猫耳と猫しっぽが生える奇病が蔓延しているらしい

橋元 宏平

猫耳しっぽ感染症

 ――ニュースをお伝えします。

 現在、全国で蔓延まんえんしている「猫の耳と猫のしっぽがえる」謎の奇病の感染者数は3万人を超えました。

 今のところ、「完治した」という報告は入っておりません。

 感染者は性別・年齢・地域にかかわらず、各地で確認されています。

「国立感染症研究所」の発表によりますと、「現時点で感染経路・治療法は未だ不明」ということです。

 一刻も早い究明きゅうめいが待たれます。

 次のニュースです――


 🐈


 老若男女問わず誰にでもかかる伝染病ということで、真っ先にマスクと手袋を買った。

 さすがに、防護服までは手が出なかった。


 伝染病の主な感染経路は、

 接触感染せっしょくかんせん(皮膚や粘膜の接触による感染)

 介達感染かいたつかんせん(汚染物質から感染)

 飛沫核感染ひまつかくかんせん(空気に漂っている病原体を吸って感染。空気感染)

 経口感染けいこうかんせん(口から入ったもので感染)

 ベクター感染(別の動物から感染)

 血液感染(感染者の血を触って感染)

 母子感染ぼしかんせん(母親から胎児へ感染)

 ――の7つに分けられる。


 母子感染は、ありえない。

 何故なら、感染者におじいさんやおばあさんがいるから。

 それに、この奇病が蔓延し始めたのはここ最近だから。

「ベクター感染」は、蚊とかハエとかを媒介ばいかいするから難しいけど。

 マスクと手袋を着用すれば、ほとんどの感染は防げるはずなんだよね。


 日本各地で、猫耳と猫しっぽが生えた人間が3万人以上いるんだと思うと気の毒でならない。

 老若男女問わず罹るって、視覚の暴力だよな。

 だって、可愛い女の子とか小さな子どもに生えるなら、まだしもさ。

 猫耳と猫しっぽが生えたオッサンやオバサン、おじいさんやおばあさんが大勢いるんだよ?

 萌え以前の問題だよ。

 笑うしかないだろ。


 猫耳と猫しっぽが生えるだけで、日常生活に特に支障ししょうはないらしい。

 いや、猫耳としっぽが生えた時点で、すでに支障をきたしてるけど。


 僕は、絶対に罹らんぞ! 

 だって、罹ったら恥ずかしいじゃんっ!

 男に猫耳としっぽが生えるとか、キモいだけでしょ!


 ――と、思っていた時期が僕にもありました。

 ある朝目覚めたら、頭の上でピクピク動く何かと、ケツの上でふよふよ揺れる長い何かが着いてた。


「ま、まさかっ?」


 僕は慌てて、鏡の前に立ち、あまり自信のない自分の姿を映し出した。

 髪の間から生えた、ふたつの猫耳。

 後ろを向くと、ケツの上でゆらゆら揺れる猫のしっぽ。

 猫耳と猫しっぽを触ってみると、ふにふにと柔らかくて神経が通っている感覚がする。


 ウソ? なんでっ?

 仕事以外で外出ること、あんまないのに……。

 もしかしたら引っ張ったら取れるんじゃないかと、しっぽをつかんだ。


「いだだだだだだだっ!」


 しっぽを力任せに掴んだら、激痛が走った。

 そうだ、猫のしっぽは重要な神経と連結れんけつしてるんだった。

 マジで生えるんだ、この病気!

 なんて、恐ろしい病気なんだっ!


