不穏
正面から迫る魔物の一撃を、総一郎はステップで回避。
脚に纏った風が地を蹴り、身体を横へ押し流す。
相手の攻撃は自分の横を空振りし、その隙に顕現させた炎刀を迷わず振り下ろす。
既に氷で足を奪われていた魔物に回避の余地はない。胴を断ち割られた巨体は霧となり、音もなく霧散した。
「…」
数体を倒した頃には、戦いの型が出来上がっていた。
総一郎が魔物に接近し注意を引いている間に紗希の氷で動きを止め、その隙をついて仕留める――シンプルだが連携力がなければ成り立たない作戦だ。
「く、そ――」
魔物の討伐は順調だ。
新が弱い魔物だけを回している可能性は高いが、それを差し引いても、新入生の初任務としては十分すぎる成果。
討伐数は三人合わせて二桁に届いている。擦り傷こそあれ、大きな怪我も負っていない。
最初の一体を前にした時の張り詰めた感覚も、今では研ぎ澄まされた集中へと変わっていた。
魔物との戦闘に慣れる。この異災対応で最も重要な課題も、すでに越えつつある。
あとは、新が終了を告げるまで倒し続けるだけ。
「…ちっ」
繰り返すが、魔物の討伐は順調である。
それなのに総一郎の胸の内は落ち着かなかった。
無意識の油断で一体目を仕留めきれなかった悔しさ。
一斗に投げかけられた、含みのある言葉。
そして、数分前に交わされた、紗希と一斗のやり取り。
考えないようにすればするほど、思考は同じところをぐるぐると回る。
答えから逃げるように、総一郎は風魔法の出力を上げた。
「待って!」
微かに聞こえる幼馴染の声を、意識の外へ押しやり、前へ出る。
魔物がこちらに気づき、腕を振るった。
見慣れた動き、慌てずに半歩ずらして躱す。
開いた胴へ炎刀を走らせた――その瞬間、魔物が地を蹴った。
巨体が跳ね、地面が悲鳴をあげる。
揺れに逆らうように総一郎は風に身を預けた。
攻撃圏に踏み込まれた魔物が、目を細め、大きく口を開いて――、
「――!」
その動きが自分の身体を粉々にかみ砕こうとする魔物の攻撃であると理解した瞬 間、風が足元で爆ぜ、身体が空へ弾き出される。
獲物を見失い、魔物が首を巡らせる。
その視界を埋め尽くしたのは、人影ではなく――揺らめく巨大な炎だった。
魔法術師の攻撃だと理解した時には、すでに遅い。
首と胴が断たれ、魔物の輪郭が崩れ落ちていく。
「はぁ……っ、はぁ……っ!」
魔物が完全に消えたことを確認して地面に着地し息を整える。
あの嚙みつくような攻撃――初めて見る攻撃だった。
判断が数コンマ遅れていれば荒い呼吸を整える必要はなくなっていただろう。
澄んでいく視界の奥でこちらに走ってくる紗希の姿が見えた。
衝動的な感情に従って紗希の言葉を聞かなかった事への罪悪感が今更ながら湧いてきて目を逸らす。
「おーい!」
その時、反対側から新が来ていることに気づく。
総一郎は小さく頭を下げた。
二人がほぼ同時に総一郎に元に辿り着いて、新が口を開く。
「や、お疲れ様。柳君、雛森さん。初めての魔物はどうだったかな?」
変わらない柔らかな笑顔に、張り詰めていた身体から力が抜けた。
「…思ってたより大変だった、ってのが正直な感想ですかね」
「うんうん、いざ目の前にすると分からない緊張を感じ取ってくれたなら連れてきた甲斐があるよ」
「……」
「雛森さんはどうかな?」
「あ、はい。えと…見た目より動きが早くて少し焦りました。魔法を迷っていたら間に合わないなと…」
「そうだね、魔物は倒した後消えてしまうからどうやって動いているのかが判明されていないんだ。人間のように筋肉はあるのか、それとも魔法のような現象で動いているのか…今のところは慣れてもらうしかないね」
