『可哀想なお爺さん』
香森康人
可哀想なお爺さん
題名は可哀想なお爺さんとなっているけれど、恐らくこれはかなり正確な将来の自分の姿です。もう予知夢みたいなものです。たぶん。
いつ死んでもおかしくない90歳くらいになった時、僕はどんな事を考えているんだろうと想像することがよくある。多分頭もボケていて今以上にまともな判断は出来なくなっているだろう。もしかしたらもうすぐ訪れる死期に怯えているのかも知れない。でも、思い返してみれば80歳過ぎて死期を怖がっている患者さんっていうのを今まで見たことがない。大半の人は人生を味わい尽くしてそろそろ食傷気味になっている様に見える。むしろ、「あとオプションで10年人生伸ばせますが、そうしますか?」と聞いたら丁重にお断りされそうだ。
でも、急変時どこまでもフルコース希望の僕としては、そんなに安らかに終末を過ごせる自信がない。きっと恐怖を紛らわせる為に色々と対策を練ると思う。
その一つが生前墓だ。
生前に自分好みの墓を建てるというもの。
自分で食事を取るのもままならなくなり、たまに徘徊し、たまに失禁する様になって色々と家族に面倒をかける様になった僕は、ある日、生前墓を建てる事を決心する。誰に相談することもなく、1人ふらふらと家を出てお墓屋さんに行く。
「あの、すみません」
「はい?」
お墓屋さんが言う。耳の遠くなっている僕は補聴器をゆっくり取り出して耳につける。お墓屋さんは厄介な奴が来たなという顔をする。
「あのですね、死ぬ前に先にですね、自分のお墓を建てようと思うのですが」
「あっ、そうですか。お爺様のお墓でよろしかったですか?」
「そうです、ワシのお墓です」
80歳過ぎてから僕は人前で話す時の一人称が何故かワシになった。
お墓屋さんはあれこれ難しい話をする。僕は理解できないので、自分の希望だけ一方的に伝えることにする。
・なるたけ密集したところにお墓を建てる事(死後、ご近所さんとお話しできると僕は信じております)
・小さいラジオが入るくらいのスペースを作ってもらうこと(遺骨の隣にラジオを置いてもらい常に東京FMを流してもらう様に遺書で家族にお願いしてあります。もちろん定期的に電池も替えるよう指示致しております)
・よく水が染み込む石にすること(お酒をかけてもらった時に遺骨まで辿り着かなくては意味がありません。それは家族の自己満足と言うものです)
・石にはピンク色の桜の模様をあしらってもらうこと(ひ孫あたりが、お花見の代わりに墓参りに来ようと思ってもらう為です)
などなど、1時間ばかり延々と語った。お墓屋さんは途中から聞いてるのかどうか分からないけど、うんうんと適当に返事していた。
そして最後にこちらなどどうでしょうと何種類かの墓石を僕に提示した。先ほどのご要望はオプションで施していきますと。
僕はその中で色々と飾りのついた特級品を選ぶ。オプションは必ずつける様、念をおす。
費用は取り敢えず100万円かかるとのことなので、カードで支払いを済ませた。
帰りの足取りは実に軽いものだった。これで、今まで散々面倒をかけてきた家族に僕の墓選びという面倒くさい仕事をさせなくて済むわけだ。それに、自分好みのいい墓に仕上がりそうで、これなら死んだ後も楽しくやれそうだ。
「ただいま」
「お帰り。どこ行ってたの?」
息子の嫁が言う。
「墓を買ってきたよ。ワシの墓ね」
「墓!?」
息子の嫁は物凄い形相で僕に近づいてくる。そして、僕のポケットから裸で持ち歩いていたクレジットカードを引っ張り出す。
「このお金は私たちのお金なんだけど?」
「そうだっけ?」
僕には全く意味がわからない。
「墓っていくらの買ったの?」
「さぁ」
知らない。
「維持費はどのくらいかかるって言ってた?」
「分からないけど」
僕は、お墓屋さんからそんな話を誓ってきいていない。
「お金は払っちゃったの?」
「うん一括で」
息子の嫁は頭をかかえている。本当に面倒ばかりかけるジジイだと思っていそうだ。僕は玄関で靴も脱がずにもじもじする。
「ごめんなさい」
僕は小さな声で3歳児みたいに素直に謝る。
それを聞いた息子の嫁は、少し優しい顔になり僕に微笑みかける。
「いいのよ。お墓はキャンセルしとくから。旦那とも話してたんだけど、お爺ちゃんはお魚が好きだから、死んだら骨は海にでも捨て、あっいや、流そうと思っているの。いいでしょ?」
そして息子の嫁はまたにっこりと笑う。怖い。
僕は老後の事をよく考えています。人生の終着駅は着々と近づいてきてます。ちょっと居眠りすれば4分の1くらいは簡単に過ぎ去ります。生前墓なんて無駄なものはやめましょう。そんなお金があるなら、息子の嫁さんに美味しいものでも食べてもらいたいです。
終わり
『可哀想なお爺さん』 香森康人 @komugishi
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