「何、朝からひとりで騒いでんですか?」

「みゃんっ!」


 後ろから、後輩が声を掛けてきた。

 驚きのあまり猫耳がピンッと立って、しっぽがブワッと太くなった。


 昨夜、後輩と一緒に宅飲みしてそのまま僕ん家に泊まったんだった。

 油が切れたロボットのように、ギギギ……とぎこちない動きで振り返る。


 後輩は猫耳と猫しっぽが生えた僕を見て、目を丸くしていた。

 そりゃ、驚くわ。

 僕だって後輩に猫耳と猫しっぽが生えたら、同じ反応すると思う。

 しばらくすると、後輩は爆笑し始めた。


「あははははははっ! 例の奇病、罹っちゃったんですかっ? いやぁ~、感染した人、テレビ以外で初めて見ましたよっ!」


 見られた恥ずかしさと笑われた惜しさで、僕の顔は真っ赤になった。

 ヒーヒーと涙を流して爆笑している後輩が腹立だしくて、ぺちぺち叩く。


「僕だって、こんなん罹りたくなかったわっ!」

「あははははははっ! 結構お似合いですよ、それ! くくくくくくっ! あ、笑いすぎて、メガネ取れたっ」

「またそうやって、僕をバカにしやがって! もうお前、出てけっ!」


 吹き出しながら言われると、むちゃくちゃ腹立つ。

 追い出そうと後輩の背を押すと、後輩が抵抗してくる。

 背中をグイグイ押しても、筋肉量の差で後輩の体はビクともしない。

 コイツ、筋肉ダルマのゴリラだからな。

 結局、僕の方が根負けした。


「いやいや! こんなん、笑うしかないでしょっ! 良かったですね、先輩が大好きな猫とお揃いですよ?」

「猫とお揃いなら、猫完全体そのものになりたかったわ!」

「猫完全体って。先輩、猫になりたいんですか? 残念ながら、猫になった人はいないらしいですね」

「こんな中途半端にアクセサリみたいに着いたオッサンなんて、キモいだけじゃん!」


 ニュースでは、「完治した患者はいない」と言っていた。

 つまり僕は一生このまま、妖怪ネコ男として生きる運命なんだ。

 後ろ指差されて、さげすまれて生きていかなければならないなんて……。

 僕がぺたんとその場に座り込むと、後輩も正面に座ってなぐさめてくれる。


「さっきも言いましたけど、結構お似合いですよ」

「似合っても、嬉しかないよ……。もう一生、部屋から出ない。こんなカッコじゃ、外出らんないもん」


 僕は体育座りをして、しっぽを足の間に挟んで身を小さくした。

 悲しくなって、涙すら出てきた。

 後輩は心配そうな声色で、僕の頭を優しく撫でてくれる。


「あ~あ……、耳がペッタンコに寝ちゃって。そんなに落ち込まなくても、いいじゃないですか」    

「お前なんかに、僕の気持ちは分からないよ……」

「耳としっぽが、言っていますよ。『悲しい』『不安だ』って」


 そういえば猫は悲しみや不安や恐怖を抱えている時は、耳が後ろに寝ちゃったりしっぽを足の間に挟んでたりするよね。  

 後輩は、小さくクスクスと笑う。


「先輩の場合、顔と態度に全部出ますから、そんなもんなくても丸わかりなんですけどね」

「そっかぁ~」


 僕は、そんなに分かりやすい人間だったか。

 ますます、自己嫌悪に陥る。

 後輩は僕の背中を撫でて、なぐさめてくれる。


「じゃあ、一生部屋から出なくて良いですよ。俺が、飼ってあげますから」

「飼うってっ? 僕、お前に飼われる気なんかないんだけどっ!」


 ムッとして後輩をにらむと、後輩はケタケタと笑う。


「だってさっき、『もう一生、部屋から出ない』って言ったのは先輩じゃないですか。そしたら、俺がお世話するしかないでしょ?」

「言ったけど! でも、お前なんかにお世話されたくないもんっ!」

「もう、お世話してるようなもんだと思うけどなぁ」

「うっさいっ!」


 僕がどんなに怒鳴り散らしても、後輩はいつも笑って許してくれる。

 それが分かっているから、なんでも打ち明けられる。

 散々当たり散らして怒りが収まってきたら、また気が落ち込んだ。


「もし一生治んなかったら、どうしよう……」

「大丈夫ですよ。同じ奇病に罹った人が、日本中に3万人以上いるんです。すぐに、特効薬や治療法が開発されますって」 

「そうかな?」

「そうですよ」


 後輩の笑顔に釣られて、僕も笑顔になる。

 ちょっと元気が戻ってきたら、後輩にイジワルしたくなった。

 僕は後輩に飛びかかって、体をこすり付ける。


「お前も、猫耳と猫しっぽ生えろ! 僕と同じ苦しみを、味わえっ!」

「あはははははっ! それは、お断りしますっ!」

「なんでだよっ? 僕とお前は、運命共同体だろ?」

「それとこれとは、話が別ですっ!」


 いくつになっても、子供みたいに笑い合えるのは幼馴染のコイツしかいない。

初心しょしん忘れるべからず」って、言葉があるだろ?

 あれは「初心者のみっともなさ」を思い出して、「あの頃のみじめな状態には戻りたくない」という気持ちでさらに精進しょうじんしなさいと、いているんだよ。


 僕らは、今も昔も何も変わらない。

 苦しみも喜びも、分かち合ってきた竹馬ちくばの友だから。

 何も変わらないから、初心を忘れることなんてないんだね。

 この先もみっともなく、みじめなあやまちを繰り返す。

 こんな僕には、お前が必要なんだ。

 猫になろうが犬になろうが、ずっと僕の隣にいてくれよ。

 

 🐈


「先輩のせいで、俺も感染しちゃったんですけどっ!」

「あはははっ、ざまぁみろ! イモゴリラが、ネコゴリラになったなっ!」

「どんな悪魔合体した合成獣キメラですかっ? それっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫耳と猫しっぽが生える奇病が蔓延しているらしい 橋元 宏平 @Kouhei-K

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画