第11話
次に目覚めたのは病院だった。
「足は骨にヒビ。あと結構あっちこっちに打ち身ね。そこはまあ通院レベルでいいんだけど……」
と診察してくれた主治医はそこで言葉を切った。
「え、なんすか……」
ちょっと怯えて尋ねると、
「一海の家宝を握った手、局地的に高濃度で霊に近づいた事実、あとメンタルとかも心配だし、三日ぐらいお泊まりね」
「え、あ、あの!」
「君の上司には連絡してあるよ」
「じゃなくて!」
まあまあ重要なことをこの医者言ったよな?
「え、あの、どういう……?」
「ああ」
失敬失敬と彼はズレかかっていた名札を改めてつけ直した。
「一海……」
「そ。あ、ちゃんと医者だよ。あんまりお祓い上手くないから、医療と霊現象を繋ぐことやってまして」
「ああ……」
なるほど、警察の前にはそんなことをやっていたとか言ってたかも。
「とりあえず、今、めちゃくちゃ安心しました」
この手の怪我とか、病院に運ばれたところで、どうなるかと思ったのだ。
「それは良かった。なんかあったら遠慮せず呼んで」
その日の夜、夢をみた。
子供のころの夢。
黒いお化けを初めて見たときのこと。
怖くて怖くて、泣いていたのに誰も信じてくれなかったあの日の夢。
今はもう怖くないはずなのに、夢の中では何もできずに泣いている。
影が大きくなって、襲い掛かってくる。サチの影のように。
それが蛇のように大きく口をあけて、自分を飲み込んだ。
情けない悲鳴とともに目が覚める。
ああ、夢か……。
顔を覆うと、掌に巻かれた包帯が見えた。
じくじくと、痛い。
深くため息。
もう今更怖くなんて、ないと……思っていたんだが。
「いや、無理だよなぁ……」
そのまま、眠れないまま夜が過ぎていった。
「眠れなかった?」
翌日、見舞いに来てくれたマドカに尋ねられる。
「あーいや、まあ、ちょっと」
何とは言わずにあいまいに答える。
「必要なら痛み止めも睡眠薬も、出してくれると思うわよ」
言いながらベッドサイドの椅子に腰を下ろす。
「ごめんなさいね、遅くなって」
「あ、いえ……出張とやらは?」
「一旦切り上げてきたし、気にしないで」
それより、と彼女は頭を下げてくる。
「申し訳ありません」
「ええっ」
丁寧な謝罪に、逆にびっくりしてしまった。
「あなたに、ここまでのケガをさせるなんて……さすがにお詫びのしようがない」
「いや、あの、仕事なんで」
言いかけて、あれそういえば、休みの日のことだったっけ? と思い直す。
「あ、ちゃんと仕事上のケガってことにするって……砂井君が言ってたわよ」
「ならよかったです」
「よくはないでしょ。下手をしたら、死んでいた。詰めが、あまかった」
本当に悔しそうな顔が、昨日見たセイに少し似ている。
「俺も……まさかこうなるとは思わなったんで」
あの模様をみたときにサチのネックレスを思い出せていれば、また違ったのだろうか。
「彼女も……この病院に入院している。たまに目を覚ますけど、よくわからないことを口走っているみたい。九龍様、異教徒、お告げ……おおむねこの辺」
「俺が聞いたのも、大体一緒ですね。九龍っていうのが黒幕でしょうか」
「……多分ね」
マドカは少し何かを悩むような顔をしてから、
「ねえ、ミノルくん。こんなことを私から言うのも変な話だけれど……無理しないでこの部署やめてもらってもいいんだからね」
「え?」
「あなたの警察内での立場も、ちゃんと守るようにするから」
「待ってください、急に……」
「怖かったでしょう?」
真正面から言われて、言葉に詰まる。
それは、事実だったからだ。
「そこまで無理をさせることはできない。それに……彼女は九龍と言っていた」
「ええ」
「もしそれが、本当に黒幕の名前なのだとしたら。多分、もっと危ない目に遭う可能性が高い」
「……知ってるんですか?」
「ええ」
どこまでいうか少しだけ悩むような間をおいて、
「昔……私たちが高校生の時から因縁があって。愉快犯的に色んな霊にちょっかいを出しているヤバイやつ。何度対面しても……倒せない」
この人がどれぐらい強い人なのかはわからない。だけれども、一族を率いているっていうことは、多分それなりの力があるはずで。なのに、倒せない?
「なんとなく、わかるでしょう? どういうことか」
昨日みたいなことが、またある?
