの出来る人間を探した。そして選ばれたのが僕であり、のこのこと僕は柏に乗せられてしまったわけだ。
そして僕は疑うことなく彼女の言葉を書き留めた。家族、友人、自分の物について。それらしい、という言い方がこういうときに適切かどうかはわからないけれど、僕は彼女が言い残そうと望んだ言葉のすべてを聞いて、彼女の言葉で書き残して。柏月乃が残したいと望んだ柏月乃の姿を手紙という媒体に書き留めた。そして――――それをもとに、僕の中にある柏月乃を僕の言葉で綴れというのが彼女の真の遺言として伝えられた。
綺麗な二段落ち、戯作と現実の境目を曖昧にするような話だ。自分の死を原材料にしたフィクションを描けと今際に思いつく人間が果たして何人いるのだろう。そしてそのフィクションが彼女の真の遺書になる。小説家が遺していく作品のことを指す、『遺作』とは全く異なる境地に立つ、作品と遺書の完全な同一化。僕がインターネットを通じて世界に公開したことにより、それは達成された。
結果として、僕は二重に柏月乃の遺書を書き、遺言を聞いたのだ。ただ袖が擦りあっただけのようなか細い縁しかないこの僕がそんなことをした。昨日まで、というかこの作品を完成させるまで、どうしてもその点が腑に落ちなかった。友人に託すのが筋だと思っていたけれど、自分の思う結末で締めくくって、何も知らない他人だからこそ成立したのかもしれないと思えるようになった。そう思った理由は言葉にできないけれど、どうしようもなく納得してしまったのだから仕様がない。
最後に一つあるとすれば、柏月乃は自分の願いが叶えられたのかを知ることをできない点だろうか。一世一代の大仕掛けが本当に発揮され、僕が約束を守ったのかを最後まで知らないまま終わる。それでよかったのか、胸中を想像することはできない。僕と彼女はあまりにも違いすぎるから。僕に書けるのは僕が見た彼女でしかないから、そこの一線を踏み越えてしまうような思い上がりをしてはいけない。
柏月乃が僕に残した言葉の答えはすべて暴けただろうか。僕はもうこれ以上書く言葉を持っていないため、もうまもなく文章に終わりは来る。思えばいつも、作文を書く機会があるときに悩んでいたのは書き始めと書き終わりについてだけだったけれど、これ以上ないほど綺麗な幕引きを教えてもらった。もしこの後に何か文章を綴ることがあったなら、僕は多分今回よりも早く丁寧に書くことができるだろう。……まあこんなのはどうでもいいことか。
僕が知る柏月乃に僕は最後に何を言えばいいのだろう。さようなら、では腑に落ちないし、かといってつらつらと長い文章を書いたとて相応しいとも思えない。言葉の価値は尽くすほど落ちていくもので、千の言葉に勝る一つを見つけられたなら、それはきっと僕の最高の一言になるはずだ。
今はまだ仮として、めでたしめでたしで文章を締めくくることにしよう。
君が神様になる日まで 海月爛 @haruruzume
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