雪による測定

水到渠成

第1話 雪による測定

 雪は、降る前からそこにあった。

 気象ではなく、約束のように。破られることのない沈黙として。


 朝、窓を開けると、世界は一枚の紙になっていた。白は光ではなく、時間の裏面だった。足跡をつけるたび、昨日がきしみ、過去が薄く割れる。私は歩くたびに、いくつもの私を踏み抜いていく。


 雪は音を奪う。だが完全な無音ではない。耳の奥で、言葉になる直前の粒子が擦れ合う。誰かの名、あるいは私自身の名が、まだ発音されていないまま溶けかけている。私はそれを拾おうとして、手袋を外す。皮膚が赤くなり、存在がはっきりする。痛みは輪郭だ。


 街はゆっくりと縮み、建物は記憶の背丈まで低くなる。信号機はためらい、青に変わる前の黄を長く保つ。横断歩道の白線は、すでに白であることを忘れている。すべてが雪に先んじられ、後れを取る。


 立ち止まると、雪が私を測る。呼吸の深さ、後悔の重さ、言えなかった文の長さ。測り終えた雪は、静かに私の肩へ置かれる。許しではない。判決でもない。ただの事実だ。


 夕方、溶けはじめる。滴は排水溝へ落ち、名を失う。残るのは、白が去ったあとの黒さだ。だが黒は不在ではない。白を受け入れた跡として、より確かな密度を持つ。


 夜、私は窓を閉める。部屋の中にも雪は降る。言葉の形で。紙の上に、音を持たない結晶が積もっていく。やがて一行が埋まり、行間が厚くなる。私は書くのをやめ、耳を澄ます。


 雪は言わない。

 だが、世界が言い切る前のすべてを、正確に覚えている。

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