完全デバフ済みの前時代の元魔王(美少女)が転がり込んできたんだが、いろんな意味で弱すぎるのでマジでそろそろ帰ってほしい

佐松奈琴

第1話 いろいろ弱すぎる元魔王が俺の部屋に転がり込んできた

 俺は、川越かわごえ理太郎りたろう、26歳。大手菓子メーカー、スイートハーモニーの商品開発課所属の会社員だ。年収は額面で500万ちょっと。でも、激務で節約もできてないから貯金はほぼゼロ。帰宅はいつも終電ギリギリ。今日も残業を3時間して、帰った頃には時計は深夜1時15分。それでやっと鍵を開けて部屋に入った瞬間、俺は今まで経験したことのないような妙な違和感を感じたのだった。


「……なんか、空気重くね?」


 1Kの狭い部屋。


 ベッドの上に、人影。


 女の子が丸まって寝てる。


 深い紫のロングヘアに銀のハイライトがちらつく。白いワンピースみたいな服がボロボロで、華奢すぎる肩が部屋の明かりを反射して光っている。


 つーか、寝顔がやばい。金色の瞳が半開きでトロ~ンとしてて完全に安心してやがる。


 ……いやいや、顔は関係ねえ! 


「おい……お前、誰だ!」


 肩を軽く揺すると、彼女はもぞもぞ動いて、ゆっくりと顔を上げる。


「……ん……ここは……?」


 声が小さくて掠れてる。


 いや、それより、なにより、めちゃくちゃ可愛い。


 金色の瞳が俺を捉えた瞬間、ぱちぱち瞬きして、ぽつりと呟いた。


「私……前時代、1000年前の魔王……アリスティア……」


「は? 1000年前って一体何歳なんだよ?」


「今年で2000歳……」


「マジかよ。めちゃくちゃ人生の先輩じゃねぇか」


「でも、完全デバフ済みで……弱すぎて……もう消えたい……」


 その時、俺のスマホが震えた。


 魔物管理局からの通知。


【パートナー契約成立】


 契約対象:アリスティア(種族・不明、推定200歳)


 契約者:川越理太郎


 おめでとうございます! あなたが接触、捕獲に成功した契約対象は管理局が安全な魔物だと判定しましたのでご安心ください。人間に敵対する魔物から守ってもらってもらうかわりに養ってあげてください。


「おい待て、勝手に契約すんな! 捕獲したんじゃなくて勝手に……」


「ごめんなさい……あなたの私とよく似たマナに反応しちゃって……吸い寄せられるようにここに」


「マナ? そんなもん人間の俺から感知できるわけないだろ? てか、部屋に鍵掛かってたよな? どうやって入ったんだよ?」


「ごめんなさい。よく覚えてない。……気がついたらここで寝てた」


 アリスティアとかいう女の子はようやくベッドから起き上がると、うるうるした金色の瞳で俺のことを見つめてくる。寝てる時はよくわからなかったが、立ち上がると身長は140cmちょっとしかないように見える。


「捨てないで……私、一人だと……すぐ消えちゃうから……」


 超絶美少女の不安げな上目遣い。


 ……反則だろ、その顔。ため息をついてから俺は言う。


「ここに推定200歳って書いてあるけど?」


「たぶん……200歳以上は人間には測定できないんだと思う」


「種族も不明って書いてあるぞ」


「1000年前の元魔王だから……魔王とは認められてないんじゃないかな? ……ほんとに嘘じゃないの。でも、信じてくれないよね?」


 さらに俺の心臓を締め付けるような、切迫した上目遣いで見つめてくる。金色の瞳は潤んでいて、今にも涙が溢れてきそうだ。


「まあ、信じないこともないけど……しゃーねぇな。えっと……俺は、川越理太郎、理太郎って呼んでくれ。お前のことはアリスティアって呼んでもいいか?」


「うん……いいよ。……理太郎」


 即呼び! わかってやがる! くそ! かわいいな! 


