第7話「模造の始まりと、黒の問い」
中央制御区画の最深部は、白ではなかった。
光は抑えられ、壁は装飾を削ぎ落とされている。研究というより保管に近い空気。
「ここから先は、記録への接触が制限される」
監査官が言う。
「だが、君には知る権利がある」
その言葉に、嫌な予感しかしなかった。
表示されたのは、
擬似遺物開発計画の初期ログ。
今使われているものより、はるかに古い記録。
【擬似遺物・原型開発動機】
・目的:人間の遺物の完全再現ではない
・目的:遺物に“選ばれない存在”でも、
同調可能な器を作ること
「……選ばれる?」
思わず、声が漏れる。
「人間の遺物は、誰にでも応えない」
研究員が、淡々と説明する。
「一定の条件を満たした個体にしか、力を発揮しない。鷺にも、カラスにも、例外なくな」
画面が切り替わる。
事故記録。共鳴暴走。消失例。
「擬似遺物は、その“選別”を回避するためのものだ。安全に、均一に、力を使うための――」
言葉が、止まった。
画面の端に、見覚えのある日付。
あの日。
「……これは」
研究員が、目を伏せる。
「擬似遺物が“進化”したのは、
あの共鳴事故以降だ」
胸の奥が、冷たくなる。
「進化?」
「自己補正。使用者に合わせた調整」
「設計外の挙動だが……
再現性は、ある程度確認された」
「……それって」
言葉が、震える。
「セツナが、“鍵”になったってことですか」
否定は、なかった。
区画を出た時、
白い都市が、少しだけ違って見えた。
整っている。安全だ。進んでいる。
だがその裏に、
**踏み台にされた“例外”**がある。
レプリカが、腕で静かに脈打つ。
まるで、
「今さらか」と言うように。
その夜、外縁部の警戒に戻る。
霧。静寂。
「……来い」
自分でも驚くほど、自然に言葉が出た。
次の瞬間、空気が揺れる。
黒い影が、防壁の上に立っていた。
クルウ。
今回は、攻撃の構えがない。
「呼んだか」
低い声。
「……話がしたい」
一瞬の沈黙。
そして、クルウは笑った。
「鷺が、話をするとはな」
ゆっくりと、近づく。
だが、距離は保ったままだ。
「お前の腕のそれ」
レプリカを見る。
「やはり、“入っている”な」
「……何が」
「人間の設計思想だ」
即答だった。
「模造だが、魂の形をなぞっている」
「だから、ああいう動きをする」
俺は、息を呑む。
「セツナはどうなった」
その名を出した瞬間、クルウの目が細くなる。
「消えた」
断定。
「殺してはいない」
「だが、戻れるかどうかは、分からん」
「……!」
一歩、前に出そうになり、思いとどまる。
「共鳴は、死より厄介だ」
「壊れ、残り、別の位相へ行くこともある」
「人間は、それを“成功”と呼んだ」
世界が、音を失う。
「……じゃあ、俺は何だ」
クルウは、しばらく黙ってから言った。
「お前は続きだ」
「模造でも、兵でもない」
「人間の遺物が、
まだ終わっていないという証拠だ」
そう言って、背を向ける。
「次に会う時、敵かどうかはお前が決めろ」
黒い影は、霧に溶けた。
防壁の上で、一人残される。
レプリカは、異常なく稼働している。
だが、その“正常”が、もう信じられなかった。
セツナは、死んだのではない。
殺されたのでもない。
連れて行かれたわけでもない。
――途中なのだ。
そして俺は、その続きを背負わされた。
白い都市のために。
黒い空の向こうで待つ答えのために。
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