君には何よりも笑顔が似合う。
川島由嗣
君には何よりも笑顔が似合う。
「斎藤雫先輩!!好きです!!付き合ってください!!」
屋上での一場面。男子生徒が女子生徒に向かって頭を下げている。
俺は屋上にある入り口の裏側で1人ため息をついた。今俺は告白の現場を覗いている。勿論偶然ではない。お願いされたからだ。
お願いしてきたのは、告白されている相手。斎藤雫である。綺麗な黒髪が肩まであり、スタイルも高校3年生とは思えないくらい抜群。顔も皆が認めるくらい可愛い。そのため多くの人間から告白されている。今日告白している彼もその1人だ。ただ彼女の答えはいつも同じだ。彼女はその男子生徒に向かって頭を下げた。
「告白してくれてありがとうございます。でもごめんなさい。貴方とは付き合えません。」
「!!」
告白した男子生徒が固まる。雫がいつも告白を断っているのは噂になっていたが、実際に言われるとショックだったのだろう。彼は勢いよく顔を上げると、雫に一歩近づいた。
「理由を聞かせてください!!好きな人がいるんですか!?理由を聞かないと僕は貴方の事が諦められません!!」
告白を断った後、諦めて素直に帰るのであれば問題ない。ただ、中には彼のように諦めの悪い人もいて、彼女に詰め寄る人もいる。これを放置すると彼女に手をあげたり、押し倒したりしかねない。
そんな時のためにいるのが俺だ。俺は彼女に危害が及ぶ前に告白現場に踏み込んだ。
「はーい。そこまで。これ以上は駄目だよ。」
男子生徒はいきなり現れた俺に動揺していた。見られているとは思っていなかったのだろう。目が泳いでいる。
「なんですか貴方は・・・。もしや貴方が彼氏ですか?」
「違うよ。俺はただの幼馴染。それよりも告白は終わったでしょ。これ以上は暴力になりかねないから見過ごせないよ。逆上して詰め寄っている所の録画を先生に提出されたくなければ素直に帰りな。」
「っ!!」
男子生徒は俺の言葉に冷静になったのだろう。俺を悔しそうに睨みつけた後、早足で屋上から出ていった。その場には雫と俺だけが残される。雫は大きくため息をつくと俺に頭を下げた。
「ありがとう。良治。助かった。」
「いいって。お前の傍にいるって小学生の時からの約束だからな。さ、帰ろう。」
「うん。」
俺は雫と共に屋上から出る。これが告白時のいつもの流れだった。何かあったときのために俺が裏で待機し、雫が危ない目にあいそうな時は俺が助ける。過剰だと思われても気にしない。雫が危険な目にあわずに笑顔でいてくれるのが俺の望なのだから。昔から変わらない俺のたった一つの願い。教室に向かって雫と一緒に歩きながら俺は昔を思い出していた。
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俺と雫の出会いは小学生だった。席替えで席が隣になった時に、雫が話しかけてきたのだ。
「私、斎藤雫!!雫って呼んでね。これからよろしく!!」
「う・・・うん。よろしく。」
雫は小さいころから可愛かった。笑顔が可愛く、最初の挨拶で俺は心奪われた、皆とも分け隔てなく接しており、大人子供関係なく誰からも好かれていた。天使と呼ばれたこともある。
だがなまじ可愛いいと危険な人を引き寄せることもある。彼女の場合は運悪く危険な人を引き寄せてしまった。とある日の学校の帰り道、彼女は不審者に攫われかけた。その時は通りすがりの人が彼女の悲鳴に気が付いて、運よく助けられたが、よほど怖かったのだろう。彼女はその日から家に引き籠ってしまった。
学校では、雫が狙われたことは言わず、不審者が現れたこと。当面の間は集団下校することが発表されただけだった。俺は雫がそんな事になったことは知らず、雫が学校に来なくなって、不思議に思う程度だった。話せないのは寂しいなあ、何かの病気かなと思ったぐらいだ。だが、学校のプリントを雫の家に届けに行ったとき、雫のお母さんから、雫が学校に行きたがらない理由を聞いたのだ。
