最終話

「お館様!三郎様の軍が、突破されました!」


 伝令の声が響き、臣下が集まった広間に絶望のどよめきが響く。

 惟信がわずかに天を仰いだかと思ったらすぐに視線をもどし、強い瞳で前を見据えて、静かだが厳然と命令を下す。


「隼人!瑞穂姫を連れて武藤の陣営に向かうのだ!」


 暗がりに控えていた隼人は、その時が来たことを静かに悟った。


「御意」


 短く答えると、瑞穂姫を攫うように、その場から連れ去る。


「生きてください!何がなくても生きて!また会えれば、いくらでもやり直せます!」


 悲痛な瑞穂の声が夜闇を裂く。

 隼人はただ黙って瑞穂とその子たちをつれ、高坂の館を後にした。


 城門の前で、それでも逡巡するそぶりを見せる瑞穂を、隼人は目を覚めさせるように強い言葉を投げつける。


「姫!惟信さまの血を絶えさせるつもりですか!とにかく敵の包囲を突破して、武藤本陣に入るのです。さすれば、惟信さまの血と意志は生き残りますっ!」


「……わかったわ。隼人、お前は姫をお願い」


 それぞれ馬に騎乗し、瑞穂は息子、隼人は娘をそれぞれ鞍に乗せる。

 隼人の一番の手下が、瑞穂の侍女を同乗させる。

 たった三騎の逃避行。


「まずは国境の峠まで騎乗で抜ける。ここまでは敵はあまりいない。そのあとは、馬を捨て、武藤本陣へ。夜闇に乗じれば、何とかたどり着ける。行くぞ」


 三人はうなずき合うと、馬の腹に蹴りを入れた。



**


 峠までは、何事もなく駆け抜けられた。


 予定通り馬を捨て、歩き始める。

 わかっていたことだが、子供がいる。


 手間取ると、まずい。


 思うが、惟信と瑞穂の子だ。瑞穂と同じように守るという選択肢しかない。


 早く、本家から人が来ぬか……。


 隼人の心に焦りが生まれる。

 武藤に変わらず仕え続けている本家に、すでに俊足の手下を通して瑞穂の帰還を伝えている。

 武藤としても、この状況で娘が帰ってくることは歓迎すべきこと、この国境までは迎えに来るはずだ。


 迎えが来るのが早いか、本陣に着くのが早いか。


 焦りながら、祈るように歩を進める。


 だが。


「囲まれました」


 手下から無情の言葉が出た。ここまでか。隼人は腹をくくった。


「姫。囲まれました。おとりになりますので、この先まっすぐ突破してください。姫なら、行ける」


「何を言うの?殿を見捨て、さらにこの上お前まで見捨てるなんてできないわ!」


「なりませぬ。とにかく子供と共に生き延びねば!!」


「いやよ!」


「姫!俺の武芸の腕はご存じですね?俺は、負けませぬ」


 瑞穂は虚を突かれたかのように黙り込む。


「姫、これを」


 こんなこともあろうかと、刀は二本差してきた。

 子供のころから愛用してきた刀を瑞穂の手に握りこませる。そして同時に、瑞穂の手も強く握った。


 これが、おそらく最初で最後の、瑞穂の手を取る経験となるだろう。

 隼人は、万感の思いを込めて握りしめた手をほどき、軽く突き飛ばした。


「姫ならば、突破できます。よいですか、まっすぐ行くのです。惟信殿の血と意志を、持ってお行きなされ!」


 言いざま、手下に目配せすると、瑞穂たちとは反対方向へ手下とともに走り出す。


 瑞穂の生きる道を切り開くために。



**


 翌朝。

 戦は終結した。高坂の領地は周囲の武将たちに分割吸収された。


 その妻子は実家に保護された、という噂は流れたが、すでに無くなった一地方の弱小の家のこと、誰にも多くの関心を払われなかった。


―fin―

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夜に広がる青い空―夢の岸辺で、君を選ぶ 外伝― 三木さくら @39change

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