グール宅急便
@rawa
グール宅急便
ぴんぽん。ぴんぽん。ぴんぽん。
チャイムを三回鳴らすのは、この世界のマナーです。
いつもどおり誰も出ることはありませんが、わたしはいつもこれをしないと落ち着きません。
「お荷物をおいておきますね。滅菌証明と鮮度メーターはボックスのサブポケットにいれておきます」
音声メモに用事を吹き込んで、無機質なドアに背を向けます。
今日の配達はこれでおわりです。
ホームに戻って、ミリアにメンテナンスをしてもらわないと。
最近暑いですから、腐敗が進んだら大変大変。
パーツだって安くはありません。
先月わたしは死にました。
辛いことがあったとかではなく、最近のトレンドにのって安楽死とグール化をしてみただけです。
部品のクローンと人体接合技術が進んだお陰で、みんな化粧や整形感覚で命を出し入れしています。
頭の固い旧世代の人たちには理解できないようですが、いつまでも若く美しくいたいというのは誰しも願うことでしょう。
グールへの偏見が残る一方で、異常気象で外に出られない人たちや最近独立運動を始めたロボットたちの代わりに、疲れを知らず融通がきくわたし達が配達業を行うようになりました。
配達用高速レーンは本来ロボットたちのために作られたものだというのに、ひどい話です。
この仕事に憧れがあったというのも、グール化のひとつのきっかけです。
配達か戦争か、あとは保護装備をちゃんと取り揃えられた裕福な一握りのお貴族様しか外の景色は楽しめません。
写真でしか見たことのない世界を楽しむために、わたしにはメイドかグールしか選択肢がありませんでした。
配達用高速レーンに乗り、緑色の空をかき分けて帰還します。
この瞬間の風が、生きてるって感じがします。
これがなかったときのわたしにはもう戻れませんね。
わたし達が運ぶ荷物の名前は暗号化されており、その中身はミリアや本社の偉い人しか知りません。
宛先も、スポットこそわかりますが宛名はいつも同じです。
ただ、それを配る存在は絶対に必要なのだそうです。
※※※
ホームにはさくさくと着きました。
もう少し風を感じていても良いのに。
「ティナ、お帰り」
ミリアはにこにこと私を出迎え、ギュッと抱き締めます。これは挨拶でもありますが、鮮度のチェックでもあります。
ミリアはグールではありませんが、もう何年生きているか誰も知りません。
ずっときれいで、肌もすべすべであたたかいので、みんなミリアに抱き締められるのが大好きです。
わたしたちなんかより、ずっと人間をやめています。
「今日もありがとうね。鮮度も問題ないけど、メンテついでにとりかえたいところとか有る?」
「給料を早速使いたくないから、やめとく。新作を試したいからといって、そうはいかないよ」
「あら残念」
明るいほっぺと赤い唇は、いつも楽しそうです。
「ミリアはなんで、まだ生きてるの?グールになる必要もないのかもしれないけど、おなかがすくことも眠くなることもないし良いことずくめなのに」
「んー。できなくなることもあるからかな」
「たとえば?」
「美味しいものを食べられない」
「テスターで味は感じられるよ」
「夢を見られない」
「配達用レーンにいる間、考え事はできる」
「うーん、そうだな…あとは」
ミリアの次の言葉は、わたしには良くわかりませんでした。
「生きていないと、今を配ることしかできなくなる。未来をつくることが、できなくなる」
※※※
グールは、これ以上死ぬことはないと勘違いされがちです。
けれど、お手入れをちゃんと行わないと、文字通り地獄に突き落とされることになります。
全てのパーツが機能不全に陥ったら、人間で言うところの死とほとんど変わりません。
十字架も聖水もわたしたちには効きませんが…時間による風化だけは、効くのです。ロボットとはそこが違いますね。
奴らはとうとう自家発電技術とマテリアル生成マニュアルを身に付けましたから、エネルギーも部品も尽きることはないです。
ミリアがいなくなったら、わたしたちはちゃんと自給自足で生きていくことができるでしょうか。
