人食い蔵の密室騒動   (物の怪村の殺人)

Ep.1 ライドオン推理急行

 あの脅迫状さえ届かなければ、僕達はあの悲劇に巻き込まれることなどなかった。


『お前のやってきた悪行が俺達の家族を殺してきた。道連れになったとしても、刺し違えとなったとしても構わない。逃げようとしても無駄だ。お前の家族もろともずっと見張っている。くれぐれも警察には言うなよ、分かっているな』


 この手紙を読んだ瞬間、背筋に何か冷たいものが這い上がったような気がした。まるで僕に言われているかのような。

 何をおかしなことを考えているのだろうか。この脅迫状が届いたのは「黒柳くろやなぎ康夫やすお」という資産家へ、だ。

 田舎行きの電車はこざっぱりしていて、酷く空いている。騒々しくないから、考え事をするにはピッタリだ。

 昼過ぎも相まって多少眠気も混じってくるが、それを我慢して読書を続けている。と言っても読んでいるのは本ではなく、脅迫状なのだが。

 時折英国紳士のように紅茶を飲む。ペットボトルの安物の紅茶を。

 脅迫状に対し、目の前に座っていた洋服姿の少女が言及した。眉をひそめながら。


「なーんか、そのわら半紙臭うんだけど……よく読めるわね」

「メイドの嗅覚は侮れませんね。こっちは臭わないんですが」


 彼女、梅園うめぞの吉乃よしのはメイドとしてピカ一の才能を持つ、住み込みの高校生メイドだ。料理の腕は勿論のこと、食材の匂いを嗅ぎ分ける技術まで持っている。「あれ手伝いなさい」、「これ持って来なさい」、「ああー違うわよー!」といつも厨房で騒がしいのが玉に傷なところ。

 歳は高校一年の僕よりも一つ上。普通の人や僕なんかより、手が器用。たぶん家事で彼女に敵うことはないだろう。

 彼女は脅迫状に関する話を続けている。


「「ふぅん……まぁ、内容としてはさっき見せてもらったけど、全く分からないわよね。どっかの文字を切り抜いてきたような字だから、筆跡からも調べられないし」

「ええ。僕も身近な人間が出したものってこと以外は分かりませんでした」

「えっ?」


 突然、僕の発言に対して目を見開く彼女。何か「変なことでも言いましたか」と言ってみる。そうしたら、何故かライトノベルに出てくる異世界勇者と同じ扱いを受けるのか。「すごーい!」とか「流石ー!」とか言われるかな、と思ったが。


 「あのねぇ……そういうことをさらっと言って、それが自分しか分からないって癖は直した方がいいわよ。『えっ? 僕の使う魔法ってそんなに弱いんですか』って言うの、めっちゃムカつくから。つええよ。なんか周りができないみたいに言うな。自分の能力位把握しろ。ぶちころがすわよ」


 彼女の持っていたペットボトルがパシッと潰れる音がする。言葉については気を付けないと、先日台所で見たゴキブリのような悲惨な姿に変えられるように思えた。掃除機を何度もぶつけられたグロテスクな姿。一説によれば昆虫は痛みを感じる神経がないと聞く。それだったら良いものの、彼女の同じ攻撃を受けたものが人間だとしたら。考えるのもおぞましい。

 一回咳払いをして心を落ち着けてから、彼女に推理の説明をすることにした。


「あっ、す、すみません。ええと、何で脅迫状を受けたのが身内の仕業だと分かったからの説明が必要なんですよね。まぁ、正確に身内に共犯者がいるって可能性が高いってことですけど」