俺はそれを聞いて怒りで叫びそうだった。雫がそんな目にあったのが納得いかなかった。確かに彼女は可愛い。俺の初恋だ。だが可愛い事が罪になるのだろうか。彼女にはそんな目にあってほしくない。彼女にはずっと笑っていてほしかった。俺は1人部屋に閉じこもっている雫をどうにかしたくて、家に帰るとすぐに母親に相談した。母親はどう言おうかと悩んでいたが、やがて俺の目の前にしゃがむと俺の目を真っ直ぐ見た。
「難しい問題ね。良治は雫ちゃんにどうなってほしいの?」
「雫ちゃんに笑っていて欲しい!!」
「本当はそっとしてあげた方がいいんだけど。良治は納得しなさそうね。なら、雫ちゃんの傍にいてあげたら?」
「傍に?」
「うん。ただし雫ちゃんの負担にならない程度に。雫ちゃんは今ひどく傷ついていると思うわ。傷が癒えるのを待ってあげたいけど、何かきっかけがないと、雫ちゃんはずっと引き籠ってしまう。だから雫ちゃんの家に行って話し相手になってあげたら?」
「話し相手に?でも雫ちゃんは話し相手になってくれるかな?」
「わからないわ。雫ちゃんが心を開いてくれるかはわからない。ずっと無視されるかもしれない。一種の荒療治だからね。ずっと反応がなくて良治が辛い思いをするかもしれない。それでもやる?」
「やる!!頑張る!!」
「なら、やってみなさい。雫ちゃんのお母さんには良治が行くことは電話しておくから。ただ、雫ちゃんが嫌がったらすぐに辞めるのよ。約束ね。」
「うん。約束する!!」
俺は母親と約束すると、善は急げという気持ちで、雫の家に向かった。雫の両親は俺が来る事は聞いていたが、こんなにすぐに来るとは思わなかったのだろう。家に来るなりいきなり雫と会わせてくださいと言ってきたので、驚いていた。俺は必死に彼女の両親を説得した。
「雫ちゃんがずっとこのままでいいんですか!!」
「でも・・・。」
「雫ちゃんは可愛いです。でもそれで彼女が辛い思いをするなんて納得いきません!!彼女は笑っているべきなんです!!」
「・・・君が雫を前みたいにしてくれると?」
「それは雫ちゃん次第だと思います。でもきっかけがないと雫ちゃんは外に出てこれません。このままではいけないと思うんです!!」
今思えば小学生の子供が何を偉そうなことを言っていたんだろうと思う。ただ、その時の俺は雫に笑ってほしいという思う一心で行動していた。
それが功を奏したのかわからない。ただ雫の両親も思うところがあったのか、俺を雫の部屋の前まで連れて行ってくれた。雫は来客が来たと知ると、すぐに部屋に引き籠ってしまうらしい。
「雫ちゃん。あ~そ~ぼ。」
俺は部屋の中にいる雫に向けて声をかけた。もちろん部屋からは何の反応もなかった。警戒するのは当然だ。だが、俺は決して強引に扉を開けたりしようとはしなかった。雫の両親と雫に無理をさせないことを約束したのもあるが、ここで強引に会おうとすると、雫はより殻に閉じこもってしまうと思ったからだ。
反応がなかったので、俺は軽い自己紹介だけして帰ることにした、しかし俺は諦めなかった。毎日学校が終わった後、雫の家に行き、雫の部屋の前に立ち、扉越しに一方的に話をした。話の内容は他愛のない話だ。学校の話、ゲームの話、ドジをして親に怒られた話等々。勿論、雫からの反応はなかった。話し終わって、話すことがなくなったら挨拶をして家に帰る。それの繰り返しだった。
雫の家に通い始めて1週間が経過したころ、俺が何時ものように雫の部屋の扉の前で話をしていると、部屋の中から声が聞こえた。
「・・・ねえ。なんでそんなに私に構うの?」
「!!」
雫の声だった。扉のすぐ向こうにいたのだろう。小さく不安そうな声。俺は久しぶりに雫の声を聞けた事に喜んですぐに喋ろうとしたが、彼女を怖がらせてはいけないと慌てて首を振った。俺は一度深呼吸をすると、口を開いた。
「雫ちゃんには笑顔が似合うから。」
「え・・・。」