レーンの上でふと不安になってから、わたしはたまにミリアの助手をしています。
配達以外の仕事を楽しむグールは珍しいみたいで、可愛がってくれます。
どんどん熱くなりますから…ええ、《暑く》ではなく、《熱く》ってレベルなんです…わたしたちはともかく、ミリアが耐えられなくなることは想像しなくてはなりません。
実際にグールになるまではそんなことを考えなかったのですけれど、生き生きと働いていたらいろんなことが気になるようになりました。
「ミリア。わたしはグールだけど、未来をつくることができるよ。人間には負けないんだから」
そうやって、すこし青くなり始めた指先でピースをしました。
ぎゅっとされました。
ミリアはわたしのおかあさんで、おねえさんです。
本当のおかあさんもおねえさんも、わたしはあんまり知らないんですけどね。
みんな、とっくに死んでいるのかもしれません。
わたしはもし、グール化前に摘出保存した自分の遺伝子を使った子どもをみてもきっと気づかれないでしょう。
だって物心付く前にいなくなったわたしの家族も、グール化する前にわたしを見つけ出せはしませんでしたから。
「ティナは、やさしいね」
「お仕事もミリアも、大好きだから」
「ありがとう。…ね、ティナ。あなたたちが誰に何を運んでいるか、わかってる?」
「え?機密事項だもん、そんなの知るわけないよ」
「でも、宛名と品名はわかるでしょ」
ああ、それならわかります。
《-#4/5<·'…♡+》へ、
《=♡=…+1:4€》を運んでいるのです。
いつも見慣れないモバイルデバイスで、暗号化されて送られますけれど…きっと、それを運ぶわたしたちはこの世界の希望なのです。
「うん。それがティナたちの大切なお仕事で…私がいつか死ぬための、罪。生きていられる数には、限りがあるから」
なんだか良くわかりませんけれど、ミリアの悲しそうな顔は嫌いです。頭を撫でてあげました。
こういうときに思います。
温もりのパーツがあったら良いのにな、って。
※※※
未来をつくることができなくなる。
それはいったい、なんのことなのでしょうか。
幼稚園がなくなったり、男の人がいなくなったり、グール化が流行っているのと何か関係があるのかな。
ある日わたしは、ミリアに特別な配達物を渡されました。
普段の《=♡=…+1:4€》ではなく、
《6「·…9$6'$-'》を送るように。
「ミリア、防護装備をちょうだい?配達用レーンが整備されていても、長旅は熱くて危険だよ」
「ううん。配達用レーンがないの。もう、乗ってるって言うのかな…。私がもしたどり着けなかったら、お願いね」
「配達用レーンがないって、ロボットの自治区とか?そんな危険なところ、無理だよ」
ロボットはどんどん傲慢になって、今や人間と交渉やバトルをするようになっています。
積極的に襲うことはしないですが、このまま生きていると殺されてしまうだなんて怯えて、最近は頭が固い反対派もどんどんグール化を検討しています。
死にたくないから死ぬなんて、なんだか変な話ですね。
「ううん、どこかに向かう必要はないの。他のお仕事をしながら、これを持っていてくれれば良い。……太陽が近付く灼熱の世界でも動けるのは、ロボットの強みだよね。でも私が、あなたたちを腐らせはしないから安心してね」
また、ミリアにぎゅっとされました。
ずるい。これをされると、逆らえません。
それにしてもタイヨウって、なんのことなのでしょうか。
世界がこんなに熱くなるのは、《4/}:》とかいう名前の悪魔の仕業だって古い本にはかいてありました。
あのときは読めませんでしたけど、それがタイヨウというものなのかもしれません。
渡された荷物には、普段と違う宛先がありました。
《2#37》というそれは、「カミサマ」と読むとミリアはいいます。
彼が住むお届け先は、宇宙船地球号というようです。
「ねえミリア、あんまりしゃべると危ないんじゃないの?偉い人に怒られちゃうよ」
「いいの。この荷物とティナは、特別だから」
特別。悪い気はしません。
わたしは、ミリアの話の続きを聞きました。
