眠らない階段

水到渠成

第1話 眠らない階段

 階段は夜通し上り続けていた。

 踏みしめるたび、段がひとつ消え、代わりに知らない記憶が足元に現れる。

 今夜は小学校の体育館だったり、砂漠の端の古い井戸だったり、あるいは見覚えのない海辺の午後だったりした。


 階段の途中で、帽子をかぶった魚が座っている。

 魚は新聞を広げ、「本日の潮位は、午後三時の月面着陸に影響します」と私に告げる。

 その言葉が事実かどうか確かめようにも、ここから海も月も見えない。


 さらに上ると、壁に窓が埋め込まれている。

 窓の向こうでは、私が眠っていた。

 布団の中の私は、夢の中でまた階段を上っており、その階段の途中で、帽子をかぶった魚と出会っていた。


「おや、また会いましたね」

 魚が言う。

 声は私の声だった。

 私は返事をしない。

 返事をすれば、階段が終わってしまう気がしたからだ。


 段はまだ続く。

 どこまで上っても、頂上は見えない。

 やがて段の材質が木から紙になり、紙から水に変わる。

 足首まで浸かる水の中に、見知らぬ本が浮いている。

 ページを開けば、そこに印刷されているのは私の足音だった。


 そしてふと気づく。

 この階段は上っていない。

 私が下っているのだ。

 ずっと下へ──けれど、その下は、上と同じ形をしている。《《》》

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眠らない階段 水到渠成 @Suito_kyosei

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