「……とりあえず、飯食うか?」


 アリスティアの顔がぱっと輝いた。


「人間の食べ物……!」


 カップラーメンを作ってアリスティアに差し出すと、恐る恐る箸を持つ。


 でも、持てない。


 箸がプルプル震えて、麺が落ちる。


「うう……私、この道具使えない……」


 仕方ないので俺が箸で持ち上げて「あーん」してやる。


「……お、おいしい……!」


 頬を染めてモグモグ。


 くそ! やっぱ、かわいすぎて死ぬ。


 食事が終わると、彼女は急にモゾモゾし始めた。


「どうした?」


「……あの……かわやはどこ……?」


「え、かわや? トイレか?」


 連れて行くと、便座を見て固まる。


「これ……水の魔術……? 怖い」


「ただのトイレだよ。怖くねぇよ」


 俺が水を流して見せてやる。


 すると、


「ひゃっ!」って小さく叫んで、俺の背中にしがみついてきた。


 体温が低い。


 魔王ってこんなに冷たいのか。


 とにかく使い方を説明して中に押し込んで、俺はソファで寝ることにした。


 しばらくして無事戻ってきたアリスティアに、ベッド使っていいぞと言うと、布団に潜り込んですぐに寝息を立て始めた。

 

 よっぽと疲れてたんだな。そう思いながら、俺もソファですぐ寝ちまった。


 そして、翌朝。


 俺が起きた時、アリスティアはまだ爆睡中。


 紫髪が銀のハイライトを散らして、布団に絡まってる。


 かわいすぎてスマホで写真を撮りたくなったけど、ぐっと我慢した。


 会社に行く準備をしてると、もぞもぞ動き出した。


「……ん……理太郎、どこかいくの……?」


「おはよう、アリスティア。俺、今から会社だから」


「会社? 行かないで……寂しい……」


 寝ぼけまなこで俺のシャツの裾を掴む。金色の瞳がうるうる。


 ……くそ、ずっと見ていたいくらいだけど、ヤバい、遅刻する。


「冷蔵庫にロールパンがあるから腹減ったら食えよ。あと、勝手に出歩くなよ」


 そう言い残して、急いで部屋を出る。


 会社に着くと、今日も新商品チョコの試作品作り。その間も、あいつどうしてるかなってアリスティアのことをついつい考えちまう。


 帰宅は22時半。


 ドアを開けると、アリスティアが玄関前で膝を抱えて待ってた。


「おかえり……」


「アリスティア、こんなところでずっと待ってたのか?」


「うん。……遅いよ、理太郎」


「これでも早い方だよ」


「寂しかった……」


 アリスティアが立ち上がろうとして、ふらついて倒れそうになる。慌てて抱きとめた。軽い。華奢すぎる。


「ごめん……体力もデバフ済みだから……すぐ疲れちゃう……」


 それでもなんとか自力で歩いてソファに座ったアリスティアは、金色の瞳をキラキラさせて俺を見上げる。


「理太郎……甘いもの、ある?」


「……試作品ならあるぞ」


 通勤鞄から試作品のブドウチョコを出す。


 アリスティアがぱっと顔を輝かせて、両手で受け取る。


「わあ……!」


 一口かじった瞬間、瞳がトロ~ン。


「ん……おいしい……でも、もっと……魔界のお菓子特有の甘酸っぱさがあれば……」


 その時、アリスティアの指先に淡い光。


 魔術? と思ったら、チョコがプシュッと膨張して、ドバアアアアアア!!


 部屋中がチョコまみれ。


 俺のスーツ、顔、壁、天井、全部チョコスプラッシュ。替えのスーツ買っといてよかった!


