晴れの余白に、一筋の雨。
夕凪あゆ
第1話
晴れた空は、いつも空を明るくしてしまう。
本当は、曇ったままで
立ち止まっても、よかったのに。
泣く理由に言葉を探して、
それでも結局。
笑う事を選んできた。
これからもそれが変わることは無いだろう。
◇◆◇◆◇◆
誰もいない教室で
罫線の上に言葉を書いては消し、消してはまた書く。詩とも日記ともつかない、誰にも読ませない言葉を綴る。
–––––私は、自分の名前が嫌いだ。
お父さんとお母さんの、私が晴れのように優しい子供に育って欲しいと願ってつけた名前なんだけど。
でもその名前が、私のことを縛っていた。
「天野って、名前の通りほんとに優しいよね。」
「晴架、親切で話しやすいから、大好き。」
そんな風に言われた時、胸の奥で何かが固まった。
–––––褒め言葉だと、わかっている。
でも。
明るい、元気、前向き。
期待されているのは、そういう私だ。
でもそれは、本当の自分じゃない。
晴れやかな自分の幻影が、私の一歩先に立っている。
いつも私よりも前で歩いて、振り返ろうとしない。
なんとなく心が曇っている日があっても、理由もなく気分が沈む朝でも、表面は快晴でないといけない。
苦しくて泣きそうな自分を、それが勝手に否定する。
そうやってできた
でも、静かな場所で、ノートに綴った言葉だけは、その幻影から離れていられる場所だった。
いつしか、ノートに詩や、それに添える絵を描くのが晴架の日課になっていた。
"透き通った瞳。
光を受けて、
深く、静かに揺れていた。
心の奥まで覗かれるようで、
それでも目を逸らせなかった。"
そこまで書いて、ペンを止めた。
扉の向こうで、足音がしたのだ。
きし、と小さく音を立てて、扉が開く。
その方向を見ると、影山
彼は普段から、何を考えているのか分からない。
休み時間とか、男子たちと一緒によく話しているのを見かけるけれど、それ以外の時間に何か喋っているのを見たことがない。
「……まだいたんだ」
それだけ言って、彼は窓際の席にカバンを置いた。
委員会の仕事らしい。
晴架は、慌ててノートを閉じる。
誰かに見られるつもりはなかった。
–––特に、時雨みたいな人には。
静寂が沈む。
紙をめくる音だけが、やけに大きく響く。
「それ」
不意に、時雨が言った。
「さっき、ちょっと見えた」
––––体が固まった。
「……絵と、文章。誰に見せるの?」
晴架は少し考えてから、首を横に振った。
「誰にも。見せないから、書けるの」
そう答えると、なぜか彼は足を止めた。
時雨は何も言わず、視線を落としたまま、短く息を吐いた。
「……変なの」
それきり、会話は終わった。
◇◆◇◆◇◆
それから2人は、よく同じ場所で放課後を過ごすようになった。
別に話したりはしない。ただ、同じ空間にいるだけ。
ただ、晴架は時雨のその関わらないスタンスに安心すら感じていた。普段なら、会話を途切れさせてはいけないと焦ってしまうのに。
たまに時雨が、なんで詩を書くの?と聞いてくることがある。
私は、答えられない。
言葉を選びすぎてしまうのだ。
自分のことを見せようとできないから、無難な答えを探してしまう。
でも、彼にそれは通じない気がする。
ある時、ぽろりと本音が零れたことがある。
「逃げるため。」
そう、ぽつりと言った。自分でも、驚いた。
時雨は「ふうん」と相槌すら打たず、
言葉の続きを待っている。
仕方ないな、と心の中で思った。
この人になら話しても大丈夫だとも感じた。
「私さ」
椅子に座り直して、前を見る。
「名前は、自分の説明書だと思ってるの。」
時雨は訝しげな目でこっちを見る。
「説明書?」
「こう振る舞えって決めつけられてる感じ。」
例えば、笑っている図。
元気な図。
前向きな図。
「馬鹿にされるとは思うけど、晴架っていう名前から外れることができないの。」
「でも、詩を書いてる時だけは、『晴架』から逃げられる気がして。」
時雨は、考える人のポーズのまま固まっている。
十数秒後、困った顔をして、こう言った。
「ごめん。俺は頭が悪いから、天野の悩みにアドバイスとかはできない。でも、そんな深く考えなくてもいいんじゃないの?」
「自分の意思で、ありのままに生きればいいと思うんだけどな。」
そう呟くと時雨は急に立ち上がり、教室を後にした。
1人取り残された晴架は、考え込む。
ありがたいな。 頑張って言葉を紡いでくれて。
無愛想な人だと今まで思っていたけど、本当は優しい人なんだと気づいた。
ただ、晴架は複雑な気持ちだった。
『自分の意思で、ありのままに。』
そう言われても、わからない。
自分のなかの暗い感情を出してしまえば、皆はきっと私に幻滅する。
皆が望んでいる「私」は、
話しやすくて親切な『天野晴架』なのだから。
◇◆◇◆◇◆
晴れの余白に、一筋の雨。 夕凪あゆ @Ayu1030
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