第2話

 ああ、この光景には見覚えがある。デジャヴというやつか。いや、既視感ではなく既視なので少し違うか。

 先程と同様に視線の先には木漏れ日のプラネタリウムがある。二回目の光景なので特に慌てることもない。むしろ気を失ったことで脳がクリアになった気すらする。

 意識を失ったのではなくて、死んでスタート地点からやり直しってことはないよな。少なからぬ不安を覚えつつも上体を起こす。恐る恐る周囲の状況を確認すると、この不安は杞憂だったとわかる。

 5、6メートルほど離れた木に茶色い塊がくっついている。服装とサイズ感から察するに、先ほどのエルフだろう。膝を抱え、木にもたれている。ただ、マントのフードを目深にかぶっているので、同一人物かは確定できない。


「……なり殴ってしまってごめんなさい」


 静寂な森でなければ消え入りそうな声量で彼女が言った。想像していたよりはずっと大人びた声をしていた。というか俺は殴られたんだな。拳は見えなかったし、何をされたのか全くわからなかった。顔に手を滑らせ確認してみるが腫れや痛みはない。的確に顎を撃ち抜かれたのだろうか。


「目を覚ましたら知らない男が目の前にいたから、つい手が出てしまったの」


 俺に話しているはずなのに、顔の向きは地面に語り掛けているかのようだ。フードのせいで表情もまったく窺えない。だが意識を取り戻すまでそばで待っていてくれたことから察するに、彼女が極悪非道ということはなさそうで安心する。


「いや、こちらこそごめん。少し特殊な状況に置かれて配慮に欠けていたと思う。それに、初めて実際にエルフを目の当たりにして――

「わたしはエルフじゃないわ」


 静かに、でも即座に言葉を遮られる。


「そうなんだ」


 彼女は驚いたように一瞬こちらを向きかけて、また元の体制に戻る。それにしても、彼女はエルフじゃなかったのか。種族を間違えるなんて失礼なことをしてしまったなと思いつつ、少し頭にもやがかかるような違和感を覚える。しかし、今はなによりも情報を集めたいので、覚えた違和感は一旦忘れる。

 そんなことを思案していると、彼女はゆっくりと立ち上がり、マントの土を払う。話すことはもうないと言わんばかりにこちらに背をむけ、歩き出す。


「ちょっと待って!」


 彼女は振り返りはしないが歩みを止めてくれる。


「信じられないかもしれないけど、実は俺、別の世界から転生したみたいなんだ。ここではないところで一回死んで、目を覚ましたらここにいたんだ。だから今はとにかく情報が欲しくて、できれば少し話を聞かせてくれないか」


 異世界転生なんて普通は信じてくれないよな。俺だっていきなりそんなこと言われたら信じないし、ちょっとひく。

 彼女の動きは止まったままだ。何を考えているのかはわからないが、話を少しは聞く気になってくれたと思うことにして続けて話す。


「俺の名前は直江直太郎なおえなおたろう。年齢はたぶん26歳、この世界には生まれたて。性別は男。元いた世界では人間に該当するが、この世界ではわからない。君に危害を加えるつもりは毛頭ない」


 言葉が通じる相手に出会えたチャンスを逃さないように必死で自分の情報を羅列した。最初から感じていたが、彼女は俺に対する警戒心が非常に強い。一定の距離を置いて、何をされそうになっても対処できる間隔を保っているのだろう。なのでこちらの情報を開示することにより、話を聞いてもらえるまで信用度を高めたかった。

 彼女は相も変わらずその場に根差している。


「君の名前を教えてもらってもいいかな」

「……たぬき」

「たぬき……いい名前だね」


 内心とは程遠い笑顔を作って貼り付ける。褒めたことに対してか、彼女は一瞬身体がガタつく。

 えっ……たぬき? 俺が知っているたぬきといえば目元が黒くて愛らしいフォルムの毛玉だ。でもこの世界に同じ毛玉が同じ名前で存在しているかはわからないし、名前として一般的な可能性もある。状況に順応せねば。


「それでさ、たぬき。この世界について教えてほしいんだけど。たとえば地形とか、国とか、どんな生物、種族がいるのかとか」

「……教えたくない」


 すっぱりと断られてしまった。名前を教えてもらえたから信用度が上がったと思ったけど、そうでもないようだ。


「じゃあさ、君はどこに住んでいるの? この近くかな? エルフではないって言ってたけど人間なのかな?」

「……わたしに関することも教えたくない」


 どうしよう。彼女の名前以外なにも収穫を得られない。でも身元もはっきりしない初対面の相手に個人情報を渡さないなんて普通か。俺がいた日本でだって知らない相手に個人情報を渡してはいけないなんて子供でも知っている。

 俺は信用を得るために自らの情報を開示したけど、彼女からしたら情報を開示することなんてリスクはあってもメリットは皆無だ。もしかしたらこの世界は、わずかな個人情報の流出でも破滅させられることがあるのかもしれない。如何せん、まだ俺はこの世界の文明レベルすらも把握できていないのだ。

 ここで再認識する。俺は転生したという状況に創作の世界観を重ねているのだと。目を覚ましたら美人のナビゲーター役がいるだとか、いかにもなやられ役がなぜか丁寧に状況を説明してくれるとか、なんかすぐに惚れられるとか。

 試しにもうひとつ聞いてみる。


「あのさ、俺になんか秘められた力とか、すごい膨大な魔力とか、そういった普通じゃないようなところってあるかな?」


 彼女はチラッとこちらを振り返る。


「見たことがない服を着ている」


 もはやそれは俺のアイデンティティではなく服のアイデンティティだった。服は着ているが、はだかいっかんで送り出されたようだ。そもそも、生きたまま転移したならボーナスがついてもおかしくはないが、死んで転生ならなら二つ目の命こそがチートみたいなものだ。


「わたしはもう行っていいかしら」


 俺に聞いてはいるが、返事は聞く気がない。もう歩き出している。

 もう一度引き止めようかと思い駆け出そうとした足を止める。彼女には彼女の事情があり、これだけ拒絶されたのだからこれ以上はよくない。むしろここまででも感謝すべきだ。

 その背中に向かって感謝の言葉を述べようとした瞬間、彼女の足が止まり、素早く身構える。


「なにか来るわ」

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2026年1月2日 07:00

金髪コミュ症は勇者になれるのか やまたぬ @yamatanu26

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