プリキュアのラスボス法廷 ~ ゴーダッツ裁判より

与方藤士朗

第1話 円卓は確かに、対立から同意へ。

2025年12月27日13時 クッキングダム特別法廷にて


ヨヨ裁判長 只今より、検察官及び弁護人の席の間にある円卓に椅子を設けます。主任検事かぐや冬樹君と弁護団長米河清治君、当裁判所の用意する指定された席に移動着席を。それから、かぐやまどか判事、それから傍聴席にいらっしゃる一之瀬みのりさん、それぞれ、父親の席横の指定する席に移動し着席してください。そして被告フェンネルさん、あなたは、証人宣言台のすぐ前の椅子へ移動し着席してください。廷吏の者2名は、フェンネルさんの横へ。なお、証言台の向かいの席には、これから行われる円卓討論の司会進行者として、ルールー書記官の父親であるドクター・トラウムをお迎えします。司会進行は、ドクター・トラウムに行っていただきます。なお、この討論はいささか難解な部分を含みますので、そこについては、私ができるだけわかりやすく翻訳の上、皆さんにお伝えします。

それでは、トラウムさん、お願いいたします。


トラウム それでは円卓討論を始めます。

この度の討論の議題は、「革命の正体とその意義」について主任検事かぐや冬樹さんと弁護団長の米河清治さんに討論をしていただき、それをもとに被告フェンネルさんに感想をお聞きするというものです。これは本件審理における役職ではなく、あくまでも個人としての意見を交換するものです。

かぐやまどか判事と一之瀬みのりさんにそれぞれ御尊父の横におかけいただいたのは、この討論が未来への資産となるための証人としての役を果たしてほしいとの虹ヶ丘ヨヨ裁判長はじめ各判事の総意からです。

それではかぐやさんと米河さん、対談を始めてください。


米河: ではトラウムさん、私から。

トラウム:米河さん、どうぞ。

米河:かぐや君に尋ねる。このフェンネル君が描き実現しようとした『おにぎりだけの平等』というビジョンであるが、20世紀に我々の世界を席巻し多くの悲劇を生んだ社会主義、あるいは共産主義国家が目指した『究極の計画経済』と、恐ろしいほど似通っているとは思わないか。貴君の御卓見を伺いたい。

かぐや: ヨネ。否、米河君。今度ばかりは意見が一致したようだ。フェンネル君の思想は、分配の平等を最優先し、個人の意欲や多様な選択を『格差の温床』として切り捨てる独裁の構造そのものではないか。歴史が証明した通り、すべてのレシピ(富)を中央が管理しようとすれば、そこには必ず腐敗と、精神の飢餓が生まれる。被告がレシピッピを独占したのは、かつての東側の独裁者が資源を独占したのと同義だ。これはもはや、クッキングダムという枠を超えた、人類史的な『管理社会の暴走』と言えないだろうか?


トラウム 管理社会の暴走ですか。かぐやさん、ところでフェンネルさんがゴーダッツとして、いうなら「革命」を成就したとしましょう。フェンネルさんはおにぎりだけで満足されるでしょうか?


かぐや:トラウムさん、それはあり得ないね。米河君はどうか?

米河:かぐや君に全面同意する。その上でどうなるか少し具体的に言おう。

明言する。彼は美食を独占する。すでにレシピッピをすべて得ているのであるから、様々な美食を人の見えないところで貪るだろう。もっとも、人々に対してはいかにもおにぎりが素晴らしいとばかりのパフォーマンスを見せるだろうが。

かぐや:こいつの言う通りですよ、トラウムさん。これまさに、社会主義国の上層部の行為の典型ではないですか。自分は無論、その周囲の一部のエリートに対しては、その美食の恩恵にあずからせる。無論それは酒食の点だけでなく、様々な面に於ける恩恵を、馬にニンジンを与えるように与え、自分への忠誠を誓わせる。従わねば粛清をちらつかせつつ。そんなところが相場ですよ。


トラウム 計画経済と米河さんはおっしゃった。その状況をさらに具体的にお示しくださいますか。

米河(ヨネ): いいでしょう。被告の目指した先の理想は、一言で総括するなら『おにぎりだけの平等』。これは、かつてそして今も我々の世界を席巻した社会主義・共産主義国家が陥った『計画という名の呪縛』そのもの、否、それをはるかに上回るディストピアです。先にサマーン星よりお越しいただいた羽衣ララ証人の証言にあった「コスモグミ」であるが、あれはまだ、人体の栄養素を計算して個別に配合する点は評価に値する。地球でも、災害時の非常食として活用の余地もあろう。

かぐや:その点は私も同意します。米河君、おにぎりだけだと、それはかつての西洋の船乗りを襲った「脚気」、白米ばかり食べていた江戸の住民がかかったいわゆる「江戸煩い」にも通じるが、そのような疫病さえも誘発する。どうだい?

