アダルさんは、いつも叫んだりうめきながら空を見あげている。
シュランさんたちと顔を合わせられないからって、夜の明かりのないところじゃないと会えない。
そんなところ、あぶないって?
だいじょうぶ。
アイドルは、どんなところにも生き生き光を照らすんだから。
……てへ。ちょっと、かっこつけちゃった。
ほんとうは、守ってくれるからなんだよね。
「帰れ、フィル」
「やだ。お話、しよう」
ホノカさんの仲間だったという彼は、ずっと空っぽみたいな顔をしてる。
練習帰りにうめいて転がっているアダルさんを見つけて、「だいじょうぶ?」って撫でてあげてから、たまに話すようになった。
「リャンとかいうやつのことは俺は知らねえ。姐さんの話なら、ボーちゃんとウェスに聞けばいいだろ。俺の近くにいると、またヒトミに嫌われるぞ」
強情なアダルさんに、ライターの火を灯してあげた。
「なんだよ」
「ホノカさんたちって、みんな火が好きなんだよね。リャンさんも、ものを燃やすときにすごく優しい顔してた」
アダルさんは、火を見てやさしく笑った。
リャンさんほどかっこよくなかったけど、彼のことをふと思い出した。
「なあ、フィル。燃えないゴミって、あると思うか」
「あるよ? 燃えるごみ、燃えないごみ、資源ごみ。私、ゴミには詳しいもんね」
「いーや。本当は、そんなものは無えんだよ。ただ、燃やしにくいものや、燃やすと有害なものがあるだけだ。すべてのものは、平等に燃える」
私からライターを取り上げ、ぱちん、と指を鳴らす。
そこに有ったかもわからない小さな缶が、ぱちぱちと燃え始めた。
「俺の武装じゃなく、心を壊したあの女の采配は的確だったな。この技術は、姐さんだけの専売特許じゃねえ。それでも殺さずに野放しなんて、本当に甘いっつーか見下してやがる。ふざけやがって」
アダルさんは、バカにされるのが大嫌いなんだって。私も嫌いだから、わかる。
それでも、言葉の荒さに似合わないくらい、その声と顔は弱々しい。
彼をやっつけたサリスさんは、「死なせたら罰にならない」と言っていたらしい。
それは、罪を自覚させる以上に。アダルさんにあの戦いで、ホノカさんのために燃え尽きて満足することを許さないということだったのかもしれない。
「フィルは、お姫様になりたいんだってな」
「うん。カミちゃんとボーちゃんのために、アイドルになる。お姫様とはちょっと違うかもしれないけど、似たようなものかなって」
「お姫様なんて、目指すようなもんじゃねーぞ」
ほんの少しだけ、力のこもった目になった。
「なんで? たしかに、王子さまはまだいないけど」
「姫なんてのは、ただの立場だ。ただ運よく、その国の偉い男に選ばれた女。あるいは、偉い奴の子供として生まれた女」
「う……でも、選ばれるのだって、頑張って」
「ああ、頑張ってるかもな。媚びと蹴落とし合いを」
「……」
「つまんねぇ話だけどさ。聞いてくれるか?」
✱✱✱
俺の妹は、村一番の美人だった。
領主の息子と結婚しても、全く引けを取らない。
一方で俺はこれさ。この、そばかす面。
……この顔さ、これでも結構いろいろ直してんだよ。今ならまだ普通かそこらで通るかも知んねぇな。
だけどあの星は、美貌を大切にする村だった。しかも、加工なんてもってのほか。あるがままに美しいことが至高、ってな。
妹は、それでも俺に懐いてくれたけど。
わかってたよ。住む世界が、そのうち違くなるだろうって。
トントン拍子に、妹に縁談の話が来た。
良くも悪くもない家だったから、割と玉の輿っていうのかな。
でも、条件があったんだ。
妹の嫁入りと一緒に、俺も城で飼われてみないか、と。
城内で、俺は妹の引き立て役だった。
珍獣と美女、なんて愉快な組み合わせ。
しまいには、妹は貴族の血を引いていて野人の俺に育てられたなんて、クソみたいな『美談』まで噂された。
まー、そんなわけで。面白くなかったんだろうなあ。
王子サマは、妹の心から俺を消し去ろうとした。
夫婦なんだから好きにすりゃいいが、今まで見られなかった豪華な景色やうまい食べ物をたくさん用意した。
お高く止まった人たちの、素敵な価値観を毎日刷り込まれた。
物語なら、そんなことではなびかない、なんて感じなんだろうけどさ。
これは現実で、妹は素直な普通の人間だった。
久々に会った妹は、俺を見て顔をしかめていた。
いつか世界が離れるなら、なんで近くに住ませるんだって思ったね。
そう、なんで俺が飼われたか。
領主の娘……いわゆるお姫様だよ……は、ずいぶん変わり者でな。
珍獣を集めて、愛でるのが好きだった。
俺は、たまたま好みだったってわけ。
なら良かったじゃないか、って?