扉の向こうから驚いたような声が聞こえる。だがこれは俺の本心だった。
「雫ちゃんがどれだけ辛い思いをしたのかは僕にはわからない。でも雫ちゃんのせいじゃないのに君が辛い思いをするのは納得できないんだ。だから助けたいと思ったんだ。」
「・・・助けるって?」
「傍にいる事。誰に何を言われようと傍にいる。そうすれば1人じゃなくなるでしょ?そうすれば安心できるんじゃないかと思って。何かあっても1人じゃないって思えるのって安心しない?」
「・・・。」
「あ、勿論無理にとは言わないけどね。雫ちゃんが前みたいに笑ってくれるんなら僕がいなくてもいいんだけど。僕だと大人の力に敵わないから守るなんて言えないし。ただ、前みたいに何かあったとき、僕を囮にして逃げることぐらいはできるかなって。」
「・・・。」
それから雫はまた反応しなくなった。俺はまたいつも通り1人で喋って、家に帰った。
次の日。学校の後、いつも通りに雫の家に行くと、雫の母親が出迎えてくれたが、この日はリビングに連れて行かれた。不思議に思っていたが、リビングに行くと納得した。リビングに雫がいたのだ。
「雫ちゃん!!」
「・・・。」
雫はまだ怖いのか、俺と目を合わせず下を向いていた。家族以外の人に会うのも久しぶりだろう。かなりの勇気が必要だったはずだ。俺は雫と再び会えたのがとても嬉しかった。雫に向けて笑いかける。
「改めて!!僕、田中良治!!良治って呼んでね!!」
「よ、よろしく。り、良治君・・・。」
「うん!!雫ちゃん。」
「な・・・何?」
「ここでお話ししよ!!」
「お、お話し?」
「うん!!」
俺は力強く頷いた。2人きりになるのはまだ緊張するのだろうと思ったのだ。リビングなら彼女の母親もいるし、雫も安心できるだろうと思ったのだ。
「う・・・うん。」
「じゃあお母さんはジュースを用意するわね。」
「ジュース!!やったあ。」
「・・・くすっ。」
ジュースで喜んでいる俺を見て、雫が可笑しそうに笑った。それを見て俺は再度思ったのだ。やはり雫には笑顔が似合うと。
それからは毎日雫と一緒に過ごした。俺がただ話している日もあったが、トランプ等で遊ぶこともあった。そして徐々にだが、雫が笑う回数が増えていった。
そして雫と遊ぶようになって、1週間たったある日の事。俺は次の段階に行くべきだと考え、雫に提案した。
「雫ちゃん。明日一緒に学校へ行ってみない?」
「え・・・。」
雫はそれを聞いて完全に固まった。やはりまだ他者が怖いのだろう。俺は安心させるように雫に向かって笑いかける。
「大丈夫!!朝一緒に登校するところから雫ちゃんの家に帰るまで一緒にいるから!!それに学校に行ければ、もっと一緒にいられるじゃない!!」
「でも・・・。途中で怖くて動けなくなったら・・・。」
「そうしたら、途中で一緒に帰ろう!!」
「え?いいの?」
「もちろん!!」
俺は自信満々な顔で頷いた。本来であれば、そんなこと許されるはずがないのだが、俺としては雫を安心させることが1番だった。
雫は不安そうな顔で俺を見る。
「本当に?本当に傍にいてくれる?」
「勿論。指きりしよう。指きりげんまん嘘ついたら針千本飲~ます。指きった!!」
俺は雫の手をとって指きりをした。雫はそれで心を決めたようで恐る恐る頷いた。
「わ・・・わかった。良治君が傍にいてくれるなら行ってみる。」
「うん!!じゃあ明日迎えに来るね!!」
俺は雫が一緒に来てくれる事の嬉しさで満面の笑みを浮かべた。雫も恐る恐るだが微笑む。雫の母親が俺達の様子を見て静かに涙していた。雫が一歩を踏み出してくれたことが嬉しいのだろう。
次の日の朝。俺は雫と一緒に学校へ向かうべく、雫の家の前に立っていた。インターホンを押す。
「雫ちゃんお待たせ!!」
「う・・・うん。」
雫は恐る恐るだが、家から出てきた。後ろには雫の母親もいる。雫の母親は俺を見て頭を下げた。
「良治君。雫の事、お願いね。」
「勿論です!!さ、雫ちゃん!!行こう!!」
