音のさざ波に導かれるように、彼はひとつの部屋へとたどり着いた。

この作品は、隣室から絶え間なく流れ続けるドビュッシーの『月の光』を通して、人の心が拒絶から受容へと変化していく過程を静かに描いた短編である。語り手にとってその旋律は、当初は日常を侵食する不気味な存在だった。しかし、満月の夜に自らの弱さと向き合った瞬間、音楽は意味を変える。
光が立ち上るようなアップスケールと、さざめく星が舞い降りるようなダウンスケール。その繰り返しが、言葉にならない疲労や孤独に触れ、主人公の深い部分を静かに癒していく。
隣人の姿や素性は語られないが、その距離感こそが、読み手の理想を掻き立てる。たおやかな女性であるのか、あるいは男性であるのか――そんな想像は、『月の光』のファンタジックにはじける音のさざ波に導かれるように、自然と広がっていく。旋律は個人の輪郭を超え、読む者それぞれの記憶や憧れに寄り添いながら、旋律は個人の輪郭を超え、読む者それぞれの記憶や憧れに寄り添いながら、物語世界を静かに磨いていく。

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