拝啓、お前
松下景
会いたい。
拝啓、お前。
会いたいな。
今どんな顔してる? たぶん泣いてるでしょ。いや、お前のことだから爆笑かも。やっぱり寂しい?
今になって、二人で並んで帰った帰り道も、LINEでしてたくだらないしりとりも、全部が、遠い。
最近、部屋がやけに広い。静かで、寒い。ご飯も、全然美味しくない。味がしないんだ。
二人で深夜に食べたハーゲンダッツの背徳感、やばかったな。
やばい、泣きそう。このままだと私泣いちゃうぞ。いいのか? 嫌だったら化けて出てきてみろ。このアホが。
失礼。もっと罵ってやりたいところだけど、それはまた会ったときに直接言ってやる。
でもな、お前に謝らないといけないこともある。
昔から、人の目を見て話すのが苦手で、やっぱりお前でも無理だった。でもたぶん、苦手だったんじゃなくて、照れてたんだ。
こんなことなら、ちゃんと見て、抱きしめておけばよかった。
ごめんな。
お前の病室の匂いが、嫌だった。
消毒液の匂いに、私の大好きなお前の匂いが混ざっているのが怖かった。
痩せていくお前を見るのも、怖かった。
でも、お前が笑うと、部屋があったかくなった。
お前、この手紙を読む前も笑えてたか?
……笑えてるわけないか。
お前、私のこと大好きだったもんな。
寂しいよな。私もだ。
会いたい。匂いを嗅ぎたい。手を触りたい。
二人でテレビを見たい。二人一緒にあったかい部屋で昼寝したい。
顔を見たい。散歩したい。二人でビール飲みたい。夜更かししたい。
わがままかな。
でも、いなくなったお前が悪いんだ。
やっぱり私は可愛くないな。
こういうときは、しくしく泣くべきなんだろうけど。
お前の最期の日、心電図が、ただ少しずつ弱くなっていくのを見ていた。
私は、お前の手を握ることしかできなかった。
お医者さんが言ってた。人は、最期まで“音”が残るらしい。
だから、聞こえてたかどうかわからないけど、私は言った。
何度も。何度も、だ。
ありがとう。
私にたくさんの幸せをくれて。
お前がいなくても、幸せに生きてやる。
次に会えたら、思い出話をしよう。
本当に、たくさんの幸せと記憶をくれてありがとう。
また会おう。
敬具
私。
追伸
名前を書かなくても、私が誰かわかるでしょ?
拝啓、お前 松下景 @msc-8710
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