現状分析 02

​「……クソ、読み込み(ロード)が終わらない。情報が『降ってこない』のが、これほど苦痛だとはな」


​カムイは、奥行きのある巨大なブラウン管モニターを忌々しげに睨みつけた。

2029年なら、AR(拡張現実)グラスを通じて視界の端に10以上のウィンドウが浮かび、5Gを遥かに凌駕する帯域で情報の「塊」が数ミリ秒で網膜にレンダリングされていた。思考と検索がほぼ同期していたあの頃に比べ、今は、アナログ電話回線の細い銅線から滴る、数キロバイトのテキストを待つだけの「静止した時間」がある。


​「ピー……ヒョロヒョロヒョロ……ガガガッ」


​深夜0時。テレホーダイの時間。

唯一、電話代を気にせずネットに繋げるこの時代特有の「儀式」でさえ、通信速度はわずか56kbps。

ようやく表示された個人運営のホームページは、黒背景に原色の文字が躍り、工事中の看板アニメーションが点滅する、あまりに未熟で断片的な情報の掃き溜めだった。


​「デザイン以前の問題だ。体系化されたデータベースがどこにもない……」


​カムイは、マウスの物理的なボールが埃を噛んで動きが悪くなるたびに、それを外して掃除し、悪態をついた。


​「……カムイ、まだ起きてるの。電気代の無駄よ」


​階下でドアが開く音がし、母親の無機質な声が響いた。

彼女は酒に溺れているわけではない。ただ、息子に対して徹底的に無関心なだけだ。仕事から帰り、自分の食事だけを済ませ、カムイが何をしていようが、どんなに鍛えた体になろうが、その瞳に彼が映ることはない。


​「……わかってるよ」


​短く答え、カムイは椅子を蹴るようにして立ち上がり、自室の床で拳立て伏せを始めた。

掌から伝わる畳の感触。2029年の、デスクワークで錆びついた体とは違う。

格闘技の道場で、生存本能のままに追い込み続けた17歳の肉体。その「ハードウェア」だけは、この不自由な時代において唯一、カムイの意志に即座に応答する精密機械だった。

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2026年1月3日 12:00
2026年1月4日 12:00
2026年1月5日 12:00

カルマデバッガー @shinriin

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