撤退判断 ― AIレスキュー試験部隊ガードライン・実証編

よみひとしらず

第1話 実証開始

朝のニュースは、数字から始まった。


「昨年度、二次災害による救助隊員の死亡者数は――」


画面に表示されたグラフは、静かに右肩上がりを描いている。

倒壊後の崩落。

ガス爆発。

浸水。


原因は違っても、結末は同じだった。


助けに行った人間が、死んでいる。


「これを受け、政府は二次災害予知AI〈S-HAD〉と

半自動自立支援無人機を用いた

特別災害対応部隊――通称ガードラインの

実証運用を開始しました」


淡々としたアナウンサーの声。

そこに感情はない。


同じ時刻。


官邸。


内閣総理大臣は、短く告げた。


「本事案について、

特別災害対応部隊ガードラインに出動を要請する」


要請は即時、各系統へ送信された。


上空、巡航高度。


航空支援統合管制機夕凪に、通信が流れ込む。

地震計の数値。

衛星画像。

自治体からの救援要請。


整理された情報が、地上へ送信される。



早瀬 迅は、共有映像をオフにした。

表示は、S-HADの待機画面に切り替わる。


ヘルメットを手に取る。

内側の表示が起動した。


S-HAD:スタンバイ

支援無人機:オンライン


管制からの通信が入る。


「夕凪経由、状況共有します。

沿岸部から内陸にかけて広く揺れを観測。

内陸住宅地を中心に、震度6強。

木造住宅密集地域で倒壊報告、複数。

余震、継続中。救援要請、断続的に入っています」


過去に一度、

判断を遅らせたせいで、仲間を一人死なせた。


助けられたかもしれない。

そう思う夜は、今でもある。


だから今は、

判断を早めるための仕組みの中にいる。


《ガードライン》。

守るために前に出る部隊じゃない。

引くための線を引く部隊だ。



現場は住宅街だった。


震度6強。

木造と鉄骨が混じった建物が、

歪んだまま、かろうじて立っている。


「ガードライン、展開完了」


指揮車内。

モニターには構造図と数値が並ぶ。


「無人機、先行投入」


早瀬の指示と同時に、

四脚型の支援無人機が二機、瓦礫の隙間に滑り込んだ。


「構造スキャン開始」

「支保可能範囲、表示します」


画面に色分けされた構造図が浮かぶ。

赤、黄、緑。


無人機のアームが伸び、

傾いた梁を、静かに支えた。


「支え、安定」

「人はまだ入るな」


これが、実証運用だ。


人が危険に踏み込む前に、

無人機が時間を稼ぐ。


その瞬間、

ヘルメットの内側で電子音が鳴った。


――ピッ。

――ピッ。

――ピッ。


撤退アラーム発令

二次崩落リスク:高

想定猶予時間:2分40秒


早い。

現場に入って、まだ一分も経っていない。


無人機は、まだ動いている。

支保も、切断準備も整っている。


「判断官」


無線が、早瀬を呼んだ。


S-HADは命令しない。

進めとも、止まれとも言わない。


ただ、

残された時間だけを示す。


早瀬はモニターを見つめた。


無人機は有能だ。

だが、支えているだけだ。


人が入れば、

次に崩れたとき、逃げるのは人間になる。


「……撤退」


一瞬の沈黙。


「了解。撤退します」

「無人機、離脱」


支援中断

離脱ルート確保


無人機が梁から離れ、後退する。

全員が引いた直後――


鈍い音。


次の瞬間、建物の奥が崩れ落ちた。


「……無人機が入ってなかったら、

最初に人が巻き込まれてたな」


誰かが低く呟く。


撤退アラーム解除

試験データ取得完了


モニターに、冷たい文字が並ぶ。



早瀬は、ゆっくりとヘルメットを外した。


「無人機は、

命を守るための時間を作る」


誰も否定しない。


「引くかどうかを決めるのは、

人だ」


正解かどうかは分からない。

だが――


誰も死んでいない。


それだけで、

今日の実証は成功だった。


明日も、

その次も、

この判断を繰り返す。


それが、

ガードライン判断官・早瀬 迅の仕事だ。

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2026年1月3日 21:00
2026年1月4日 21:00
2026年1月5日 21:00

撤退判断 ― AIレスキュー試験部隊ガードライン・実証編 よみひとしらず @yomihito2026

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