米河;どうもこうも、図星。そのかぐや君の懸念を、別方向から指摘したい。ドイツなどを中心にキャベツの酢漬け、いわゆるザワークラウトなどがその脚気を防いだ。たくあんにしてもそうだ。それらの保存野菜は、洋の東西を問わず、脚気を予防する上でいささかならず貢献していたと思われる。

ともあれ、多様なレシピ(個性)を格差の温床として禁止し、中央が全人民に対しすべてを配給する。その行き着く先は、食卓の平等にとどまらない。魂の画一化。つまり『物語の死』であるといってもまんざら過言でもなかろう。

冬樹(カグ): 米河君の意見に同意する。フェンネル被告が目指したのは分配の正義ではなく、『予測不可能な自由』への恐怖からの逃避ではないだろうか。歴史が証明した通り、完全な管理社会は必ず腐敗し、人々は飢えよりも先に『希望』という名の栄養を失う。その革命は、クッキングダムを巨大な監獄に変えようとした、時代錯誤の独裁に過ぎない。彼の最期が、ルーマニアのチャウシェスク夫妻のようになっても不思議はない。どうだヨネ、バルカンの帝王と呼ばれし男の末路は。


米河:チャウシェスクサンね。学生時代にあの話見たよ。ベルリンの壁のちょっと後に。それはいいとして、時代錯誤、ねえ。カグ、今もそういう国家ありゃせんか?

かぐや:あるね。例えばあの国とかあの国とかだろ。

米河:せやせや。あの国のお坊ちゃん、見てみ。

かぐや:大陸の方はさらに始末に負えないよな。

米河:まったくや。


ドクター・トラウム:1969年、人類が月に到達した年に生まれたお二人が、2025年の今、このクッキングダムで『ベルリンの壁の崩壊』や『チャウシェスクの最期』を引き合いに出すとは、実に興味深く想います。

フェンネルさん、聞こえたかな?

彼らは、あなたの『革命』を、未来への希望ではなくすでに我々の歴史が『失敗』と断じた過去の亡霊だと言い切られた。どうかな?


フェンネル:・・・。今は、黙秘させてください。

~拳を握りしめ、俯いたまま小刻みに震える


ドクター・トラウム:この討論にも黙秘権はあります。いいでしょう。

では、かぐやさん、米河さん。あなたたちが指摘する『大陸の国』や『お坊ちゃんの国』の現状を伺うに、特権階級だけが美食を享受し、民衆には『画一的な幸福(おにぎり)』を強要する、精神の牢獄。フェンネルさんが構築しようとした世界は、まさにその縮図というわけですね。

かぐや:トラウムさんの御指摘の通りです。ヨネは?

米河:中らずと雖も遠からず、ですな。


トラウム:ここで、一之瀬みのりさんにお聞きしたい。文学を愛し、物語の力を信じる若き証人として、この大人たちの言う『物語の死』という言葉はどう響く?


一之瀬みのり:(立ち上がろうとするが、立たなくてよいとヨヨさんとトラウム氏に制止されて、座ったままでマイクに向かい)

おにぎりは、美味しいです。でも、それは『今日はおにぎりにしよう』と自分で選べる自由があるからです。レシピッピを奪い、すべての選択肢を奪ったあとの世界には、読まれるべき『物語』も、明日を想像する『言葉』も残りません。それは生きているのではなく、ただ管理されているだけの、静かな、死です。

かぐやさんと父のかねて申しあげている通りだと思います。

(ここで傍聴席より拍手が起こる。独格判事が制止を求めるが、ヨヨ裁判長はそれを敢えて止めず、拍手が止むのを待つ)


かぐや冬樹(カグ):聞いたか、フェンネル君。『平等』の名の下に抹殺しようとしたのは、こうした子供たちが紡ぐはずの無数の未来だ。米河君、我々が学生時代に見たあの映像、独裁者が自国の民に裁かれる姿は、決して過去の話ではない。

今フェンネル君は、その入口に立っているのだ。

米河清治(ヨネ):同意し、少し追加を。東ドイツのホーネッカー夫妻は暗殺こそされなかったが、決していい死に方であったとは思わない。フェンネル君。革命が成就した暁に、君が独占したレシピッピで食べる贅沢な食事は、果たして美味かっただろうか? 誰にも知られず、誰とも分かち合わず、ただ権力の味だけを噛みしめる食事。砂を噛むようではないだろうか?


トラウム お二方、少しお待ちを。ルールー、このメモをヨヨ裁判長に。

ルールー わかりました。


ヨヨ: かぐや君と米河君、少しお待ちください。今まであなた方が論じられたことを、私なりに翻訳しましょう。フェンネル被告がやろうとしたのは、『みんなが同じように不幸にならないために、みんなからワクワクする権利を取り上げること』ではなかったでしょうか。おにぎりだけを食べれば、確かにお腹は空かないかもしれない。しかも、みんな一見「平等」。配分的正義は、完璧に担保されました。

けれど、今日はパフェが食べたい、明日はあの子とパンケーキを焼きたい、そんな『明日への小さな期待』こそが、この宇宙をひろげていくエネルギーではないですか? お気づきになられたと思いますけど、お二人の意見は一致しています。被告の罪は、レシピを奪ったことではなく、世界から『明日を楽しみに待つ心』を奪おうとしたことにあるのです。この共通認識こそが、本裁判の揺るぎない背骨(脊椎)となるのです。ではトラウムさん、討論を継続してください。

トラウム お二人とも、お続きを。


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プリキュアのラスボス法廷 ~ ゴーダッツ裁判より 与方藤士朗 @tohshiroy

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