第8話「白の檻、黒の道、そして真の応答」

その命令は、あまりにも静かに下された。

「君は前線任務から外れる」

中央制御区画。柔らかな照明。柔らかな声。

「危険だから、ではない」

研究主任が言う。

「重要だからだ」

その言い方が、すべてを物語っていた。

移送先は、居住区ではなかった。

研究区画の地下。隔離観測室。

「……保護、ですよね」

「もちろんだ」

即答。

だが、レプリカの通信機能が遮断される。

外との連絡は、一切ない。

「データを取るだけだ」

「君に負担はかけない」

同じ言葉を、あの日も聞いた。

セツナが、笑っていた場所で。

独房のような部屋。

白い壁。

白い床。

だが、完全な無音ではない。

聞こえる。

低い、規則的な脈動。

レプリカが、それに反応している。

《同調率:上昇》

「……来てる」

誰にともなく、呟いた。

次の瞬間、照明が一度だけ揺れた。

《警告:外部共鳴波検出》

研究員の声が、通信越しに被さる。

「待て!今のは想定外だ!」

だが、もう遅い。

空間が、裂けた。

正確には、“ずれた”。

目の前に、黒い影が現れる。

クルウ。

「やはり、閉じ込めたか」

「……どうやって」

「共鳴を辿った」

短く言う。

「お前は、檻に入れられる段階に来た」

「選ばれた、という意味だ」

床が、ひび割れる。

研究区画の警報が、遅れて鳴り始める。

「来い」

クルウが、手を差し出す。

「今なら、まだ道を選べる」

一瞬、迷った。

白い都市。

秩序。

安全。

だが、その裏でセツナは、消えた。

俺は、クルウの手を取った。

落下。いや、移動。

世界が、上下を失う。

次に足が着いたのは、地上でも空中でもない。

人間の遺構。崩れた塔。半ば埋もれた都市。

「……ここは」

「人間の“最後の保管庫”だ」

クルウが言う。

「鷺も、完全には把握していない」

瓦礫の奥。封印された区画。

そこに––本物の遺物があった。

ブレスレット型。二つで一対。

触れてもいないのに、

レプリカが悲鳴のように震える。

《同調率:記録不能》

《制御不能》

《――》

表示が、消えた。

代わりに、声が響く。

「……やっと」

懐かしい。間違えようがない。

「セツナ……?」

光が、遺物から溢れる。

完全な姿ではない。

だが、確かに意識がある。

「兄さん、私、途中で止まってた」

「壊れてない」

「ただ、“向こう側”に引っかかってただけ」

膝が、崩れる。

「……生きてるのか」

「生きてる、とは違う」

セツナは、少し困ったように言う。

「でも、戻れる可能性はある」

クルウが、静かに口を挟む。

「この遺物は、完成していない」

「人間は、最後まで辿り着けなかった」

「だがお前たち兄妹なら、続きを作れる」

その瞬間、遺物とレプリカが完全共鳴した。

《共鳴成立》

《使用者:二名》

《制限解除:一部》

世界が、拡張される。

見える。感じる。繋がっている。

鷺の都市。カラスの陣営。人間の残響。

すべてが、一本の線で結ばれる。

俺は、理解した。

鷺は守っているつもりで、止まっている

カラスは壊しているようで、進もうとしてる

人間は、途中で消えた

そして――

俺とセツナは、その“未完”の中間にいる。

「戻るか?」

クルウが問う。

「それとも、敵になるか」

俺は、光る腕を見つめる。

セツナの気配を、確かに感じながら。

「……どっちでもない」

そう答えた。

「俺は、続きを選ぶ」

白でも、黒でもない。

人間の遺物が、本当に遺そうとした未来を。

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白翼の都市と、消えた刹那 黒猫愛好家 @kuronekosann

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