俺は雫に向けて手を差し出した。雫は恐る恐る俺の手を取る。そうして俺と雫は学校へ向かった。俺は雫が不安にならないようにずっと雫に話しかけ続けた。
学校に近づくにつれ、雫が不安な顔を浮かべて周りをちらちらと見ていた。だから俺は繋いでいる手に力を入れて、雫に笑顔を向ける。心配ないよと安心させるように。そのおかげかはわからないが、雫は諦めることもなく、学校にたどり着くことができた。
俺は雫と一緒に教室へと入った。最初は雫が来たことに皆驚いていたが、いきなり雫に近寄ったりはせず、遠巻きに見ていた。雫の雰囲気が全く違っていたこともあったのだろうが、俺がずっと雫の傍から離れず、一方的に喋っていたので話しかけられなかったようだ。だが、中には俺と雫が手をつないでいるのを揶揄ってくるやつもいた。
「お前、女と手をつないでるの?付き合ってんのか!!ヒューヒュー!!」
「どうだ!!羨ましいだろ!!雫ちゃんと手をつなげるのは俺だけの特権だからな!!」
「な、何だと!!」
「へへーん。悔しかったらお前も、手をつなげる相手を探すんだな。」
「な、何を~!!」
「良治君。はずかしいよ・・・。」
そんなやり取りをして、揶揄ってくるやつは追っ払った。幸いなことにうちは温和なクラスだったようで、雫が戻ってきてもそんなに大きな話題にならなかった。担任も女性で、雫が学校に来た事を素直に喜んでくれた。雫の状況を説明して、席替えなどはしないように配慮してくれる事を約束してくれた。
だが、日が経つにつれ、皆が俺らの異常性に気づき始めた。なにせ休み時間もずっと2人でいるのだ。トイレに行くのも一緒。雫が行くとき、俺は女子トイレの前で待っているし、俺が行くとき、雫は女子トイレの中で俺が出てくるのを待っていた。更衣室も雫は誰よりも早く行き、すぐに出て俺と合流する。俺らは俺らの世界にいて、他の人とはほとんど喋らない。それを見て周りの子供達は次第に俺らの事を敬遠するようになった。特に俺の周りから友人が離れた。それはそうだ。全てにおいて雫を優先するのだ。ずっと雫の傍にいて、昼休みや放課後も一緒に遊ぼうとしない。今思えば、虐めが起きなかったのは幸いだった。本当にクラスに恵まれたと思う。
俺はまったく気にしていなかったが、雫はその事を気にしていたようだった。ある日の帰り道、雫にいきなり謝られた。
「良治君。ごめんね。」
「ん?何が?」
「私と一緒にいるせいで、皆から変な目で見られて。」
「そうかな?俺は気にしないけど。」
「ごめんね・・・。」
雫はそういいつつも俺との手を離さない。俺がいなくなるのが怖いのだろう。心に負った傷はすぐには治らない。俺は雫に向き直って雫に向けて手を突き付ける。
「雫ちゃんに問題です!!」
「も、問題?」
「そう。俺が一番幸せなことは何でしょう!!」
「え・・・。ケーキを食べている時とか?」
雫は必死に考えて答える。確かに雫の家に行くと、よくケーキをご馳走になる。俺にとっては至福の時間だ。このままでは太ってしまうと、夜ご飯の量を少し減らしているのは内緒だ。だが、残念ながらそうではない。俺は満面の笑みを浮かべて首を横に振った。
「答えはね。雫ちゃんが笑っていること。」
「え・・・。」
「俺って単純なんだよね。雫ちゃんが笑ってくれれば嬉しいし、雫ちゃんが悲しんでいたら寂しい。だから申し訳ないと思ったのなら笑って。」
「そんなことで?」
「そんなこととは失礼な。僕にとっては大事な事だよ。それはずっと変わらない。それに傍にいるって約束したもんね。僕が約束を破ると思う?」
雫は首を横に振った。そして彼女は半分泣きそうな顔をしつつも笑顔を浮かべた。
「・・・ありがとう。」
「うん。さ、帰ろ。」
俺は雫の手を引くと帰り道を歩いた。だが俺は歩きながら反省した。今回、雫を不安にさせてしまった。雫が今後も笑顔でいられるためには新たに作戦が必要だろうと思った。
