全国にダンジョンが出現し、我が家には推しである悪役令嬢がやってきた 〜ダンジョンを全部攻略すれば願いが叶うらしいので、推しを元の世界に帰すためにダンジョン攻略します〜

皇冃皐月

第1話 プロローグ

 20××年のとある日のこと。

 日本は……いいや、世界は大きく変わった。変わらずを得なかった。最初は些細なことだった。


◆◇◆◇◆◇


 『次のニュースです。日本上空に謎の『歪み』が生じた模様です。専門家によると、地球温暖化によりオゾン層にてなんらかの異変が発生したのではないか、と述べているということです』

 『いやー、紫色で綺麗ですよね。オーロラみたいな』

 『綺麗ではありますが、果たして地球にどのような影響を及ぼすのか――』


 付けっぱなしにしていたテレビに対してうるさいなあ、と思いながら音量を下げる。

 最近は大きな事件も事故もない。良くも悪くも平和だった。なので、ニュースも取り上げることがないのだろう。誰が不倫しただとか、こんなちょっとした異常気象をさも大事のように取り上げる。


 私にとってそんなことはどうでもいい。

 それよりもなによりも、重要なのは、画面の中の彼女――


 乙女ゲーム『聖剣と花冠のアルカディア』に登場する悪役令嬢、アレア・ラフターヌだけだ。アレアを愛でれるのならば、誰が不倫してもいいし、どっかのアイドルグループが解散してもいい。


 金色の長い髪。

 気品ある佇まい。

 そして、破滅ルートを迎える運命。


 「かわいーーー! かわいいぞーーーー! アレアたーーん!」


 パソコンのモニターへ向けて思いっきり叫ぶ。悪役令嬢は大抵悪者として描かれる。この作品であってもそうだった。

 だが節々にアレアは人間味を感じる。他のキャラクターは作られたものという感じなのに、アレアだけは妙に生っぽさがあるのだ。

 最初は憎めないキャラだなあ、と思っていただけだった。だが、ゲームを周回すればするほど可愛さに気付いて、今では最推し。アレアが出てくる度に大きな声で叫ぶ。名前を呼ぶ。

 自称、アレアのトップオタクの名に恥じないオタク活動を、部屋で、一人で、全力でやっていた。


◆◇◆◇◆◇


 今日も推し活に全力を注いでいた。

 のだが、突然警報が鳴り始める。

 スマホからも、テレビからも、パソコンからも、そして外からも。ゾワゾワと血の気が引くような音があちこちから流れる。


 「え、なに。なになになに」


 動揺しながら、ニュースを見る。


 『数日前に発生した上空の歪みが膨張し、数十体ものドラゴン……えっ、ドラゴン? ドラゴンが出現しました。自衛隊の出動もあり、仕留められましたが、引き続き警戒をしてください。頑丈な建物に避難し、極力外へは出歩かないようにしてください』


 ファンタジーの生き物が、日本に飛び出してきた。

 オタクとしてはワクワクするが、日本人としては……この先どうなるんだという不安に駆られる。

 が、良く考えたら元々私は半引きこもりみたいな生活を送っていた。私の中心にあるのはアレアであって、日常生活ではない。仕事でも学校でもなく、アレアだ。


 「なんかそう思うと、ドラゴンが出たからなんだって感じだね。どうでもいいかー」


 直接影響はない。

 アレアを推せなくなるわけじゃない。


 途端に楽観視できるようになった。




 全国各地にダンジョンが生成され、魔法が使えるようになっても私はふーんくらいで興味を示さなかった。オタクなのでダンジョンについて軽くは調べた。ゴブリンやらスライムといった定番なモンスターが出現するらしいし、「全ダンジョン踏破したら一つなんでも夢が叶う」というドラゴンボ〇ルかな? みたいな噂も流れているようだ。魔法も試してみた。たしかに使えた。とはいえ、引きこもり生活をしている私にはだからなんだという話だった。ああ、でも水魔法はとっても有用だ。部屋に出なくても水分補給が可能になったから。そこはかなりありがたい。魔法使えるようなって良かったな、と思う。


◆◇◆◇◆◇


 ダンジョンが生成されてから、一年とちょっとが経過した。人間は変化に簡単に慣れるもので、ダンジョンも魔法も簡単に受け入れられていた。

 法律も制定され、もうそれがあるのが当たり前みたいになっている。

 ダンジョンには金銀財宝が眠っている。それを狙って潜る所謂「冒険者」が生まれた。

 新たな職業だ。

 きっと異世界もののアニメや漫画、ラノベなんかで何度も見てきたようなことだから、簡単に受け入れられて、世界が回るのだろう。

 もっとも同じオタクである私はどうでもいいやの気持ちだった。


 「あー、どうせならダンジョンとかじゃなくてアレアが来てくれれば良かったのになー」


 パタンと床に仰向けになって、ぼーっと天井を見つめる。

 ピキリ、と空気が軋む音がした。

 ビックリして起き上がる。


 「……え?」


 次の瞬間、私の部屋の床に、見たこともない模様が浮かび上がった。

 円形。複雑な幾何学模様。淡く青白い光。


 「……ちょ、ちょっと待って」


 理解するより早く、光が一気に膨れ上がる。

 目が焼けるように眩しくて、思わず腕で顔を覆った。


 光が収まって、私はゆっくりと目を開ける。


 目の前には一人の少女が腰でも抜けたかのように座っていた。


 淡い金髪。

 見覚えのあるドレス。

 気品のある顔立ち。


 ……いや、そんなはずがない。そんなはずがなかった。

 目を擦って、頬を叩き、また目を擦って、その少女を見る。やっぱりそこにその少女はへたり込んでいる。夢でも、妄想でもない。


 少女はゆっくり顔を上げ、困惑した表情で周囲を見回す。


 「ここは……どこですの?」


 その声を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。


 「…………ア、アレア?」

 「まあっ!? どこの誰だか知りませんけれど、わたくしの名前を呼び捨てにするのですわね!? いい度胸ですわ」


 やっぱり、アレアだ。

 私の知っているアレアだ。

 私が大好きなアレアだ。


 「というか、ここは一体全体どこですの? このような部屋にわたくしを監禁するつもりならば、それこそいい度胸ですわ。お父様もお母様も黙ってはいないですわよ?」

 「アレア様。お願いがあります」


 私はぐいっと近寄った。


 「ええ、そうよ。そうありなさい。こうべを下げるのよ」


 ふふん、とドヤ顔を見せてくれる。可愛い。


 「私の頬をつねってください」

 「……」


 怪訝そうに見つめながらも、要望通り頬をつねってくれた。痛い、めっちゃ痛い。夢じゃない!


 「うひょーーー! 本物のアレアたんキターーーー!」

 「な、なんなんですの……もう嫌ですわ」


 なんでとか、どうしてとか、そんなのどうでも良くて。ただただ推しが画面の向こうから目の前にやって来てくれたことが嬉しくて、興奮していた。

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