新が肩をすくめると、紗希は小さく「なるほど」と呟いた。
「あとは…笹川くんはどうだった?」
遅れて近づいてきた一斗にも、新は同じ問いを向ける。
一斗は総一郎や周囲に視線を向けることなく答えた。
「…貴重な体験でした。自分の魔法が魔物にどれ程通用するのかを把握出来て良かったです」
「あの派手な雷爪で思ったんだけど…もしかして、生徒会副会長さんの弟くん?」
「…まぁ、はい」
「やっぱり!笹川って苗字珍しくないから偶然かなって思ってたけど、本当に兄弟なんだね」
「…」
「なるほど…遠目でも分かったけど、動き良かったよ。初戦闘とは思えなかった」
春桜魔術学園、生徒会副会長――笹川遥樹。
入学式の最後に生徒会長である春園大雅からその名を呼ばれていたのを思い出す。姿は見ていないため一斗と似ているかは判断出来ないが、どうやら実の兄弟らしい。
遥樹の名が出た瞬間、一斗の表情がわずかに陰った。新もそれに気づきあえて踏み込まなかったように見えた。
「あの、先輩」
「ん?」
「私たちと一緒に来てた三人なんですが…魔物の攻撃で少し怪我をして。先輩に言われた通り、向こうへ行きました」
「あぁ、その件なら桐藤隊長から連絡が来たよ。怪我した生徒と付き添いはちゃんと第六部隊の所まで行けたみたいだ」
新は「教えてくれてありがとう」と付け加え、周囲を見渡した。
「…異災も、ひとまず落ち着いたみたいだね。桃田副隊長から全体連絡が来てないってことは、無線を使わずに対応できる範囲まで押し込めているはずだ」
状況を整理するような呟きに、紗希が再び口を開く。
「ちなみに異災の終わるタイミングって、どうやって判断するんですか?」
「基本的には魔物が現れなくなったらだね。一回の異災で出てくる魔物の数は固定じゃないし、出現が続く時間もバラバラなんだ」
「じゃあこっちの判断で?」
「うん、最終判断は隊長がする。僕たちで言えば桜田隊長だね。桜田隊長が学園に異災対応完了の報告をして、異災警報をリセットして貰うんだ」
「…」
「もし異災が終わっていなかったり、すぐ次の異災が始まると入学式の時に聞いた警報がまた鳴るっていう仕組みだよ」
「その警報の仕組みって…」
「――その話は授業で。今は状況確認が優先だ」
新が優しく手で制し、紗希は「すみません」と小さく頭を下げた。
総一郎も内心では続きを聞きたかったが、口には出さなかった。
学園に入るまで知らなかったことが、今日一日だけでも多すぎる。
それをこれから学ぶのか、と僅かな好奇心が芽生えかけた――その時。
『第一小隊長の遊佐です。新入生との異災対応は終了予定ですが、そちらの状況は?』
新が無線を入れる。
返答はない。
『桃田副隊長?聞こえてますか?』
応答はない。
『…応答出来る人はいますか?』
嫌な間が空き、総一郎と紗希は思わず顔を見合わせた。
『――新!?』
「っ」
無音だった無線に、切迫した声が割り込む。
聞き間違いでなければ第一部隊副隊長――桃田ひかるの声だ。
『桃田副隊長、どうしました?』
新は冷静さを保ったまま問い返す。
『分かんない……ついさっき気づいて…魔物が、こっちに逃げてきてるみたいな…』
「…逃げてきてる?」
言い方が引っかかり思わず総一郎が呟いた、その瞬間。
『春斗には連絡したけど――あ、待って!!』
ひかるの叫びと、森の奥で響いた爆発音がほぼ同時に届いた。
四季魔術学園の第零部隊~未完成の魔法術師と六色の魔法使い~ 夜野 夕陽 @yuhi_yoruno
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