フィルは女の子だから、ピンと来ないかもしれないな。
クソガキが虫を「かわいがる」とき、どう扱うか知ってるか?
羽をむしって。手足をもいで。水に沈めて。戦わせて。
しまいには、一番長くステキな愛し方は殺虫剤を注射して、磔の標本にすることだ。
大切にかわいがる。
そんなものは、かわいがる側のエゴなんだよ。
「あなた、パンを食べるのね」
それが、お姫様の第一声だ。
人間と言えば、きれいなものしか見てこなかったからだろうな。
全く悪気はなかったんだろうぜ。
それこそ虫を食わされたり、ペットをけしかけられたり、針の上を平均台で歩かされたり、火の輪をくぐらされたり。
昔の言葉で言うと、あれ、サーカス? そんなふうなことを、させられていた。
しまいには。
「あなた、お兄様やお父様と同じものがついているのよね。私、そのぶら下がっている中身に興味があるの。どんな色をしているのかしら」
……きたねえ話で恐縮だがよ。
俺のタマは、ひとつしかねぇ。
ふたつ目もそのうち取られるんだろう。
もう、妹も俺の手を握っては来ない。
そんな時だったよ。
姐さんが、歌い手としてやってきたのは。
姐さんの歌は、不思議だった。
偉い奴も、偉くない俺も、聴いたあとに泣いていた。
初めて、妹以外の綺麗なものが、俺の身体に入ってきた。
だけど、偉い奴はなぜだか。
その歌を聴いてから、ひどく落ち込むようになった。
お姫様は、俺にごめんなさいと言って、それから笑わなくなった。
自分から猛獣の檻に飛び込んで食い散らかされたのを、俺はぼんやり見ていた。
それからすぐに、火事になった。
不思議と、火を消そうとする奴は少なかった。
妹は、旦那と抱き合ってそのまま燃えていった、と。
姐さんは、何も見ていない目で教えてくれた。
✱✱✱
火が消えた。
アダルさんはきっと、あの優しい顔をしているのだろうと思った。
「……そんで、それからは取引。姐さんは、偉いやつの心を壊す。俺は、見下してくるやつらの体を痛めつける。世の中、歌なんて聞きたがらない不感症もいるけどよ。そんなやつでも、自分が物理的に犯されたら悲鳴をあげるもんさ」
「痛いね。とっても」
「ああ、痛かっただろうな。さんざん、あのサリスって女に見つめさせられたから、嫌ってほどわかってる」
「ううん。アダルさんが」
「……んなこと、言えねえよ」
「痛いなら、痛いって言わなくちゃ。泣きたいなら、つらいよって泣かなくちゃ。寂しいって思うことは、なんにも悪いことじゃないでしょ」
私は、まだまだ子どもだけど。
私より小さい弟や妹がもし、私に辛いことを隠して笑ったら──
それは、とってもさみしくて、間違ってると思うだろう。
私は泣いていた。
アダルさんの代わりに、泣いているんだと思った。
「ね。アダルさんにとって、ホノカさんってどんな人だった?」
「……俺はさっき言った通り、タマがひとつしかねぇ。そんな奴に犯されたら屈辱だろうと、何度もいろんな女を傷つけた。だけど、興奮しねえんだ。俺の体は、もう壊れてる。それでも」
火が灯る。
アダルさんは、空を見つめていた。
「俺の体が興奮するなら、初めてはあの人がいいと思ってた」
私には、男の人の体の仕組みはわからない。
だけど、興奮しないからって。
それが、恋じゃないなんてことはないと思う。
ううん。やめとこう。
そんなこと言っても、きっとまた泣かせてしまうだけだ。
私は、「白い風」を口ずさんだ。
ホノカさんの歌で、初めて覚えた歌。
白い灰が細かく融け、この空を流れていく。
見えないほど砕け散ったそれは、どこに向かうのだろう。
明日がもし、昨日より美しくあるべきなら。
白い風が、その明日を薙いでゆこう。
「この歌、好きなんだよね。みんな、全部燃やしちゃえってふうにとらえてるけど。ホノカさんは、燃えた灰が白い風になってちゃんと生きてるって信じてたんだと、私はそんなふうに思ってるよ」
「……お前は、姐さんや俺が怖くないのか」
「怖くないわけないけどさ。そんなこと言ったら、シュランさんも、ヒトミさんも、お仕事の人もみんな怖い。だって、みんないつも一生懸命なんだもん。怖いのなんて、当たり前じゃん」
「そっか。フィルは、やっぱりアイドルになりたいのか?」
「うん。だって、頑張ってる私にご褒美がなきゃ、私がかわいそうじゃない」
「姐さんの後継者とは、とても思えねーな」