「そうそう。何でよ」

「思ったのは、このくしゃくしゃです。たぶん、脅迫を受けた人物である黒柳さんがくしゃくしゃにして、捨てたんですよね」

「そりゃあ、くしゃくしゃにするでしょ。まぁ、しない人もいるだろうけど私だったら怒って捨てるわね。通報するかしないかは後にして」


 彼女の反論も分かる。ただ僕は「最初に読んでから捨てた」という部分を否定した。


「たぶん、読まずに捨てたんだと思いますよ」

「黒柳さん、読まずに食べた……じゃなかった。捨てたの? えっ、何で?」

「臭いですよ。ゴミの臭い。さっきも言ったじゃないですか。裏側の方が臭うってことはゴミが裏の面に当たったってことですよね」

「そうね。生ごみ、たぶんリンゴの皮とか玉ねぎとかの臭いがするわ」

「生ごみの情報はいいです……」


 僕がツッコミを入れた後に彼女から反論が飛んできた。


「で、何? 裏が臭うから何が分かるって言うの?」

「分かりますよ。試しに今飲んでるペットボトルのラベルを取ってください」

「え、ええ」


 彼女は素早く一センチのずれもなく、綺麗にペットボトルのラベルをはがしていく。


「そして、前の部分を読みながらくしゃくしゃにしてください」

「分かったわ」


 彼女はすぐ、丸めてくれた。そこで彼女も「あっ」と言葉をこぼしていたから、気付いてくれたようだ。


「分かりましたよね? もし、黒柳さんがその内容を読んでからくしゃくしゃにした場合、文字が書いてある部分が普通は上になるはずです。ティッシュのように鼻をかんだ後など、表の面が汚れている場合ならともかく……普通何も考えずくしゃくしゃにした場合は裏面が内側に来るはずです。でも、この場合は違いますよね」

「そうね。裏面が外側になったからこそ、生ごみに触れて……でも、読んでないのなら、どうしてこの手紙だけ外に出てるの」


 ここからは完全に僕の予想になる。ただ間違いはないと思うから、自信を持って言わせてもらおう。


「封筒とかなかったのは、たぶん吉乃さんなら分かると思います。僕達の家宛てに封筒が来た時、処分はどうします? 手紙は親展、つまり本人以外中身は見るなとかは書いてない状態です」

「そっか、先に封筒だけ処分させてもらうかも。ゴミをまとめたい時とかは特に、先に開けちゃって。中身は見ずに紙の部分だけ届けちゃうかも」

「たぶん、この家ではそういうことが起こったんだと思いますよ。中身は見ないまま、家政婦か奥さんかが紙を黒柳さんの机かどこかに置いていた。それでその紙のたぶん、質とかで分かったんでしょうね。正規の手紙だとしたら、藁半紙とかではなく普通のA4用紙とかでしょうから」

「ああ……そっか。見ずにどうせ中身は下らないものって分かるわよね」

「ええ。たぶん、こうやって恨まれる黒柳さんですから、似たような殺害予告や果たし状みたいなのは届いて……いっつも捨ててるんでしょうね」

「ほぉ」


 ここで推理の結論を出す準備をしよう。


「で、たぶん犯人は思ったんでしょう。読まれずに捨てられるのは心外だ。だから、ゴミ箱から拾った」

「ゴミ箱から拾えるのは……ええと」

「奥さんや家政婦が普通に内容を危惧して、拾ったというのはあまり考えにくいですね。中身も読まれてませんから、黒柳さんが誰かに言うはずもない。何も書いてない裏面を外側にしてあるのだから、たまたま目に付いたというのもあり得ません」

「だよね……ってことは」


 少し話が遠回りになったが、問題は「何故僕が身内の仕業だ」と分かったか、だ。今、明らかにしていこう。


「脅迫状が捨ててある台所のゴミ箱に近づける人、つまり身内の誰かが、この脅迫状を出したんです。捨てられたら困ると思い、ゴミ箱の中から偶然を見せかけて拾って、その内容を知っている身内の人間が脅迫状が来たと騒いだんですよ」

「いい、推理ね。って、だとしたら……! 犯人も分かるんじゃないの!?」

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探偵は死ななきゃ、治らない 夜野 舞斗 @okoshino

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