ずっと昔、ミリアがまだ幼稚園児だった頃。
ミリアたちは、カミサマと大切な約束をしたそうです。
いつか、どうしようもなく寂しくなったとき。
会いに行って、未来を渡しに行くと。
私たちの住む円い舟はいま、その約束を果たすためにカミサマのもとへ向かっている途中で。わたし達が運んでいるものは、ただしくこの舟を動かすために必要なのだそうです。
カミサマに会いに行く約束を果たすために、ミリアは死なない方法を考えました。
自分がほんとうは生まれ変わるはずだったはずの命を先取りして、ずーっと燃やし続けているそうです。
グールになる方が明らかに効率の良い手術でしたが、みんなミリアに抱き締められたときの柔らかさを知っているのでそれで良かったのだと思います。
「約束を果たしたいの。もし、私がたどり着けなくても。グールの代表は、ティナにお願いするね」
「なんで、わたしなの?」
「かわいいから。どんなに悩んだって、最後の決め手はそんなものだよ。それに、あなただけじゃない。ロボットたちにも《=♡=…+1:4€》に紛れ込ませて《6「·…9$6'$-'》を届けてもらった。ちゃんと受け取ってくれたかな」
わたしは人間の頃、生きたくありませんでした。
ミリアはきっとその逆で、死にたくないと願っています。
もしかしたら、どちらも考えないロボットが一番強いのかも。
誰かがお届け先にたどり着けば、ミリアはそれでよいのかもしれません。
でもわたしにもプライドがありますから、頼まれた配達はちゃんと自分で成し遂げたい。
「ミリア。あなたは死なないよ」
「ティナが言うの、ずるい」
ずるいのは、いつもミリアです。わたしではありません。
たぶん、この話をするということは。グールでない彼女の奇跡が、限界に近付いているということです。
でも、ミリアが生きて産み出したなにかは、何があってもちゃんとわたしが届けます。
けど。そんなことを言ったって。
約束が果たされるその瞬間に、ミリアはちゃんと立ち会うべきだと思うのです。
だいたい、そうでなければ不条理です。
こんな熱いところまで良くわからない荷物を運ばせるなんて、カスタマーハラスメントもいいところです。
しかも、約束は配達のお仕事とは違うのですから、お客さんみたいに引き込もって待つのではなく、カミサマが迎えに来るべきなんです。
だってミリアはいま、こんなにさびしくなっているのですから。
血の通わないわたしでも、わかるくらいに。
※※※
ぴんぽん。ぴんぽん。ぴんぽん。
今日もチャイムをならします。
いつもどおり誰も出ることはありませんが、最近は嬉しいことがありました。
受け取りボックスのサブポケットに、
《/;※1☆2…·:.#☆1*8…_¥{♡+\》というメッセージが入っていました。
この暗号の読み方と、誰が使っている言葉なのかは、ミリアに教えてもらいましたから簡単に解読可能です。
《イツモアリガトウ、ミリアチャンニヨロシク》。
ちゃんとお伝えいたしますよ。
愛されたり嫌われたり、あなたたちもうちのおかあさんにふりまわされて大変ですね。
でも、競争は負けませんからね。
きょうも熱さが肌を溶かします。
でもまだ、自分でメンテナンスしないといけない日は来ていません。
さて、風を受けて帰りましょうか。
緑色の空が青くなる日を、配達レーンに乗りながらわたしは心待ちにしています。
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《おまけ: 配達士端末:符号入力キー 》
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[タ]4*;&· [ナ]5¥W€$ [ハ] 6<^>=
[マ]7#♪〒※ [ヤ]8 [{]} [ラ]9☆○◇♡
[゛]…「□」 [ワ]0(_) ,?! [、].,?!
※ 暗号化文字列の復号には上記配列を参照。
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