社畜

宰川 隼

社畜

会社は生きるための希望だ。

上司の叱責する声、社内に漂う鉛のような空気など、いつものリズムがそこにある。


しかし、私は屈しない。今日のノルマを達成して帰るのである。

 

私は自分のために働いて、自分のために生きる。それが今の私の信念。


だが、段々とそれに合わない、ケチになってきた気がする。

それは、社会人として当たり前のようにも感じる。

 


昔の私はよく散財していた。おまけに親から金を借りては、返さないのが私だった。


 

昨週、久しぶりに大学の友人と出会った。

 

友人は少し太っている気がして、前に帯びていたあの風格も今はどこにもない。


「よ!お久! 」


「おう!久しぶり! 」


都合の良いことに私たちは、用事がなかったので飲み屋に直行した。


赤い暖簾を潜り抜け、店員に案内されて、私たちはその席に腰を下ろした。


注文札を眺めた。ぼんじり、つくね、鶏の唐揚げ、砂肝揚げなど色々と書かれていた。


そうして、私は一番安い枝豆を注文した。

一方、友人はビール二本と一番高い和牛ステーキを注文した。


私は深い驚きを覚えた。


私は気になって、つい質問してしまった。


「高い物食うんだ。どうして高い物を食べれるの? 」


友人は頬杖をつき、手首に顎を預けた。


「それは、食いたいから食うんだよ。あと、最近給料が増えて」


彼は申し訳なさそうに自慢した。


「あれ?そういえばどんな仕事についてるの? 」


私は彼の職場を知らなかった。

大学の卒業式で職場の話をせず、友人はその卒業式を最後に姿を暗ました。


「あー、俺は今、自営業の社長だよ」


またしても驚かされた。彼には社長になれる素質があったのかもしれない。

しかし、私のような社会人と比較したら、なぜだか鬱屈した。嫉妬もしていた気がする。


「えー!すご! 」


嘘を吐いて、気を紛らわした。

私はその時何か言おうとした。その言葉を思い出すために、黙ろうとしたその時。


「こちら、枝豆とビールです」


枝豆とビールが眼前に置かれた。

店員さんはくるりと反対に向き、厨房に向かって行った。


「お!来たじゃん。早速食べますか」


と喜々しながら、和牛ステーキを頬張った。

和牛ステーキを堪能しながら、ビール片手に豪快に飲んだ。


ゴクゴクという音が喉を鳴らし、私は久しぶりに涎が垂れた。


 「うまそーだな。いいな」


思わず、口に出てしまって困惑した。

なんとか誤魔化そうと、そういえばさ、と見苦しい始まり方をした。


友人は自分の話なんかに聞く耳を持たず、満面の笑みで飲食していた。

 

それを見て、私は怒気や憎悪も感じず、寧ろただ羨望していた。

 

しかし、羨望と言っても食に関して羨望していたわけではない。


 私もあんな人になりたい、という誠実な羨望であった。


それから、酒を飲み、お互いの愚痴を言い合ったり、小さな失敗談なんかも話した。

 

「じゃあ、そろそろ行くか」


「そうだな、今日はありがとな」


「いや、俺はお前と飲みたかったんだよ。だからいいんだ。気にするな」


お互い顔が火照っていて滑舌も悪い。

だが、それもまたいい思い出な気がして、そう思ったら、なんだか気分が楽になった。

  

ふたりはレジに進んだ。


「俺が払うからいいよ」


「いいのか、すまん」


友人は四千円を出して、いくらかお釣りをもらった。


そうして、私たちは暖簾を潜り抜け、外へ出た。


寒風が肌を刺激して、私は思わずくしゃみが出てしまった。


「寒いな」


「ああ、寒いよ」


友人はトレンチコートのポケットに手を押し込み、こう言った。


「今度またどこかで飲もう」


「ああ、そうだな」


繁華街の光がふたりを照らす。

 

友人は繁華街へ歩き出す。

そうして、光の中に消え去りながらも言った。


「じゃあ、またどこかで」


「おう」


と応えた時にはもう彼の姿はなかった。

 



朝起きた時も、帰宅した時も私の思いは変わらない。


「生きなきゃ。稼がなきゃ」


そういった思考に落ちた人の事を世間では「社畜」と言うらしい。

 

 私自身、社畜だな、と思った事は一度もない。その上、それについて考えたこともない。


 朝は満員電車で通勤、昼と夜は血眼になりながらパソコンの前に座ってカタカタと作業。


 「ああ、頑張らないと。辞めたら恥だ。とにかくパソコン」


 明日もまた同じ、明後日もまた同じ、その次もまた同じ。

 

「仕事が終わらないと落ち着かない」

 

 

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社畜 宰川 隼 @munmun0523

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