その夜、俺は両親と雫を不安にさせないためにはどうすればいいかを相談した。父親は少し考えた後、俺に向けて三本指を立てた。
「そうだな。対策を具体的にあげるとすると、3つ必要だな。」
「3つ?」
「ああ。1つ目は筋トレや運動だ。彼女が襲われたときに少しでも彼女を守らないといけないだろう?今はまだ大人には勝てないかもしれないが、続けることで効果はでる。雫ちゃんもお前が頼りがいがあると安心できるだろう。だから鍛えることが必要だ。」
「そうだね。わかった。」
「鍛えるなら通信教育とかで合気道等の武術をやってみるといい。がむしゃらにやるよりましだ。どこかに通うのもいいが、それだと雫ちゃんと一緒に帰れなくなるからな。」
「ありがとう。そうするよ。」
「まだあるぞ、2つ目は学力だ。」
「学力?」
学力が必要になる意味が解らなかった。俺が首をかしげると。父親は笑った。
「お前、中学校、高校も雫ちゃんと一緒にいるつもりなんだろ?」
「うん。雫ちゃんが一緒にいなくていいって言わない限りはそのつもりだよ。」
「なら、雫ちゃんが行きたい学校に行けるぐらいの学力は必要だろう。雫ちゃんもお前と一緒にいたがるだろうから、お前の学力が低いと、お前に合わせようとするはずだ。それは嫌じゃないか?お前が雫ちゃんの人生を決めてしまうんだぞ。」
「それは駄目だ!!うん。わかった。僕勉強も頑張る!!」
俺はその時父親はなんて頭がいいのだろうと感動していたが、後々考えると俺を勉強させる口実だったように思う。俺の様子を見て両親が嬉しそうに頷きあっていたし。
「最後の1つだな。それは雫ちゃんにお前以外の友人を作ることだな。」
「え・・・。でも・・・。」
その言葉に俺は困惑した。彼女には俺がいる。それで充分ではないかという思いが捨てきれなかった。それを察したのか父親はゆっくりと首を振った。
「冷静に考えてみろ。今の状態で本当に一生過ごしていけるか?彼女と24時間365日一緒にいるなんて本当にできるか?実際、今2人しかいないことで、雫ちゃんは不安になったのだろう?」
「それは・・・。」
「異性の友人はいらないかもしれない。ただ同性の友人は作らせた方がいいと思うよ。」
「母さんもそう思うわ。」
「母さん。」
母親は俺の目の高さまでしゃがむと俺の目をしっかりと見た。
「女の子同士しか話せないこともあるから、女の子の友人はいた方がいいわ。ただたくさん作る必要はないわ。1人か2人で充分。雫ちゃんの性格を理解してくれて、仲良くなろうとしてくれる子はきっと現れる。その時にこちらから拒絶してしまうのはもったいないと思うの。そして友達作りを通して、最低限、他の人と会話できるようにしないといけないと思う。」
「・・・でも。」
「良治。貴方は雫ちゃんを占有したいの?それとも雫ちゃんに笑ってもらいたいの?」
「!!」
その言葉に俺は頭をガツンと殴られたかのような衝撃を受けた。その通りだ。俺は雫を知らずうちに籠の中の鳥にするところだった。俺は2人を見て力強く頷いた。
「ありがとう。父さん、母さん。僕。間違えるところだった。」
「今気づけたのならそれで充分だ。これから話をしていけばいい。」
「そうね。雫ちゃんに笑顔でいてほしいという良治の思い自体は父さんも母さんも応援しているからね。」
「うん。明日、雫ちゃんに話をしてみる!!」
次の日、学校が終わった後、俺はいつも通りに雫ちゃんの家に遊びに行った。部屋に入ると真剣な顔で雫ちゃんの目を見る。雫が不思議そうに首をかしげる。
「どうしたの?」
「雫ちゃん。大事な提案が2つあります。」
「?何?」
「1つめ。これからは遊ぶだけじゃなくて勉強もしよう!!」
「勉強?宿題は一緒にしているけど?」
雫が不思議そうな顔をして再び首をかしげた。確かに、いつも宿題を一緒にやってから遊ぶようにはしていた。
「それだけじゃなくて、それ以上に勉強しようってこと。」
「・・・良治君は私と一緒に遊ぶのがつまらなくなった?」