言葉に詰まってしまったミノルを見て、マドカが困ったように首を横に振る。
「今すぐ、決めなくてもいいのだけれど。やめるという選択肢があること、覚えておいて」
「……はい」
「手も、ごめんなさいね」
包帯を指さされる。
「あなたの状態を感じ取れるようにはしていたんだけど、距離が遠すぎて。できそうなことが、アレを貸し出すぐらいしかなくて」
「あ、いえ、助かりました」
「君が、持って、使ってくれてよかった」
「まあ、俺は全然で……ナオズミさんが来てくれて助かりました」
「砂井君から連絡あったみたい」
ああそっか、今後はナオズミさんにも連絡しよう。……今後が、あるのか、わからないが。
「セイたちは?」
「大丈夫。……まあ君に式神つけてた件で父親にこっぴどく怒られたりとか、うまく対応できなかったことに落ち込んだりしているけど……あの子たちは大丈夫。大したケガもしてないし」
「なら、よかったです」
「見舞いに来るって言ってたけど、うるさいと思ったからおいてきた」
「ありがとうございます」
それは多分、本当にうるさかったことだろう。
「もし気が向いたら連絡してあげて」
そのあとすこし会話して、マドカは帰っていった。
痛み止めと睡眠薬の件、伝えておくから……と言い残して。
これから自分がどうするか、天井を見つめたまま考える。
また、あんなことになるとか、信じられない。怖い。怖いに決まっている。
別に警察自体をやめることにならないのならば、そんなに困らない。
迷うことないだろうと思うのに、それでも決めかねるのは……。
腕を上げて、掌を見る。
あの時迷わず、動いて、刀をつかんで、使った。
あの時の自分を裏切るような気がするからだ。あの時の自分は、嫌いじゃなかった。
「どうするかなぁ……」
情けない声が漏れた。
すぐに決めることはないと、マドカは言っていた。
その言葉に甘えるように、結論は出ないまま退院の日を迎えた。双子がうるさいので、夕方から職場に顔を出すことにしていた。
足にはギブスがついているので歩くのがめんどくさい。
手は、きれいに治ったことに安堵する。
さて、自分はどうするか。
悩みつつも、部屋のドアを開ける。
「おつかれさまです」
そういって顔を出した自分に、
「おっせーぞ、おっさん」
「あ、椅子、どうぞ!」
待ち構えていたかのように双子が声をかけてきた。そのままミノルのことを上から下まで眺めて、ちょっと安心したような顔をする。やっぱり心配はしてくれていたらしい。
「ごめん、この前はいろいろありがとう」
「いえ、ミノルさんのおかげで助かったので」
「……まあちょっと見直したよな」
セイまでもそういうので、逆にこちらが照れくさくなる。
椅子に腰を下ろすと、待っていたかのように双子は、
「で、結局あの女はなんも喋ってないんだろ? っていうか、支離滅裂?」
「少しずつ意識はちゃんと戻ってきているみたいだけど」
「あ、本当に?」
それはちょっと、安心した。
「はい、時間はかかるけど、元の生活に戻れるだろうって」
「よかった……」
許可が下りたら……、いつか見舞いに行けるといいなと思う。一度は、付き合っていたのだから。
「彼女の話を聞くのはすぐには難しそうだけど……とりあえず、係長さんが出してくれた取引リストをせめるっていう手もあるし」
「膨大だけどな。まあ、一つずつ行くか」
「ね、捜査行きましょ。あ、ミノルさん、元カノさん家の合鍵持ってたりしませんか?」
「うわぁ……クミ、それはさすがの俺でも引くわ。何その提案」
「は? 口が悪いセイにいわれる筋合いないんだけど?」
「それ今関係ねーだろ。ってか、おっさんケガしてんだから労わってやれよ」
「あら、やっさしー!」
「からかうな!」
いつの間にかぎゃんぎゃんと兄妹けんかを始めていた。
それ見ていたら、なんだか気が抜けてしまった。
「はいはい、違法捜査にならない範囲で、適度にオカルト要素を取り入れつつ、俺たちにしかできないやり方で、スペクターの捜査していくか」
ミノルの言葉で双子は動きを止め、キラキラした目でこちらを見てきた。
「……俺、勤務週明けからだから待っててほしいけど」
それに日和ってちょっと付け足すと、
「なんだよ、おっさん。事務的な……」
セイが不満そうな顔で言うが、口調はどこか弾んでいる。
「あ、来てたんだね。大丈夫?」
現れた係長が首を傾げる。
「おかげさまで」
「ちょうどよかった。これ、必要な書類一式。書いて提出して」
「おおぅ……」
まあまあな量の書類にちょっとうんざりする。
受け取ろうと手を伸ばしたところを、
「一応聞くけど……、嫌になっちゃったりした?」
書類を軽く持ち上げて、取れないようにしながら係長が聞いてくる。
「まだ、やめないです」
それにはっきりと答えた。
「正直不安も不満も多々あるんですけど……それよりも、自分の仕事を全うしたいという気持ちの方が、まだ強いんで」
しぶしぶ始めた仕事だけれど、それなりにやっぱり思い入れがある。プライドも。
「なら、よかった」
係長が小さく微笑んで、書類を改めて渡してくれた。
ふと見ると、セイもクミも小さく微笑んでいた。
ああ、やっぱり、双子も、もしかしたらちょっと不安だったのかもしれない、彼らも。ミノルがやめるんじゃないかと。ことによると責任を感じていたりも、したのかもしれない。
「見えないおっさんだけど、どうぞよろしく」
「最初からわかってたから、気にしなくていいって」
「御覧のように口うるさいガキですが、こちらこそよろしくお願いいたします」
三人でそう言いあって、笑った。
ここが、自分の、仕事場だ。
警視庁生活安全課特殊対応係事件簿 小高まあな @kmaana
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