「そんなの知らないもん。でもね、アダルさんの話を聞いて少し思ったことはあるよ」
やっぱり、お話は楽しい。
私の知らないことを、教えてくれる。
「この宇宙に、少しでも笑顔と友達を増やしたい。私は、そんな歌を歌うんだ」
✱✱✱
「……やっぱり、私のタイムジャンプは失敗だったみたいね」
妙に肌が白い小娘が、俺を見つめる。
手を握っているのは、姐さんが愛し続けたボーちゃんのガキだ。
「こんなくたびれた男に、私の星は燃やせない」
「けっ。なんとでも言えや。今の俺は、死に損なって久しいからな」
いいねぇ。ボーちゃんは、子どもが作れたのかよ。
俺の頭を蹴っ飛ばしたあの女に、ちゃんと興奮できたのかよ。
姐さんが燃えてから、もう十数年が経っていた。
ガキという存在は、嫌でも時の流れを感じさせる。
「アダルさん。ずっとフィルさんのマネージャーをしてくれて、守ってくれて、ありがとう。おかげで、ぼくたちは可愛いフィルさんのステージを楽しく見られてる」
ボーちゃんとあの女の息子なだけある、毛並みのいい坊っちゃん。
てめえらは、自分が主人公だと思って、俺を見下してやがる。
「マネージャーなんて、きれいなもんじゃねえよ。だいたい、俺は、お前らみてーな恵まれたガキが会うような存在じゃねぇ。何しに来た」
「ぼくは、英雄になるんだってさ。具体的なことは、良くわかんないけど」
「はん。英雄なんて、いいものじゃねーぞ」
少なくとも、俺にとっての英雄は。
ずっと、生きるのがつらそうだった。
「うん。ぼくも、そんなのになるなんて思えないや。だから、父さんや母さんにできなかったことから始めようと思う」
「……」
「ごめんなさいを、言ってみない? この子は、ホノカさんやあなたに故郷を燃やされたんだ」
白い女。ああ、思い出した。とむらいの星とかいう、辛気臭いところだったな。
「……姐さんは関係ない。あそこは、俺の独断で燃やした」
「なんで」
「死んだやつの魂を思う。そんなことを、生きているやつらがするなんて傲慢だろ。そんなんで、救われた気持ちになるんじゃねえ。そんな、俺の癇癪だ」
そう。俺だけだ。
姐さんなら、きっとあの星を燃やさなかった。
痛みとともにあろうとする。
あの人の歌は、そこにつながっていたから。
「……あんた、名前は」
「アガタ。阿形 祈里(あがた いのり)。父さんと仲間がつけてくれた、大切な名前」
「そうか。アガタ」
俺は、宇宙で一番傲慢なことをした。
「すまなかった。許さないでくれ。恨んでくれ。殺してくれても、構わない。いや、それが当然だ」
誰かに頭を下げるなど、かつて飼われていたとき以来のことだった。
「今更よ。何をしても、燃えた命は戻らない。どれだけ懸命に生きて償っていたとしても、そんなことは許す理由にならない」
そうだ。その通りだ。
俺は今、楽になろうとしているだけだ。
「だから、あんたのいうことなんて聞かないわ。憎しみに任せて殺した相手なんて、どうやって弔えばいいかわからないもの」
白い肌の女は、俺を睨みつけた。
きっと、その言葉は本心ではない。
だって、隣の坊っちゃんの手を食い込むくらいに握っている。
それでも、女は見下さずに、まっすぐ俺を見据えてくれた。
「アダルさん」
坊っちゃんは、気の抜けた顔で言った。
「ホノカさんの歌、教えてよ。フィルさんが歌うのを禁止されてる、もう消えてしまいそうな歌を」
俺は、「白い風」と「誕生火」を口ずさんだ。
「誕生火」のフレーズは、姐さんがボーちゃんの船に仕込んでいたものだ。
かわいそうな奴だなんて、思わないで。
命なんて、ただ与えられたもの。
好きに生きて燃えたなら、それを祝ってあげるべき。
なにも悔いることなんて、ないもの。
そんなの、ウソだよ。
ウソだって、わかるでしょ。
でも、それでも祝ってほしいんだ。
私は、生きてしまったんだから。
「……ありがとう。ねえ、ぼくなんかじゃ代わりにならないかもしれないけどさ。世界の代わりに、言わせてほしい」
坊っちゃんは、目を赤くして呟いた。
「ごめんなさい。そんなに苦しい思いをさせて、ごめんなさい。独りぼっちにさせて、ごめんなさい」
なんだよ。
なんなんだよ。
何も知らねえガキが、見下しやがって。分かったふうなこと、言いやがって。
「違うんだ」
「……」
「俺は、一人じゃなかったんだ」