雫が不安そうな顔をする。俺は力強く首を横に振った。
「違うって!!一緒にいるためだよ!!」
「どういうこと?」
「まだ先の話だけど僕達は中学校の受験があるよね。」
「うん。」
「僕は雫ちゃんと一緒の中学校に行きたいと思ってる。」
「うん。私も。」
俺の言葉に雫は頷いてくれた。雫が自分と気持ちが一緒だったことに嬉しさと同時に安心した。だがその思いは一旦横において話を続けることにした。
「それでさ。どっちかの学力が低いといける学校がしぼられちゃうじゃない。それってもったいないと思うんだ。」
「もったいない?」
「雫ちゃんにはいっぱいの未来があるってこと!!それを閉じさせたくないんだ。まあ主に僕の頭が悪いせいなんだけど・・・。」
雫は頭がいい。宿題をやるときも俺はいつも教えてもらう側だった。だから学校を選ぶとなると間違いなく俺に合わせることになるだろう。俺のせいで雫の未来をつぶしたくはなかった。
「だから勉強をしようと言っても、主に僕の勉強を見てほしいってことなんだけど。」
「そういうことならいいよ。」
「本当!!ありがとう!!」
雫の言葉に俺は嬉しくなる。後は俺の頑張り次第だ。身体を鍛えることは雫には秘密にした。かっこ悪いし。
「もう一つは?」
「うん。まず話を最後まで聞いてね。」
「?うん。」
「じゃあ言うね。新しく雫ちゃんの友達を作りたいと思います!!」
「!!」
俺の言葉に雫の顔が急に泣きそうな顔になった。だが、最後まで聞くと約束してくれたから何も言わずに黙っていてくれている。
「うん。最後まで聞いてね。繰り返すけど、雫ちゃんと一緒にいたいのは変わらないし、雫ちゃんが笑ってくれているのが僕の幸せ。それは変わらないよ。」
「だったら、良治くんだけでも。」
「でもね。僕も一緒に入れないこともあるんだ。例えばトイレの中とか更衣室とかね。」
「それは・・・。」
「今は特に何も起きていないから大丈夫だけどさ。これからもそうとは限らない。中学校も一緒のクラスかもわからないし。だから同性の味方が最低1人は必要だと思う。それを通して、最低限でいいから、他の人と会話はできた方がいいと思う。」
雫が引き籠りになりかけた件もあって、担任の先生が俺らを配慮して、クラスはいつも一緒にしてくれている。だが中学になったらそうとは限らない。休み時間や昼休みは一緒にいられるが、それだけでは安心はできない。
「最低1人。」
「うん。男の友達はいなくても大丈夫。僕がいるから。ただ他の女の子と話す練習として女の子の友達はいた方がいいと思うんだ。」
「でも・・・。」
「ちなみに、友達を作ったからって僕との時間を減らす必要はないからね。」
「そうなの?」
雫が意外そうな表情を浮かべる。俺は力強く頷く。俺としても雫との遊ぶ時間が減るのは寂しい。
「もちろん。むしろ減るのは僕がさみしいよ。焦らなくてもいいから。少しずつ、慎重に探そうよ。雫ちゃんの味方になってくれる人をさ。」
「・・・・。」
「嫌?」
「嫌だけど・・・。良治君がそうしてほしいのなら頑張る。」
「ありがとう!!」
俺は嬉しくなって雫の両手を掴んでぶんぶんと上下に振った。雫も恥ずかしそうに頷いた。
俺は帰る時に雫と話した事を雫の両親に話した。雫の両親は喜んでくれた。彼らも雫が前に出てくれるようになったのは嬉しいが、俺にべったりだったのが気にはなっていたらしい。
それから俺の小学校生活は一気に忙しくなった。学校では雫と一緒にいながらも、雫を敬遠しない相手を探した。そして、学校が終わってからは雫の家に行き、遊んだり勉強をしたりする。雫の家から帰ったら、父親と一緒にランニングをし、筋トレや武術の練習も始めた。運動を始めてから筋肉は少しずつついてきた実感はあったが、雫の友人作りは難航した。一度皆が距離をとったので、改めて雫と友人になろうという人はいなかったのだ。そのため、友人作りは中学校になってからにしようと決めた。