「ごめんなさいいいいいい!!」


 アリスティアが泣きながら縮こまる。


 俺はため息をついて、ティッシュで彼女の頬を拭いてやる。


「暴発するなら先に言えよ……」


「ごめんなさい……私、役立たずで……捨てないで……」


 金色の瞳からぽろぽろ涙。


 ……くそっ! かわいいっ! 反則すぎる。


 仕方ないので、頭を軽く撫でてやる。


「安心しろ。こんなことで捨てねえから。とりあえず、寝る前に歯磨きしろよ」


「……歯、磨き?」


「ああ」


 洗面所に連れて行くと、歯ブラシを見て固まる。


「この……物騒な棒は……?」


「歯ブラシだよ」

 

 新品の歯ブラシに歯磨き粉をつけて渡してやる。


「こんな硬いものを口に……? それに、この白いスライムみたいなの、臭いがきつくて怖い……」


 ……マジかよ。仕方ねぇなぁ。


 歯ブラシを取り上げて彼女の後ろに立つ。


「口開けろ」


「え、え……?」


「あーん」


 彼女が恥ずかしそうに口を開ける。


 俺が歯ブラシを入れて、優しく磨いてやる。


 アリスティアの頬が真っ赤。金色の瞳が潤んでる。


「……ん……くすぐったい……」


「我慢しろ」

 

 磨き終わって、うがいさせようとしたら、


「水、怖い……」


 はっ? カップラーメンの汁とか美味しそうに飲んでたじゃねぇか……。


 結局、俺がコップに水入れて、彼女の顎を持って飲ませてやる。


「んぐ……けほっけほっ」


「ちゃんと口ゆすげよ」


 全部終わって、リビングに戻ると、彼女はソファに座って俺を見上げてた。


「理太郎……ありがとう……」


「……別に」


「私……こんなに大事にしてもらったの、初めてで……」


 金色の瞳がうるうる。


 ……やばい、心臓に悪いわ。


「もう寝ろ。俺も寝る」


「うん……おやすみ、理太郎……」


 アリスティアはベッドに潜り込む。


 俺はソファに横になる。

 

 同じ部屋で紫髪銀ハイライトに金色の瞳の美少女……の元魔王が寝てる。


 でも、なんかいろいろダメダメすぎて、歯まで磨いてやった。


 マジなんなん、この状況?


 翌朝、会社に行こうと玄関を出ると、スマホが震えた。


【魔物管理局緊急通知】

パートナー契約仮登録状態です。

本登録は今月中(10月31日まで)に最寄りの区役所「魔物パートナー課」で行ってください。

未登録の場合、罰金100万円+同じ魔物と契約することが不可能になります。


 ……マジかよ。


 31日まであと3日で、今日は金曜日だから今日しかなくねぇ?


 仕方ないので上司に、


「半休もらいます」


 と連絡して、アリスティアを起こす。


「アリスティア、起きろ。区役所行くぞ」


「……ん……もう朝……?」


 まだパジャマ姿で、髪ボサボサ。


 金色の瞳がトロ~ンとしてて、完全に寝ぼけてやがる。


 それを見て、また呑気にかわいいと思った後で、俺はやっと我に返った。


 ちょっと待て。貯金ゼロで魔物を養うとか普通に無理ゲーだろ?


 それに、かわいさに惑わされてたけど、こいつデバフ済みだから、俺を人間に敵対する魔物から守るどころか俺が守ってやんなきゃいけないんじゃねぇの?


 この契約どうにかしてなかったことにできないのかな?


 でも、そんなことを考えている間も、1000年前の元魔王は捨てられた子猫のような潤んだ円らな瞳で俺のことを見つめ続けていたのだった。



―――――――――――――――――――

第1話を最後まで読んでくださり、ありがとうございます!


本日、2025年12月30日(火曜日)から連載開始です!


毎朝8:02に投稿します!(年末年始の後は、毎朝7:02の予定)


ぜひ作品フォローして続きを読んでくださるとうれしいです!


また、今回のエピソードが面白かったと思ってくださいましたら、作品情報の目次の下にある、おすすめレビュー欄で☆☆☆評価をしていただけるとめちゃくちゃうれしいです!


作者の何よりのモチベーションになりますので、何卒よろしくお願いいたします

( 〃▽〃)

―――――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

完全デバフ済みの前時代の元魔王(美少女)が転がり込んできたんだが、いろんな意味で弱すぎるのでマジでそろそろ帰ってほしい 佐松奈琴 @samatumakoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画