そして、あっという間に月日がたち、俺達は中学生になった。俺達は一緒の中学校に進学した。小学校の時の俺らの噂を避けるため、近くにある私立の中高一貫の学校だ。運よく1年目は同じクラスだった。雫は中学生になってその可愛さは増し、あっという間に皆の注目の的になった。休み時間に他のクラスから見に来る奴がいたくらいだ。ただ、休み時間に他の人が話しかけても、反応が悪く、常に俺と一緒にいたがることから、すぐに俺らは付き合っているのではと噂が出始めた。
ただ、俺が一緒に雫といるのを気にしない女子生徒もいた。主に2人だ。1人は俺達が一緒にいる時でも構わず話しかけてきた女子生徒、海藤絵里だ。
「2人共仲いいね~。あ、私海藤絵里。絵里って呼んで。よろしくね~。」
「・・・斎藤雫です。」
「田中良治だ。よろしくな。」
「よろしく~。それにしても雫ちゃん可愛いね。化粧品何使ってるの?」
「け、化粧品。別に・・・下地くらいしか・・・。」
「まじで!!それでそんなに美人なの!!信じられない!!すごいね~!!」
「雫は美人だからな。」
「なんであんたが偉そうなのよ。」
絵里は、明るい性格でクラスの皆と分け隔てなく接していた。雫にも俺にも積極的に話しかけてくるが、踏み込み過ぎず、ちょうどいい距離を保つ女の子だった。雫も最初はおどおどしていたが、徐々に気を許して、時々話すようになっていた。
もう1人は図書委員で同じメンバーになった近藤菜穂だ。委員決めはくじ引きだったので、一緒の委員になることはできなかった。彼女も内気な女の子で、初対面は2人共挨拶だけで、全く喋らなかった。だが、雫は彼女が読んでいる本が自分の好きな本だったことに気づいた。それを俺に話してくれた時、いい機会だと思って、彼女に話しかけてみたらと提案した。雫は不安そうだったが、俺が傍にいると笑いかけると雫もきになっていたのだろう。おずおずと頷いてくれた。雫が図書委員の作業をしている時、俺は彼女が見える位置に座って本を読んでいる。
翌日。図書委員の時に2人でいた時、雫は何度か深呼吸をして菜穂に話しかけた。
「その本・・・好きなんですか?」
「え!?は、はい。この作者さんの話が全部好きで。」
「私も・・・好きなんです。他の本も持っています。」
「ほ、本当ですか?どの話が好きですか?」
「私は・・・。」
やはり共通の話題があると、話が盛り上がった。うるさくならない音量で、2人はずっと話していた。それを見た時俺は安堵したものだ。雫の心の傷は癒えつつある。それから2人は図書委員の作業中、いつも話をしていた。
帰り道、雫が嬉しそうに報告してくれた。俺としても、雫の友人ができて嬉しい限りだ。
「良かったな。2人も友人ができて。」
「うん。2人共いい人。」
「そういえば、小学生の時は男の友達はいなくていいって言ったけど、別に作ってもいいんだぞ?」
「いらない・・・。良治がいればそれで充分。」
その言葉に嬉しくもあり、少し不安もあった。俺は内心ドキドキしながら口を開いた。
「そういや・・・雫は恋愛したいとかは思わないのか?」
俺がそう言うと、雫は俺の手を強く握ってきた。彼女の顔を見ると、不安そうだった。
「私・・・、付き合うのが怖いの。そもそも良治以外の男の人はまだ怖いし・・・。しかも付き合うって曖昧な関係で、いつ切れるかわからない。もし好きな人と一緒になるなら付き合うんじゃなくて結婚がしたい。」
「そっか・・・。」
「良治は・・・そういう考え方は嫌い?受け入れられない?」
雫は怯えた目でこちらを見た。俺は彼女に笑いかける。
「いや。雫がそうしたいんならいいんじゃないか?考え方は人それぞれだろうし。」
「そうじゃなくて・・・。良治は女の子からいきなり結婚してと言われても平気?嫌がらない?」
「別に。好きな相手が望んでいるんだったら俺は受け入れるかな。まあ今の年齢だと言われても結婚できないけど。」
「・・・そっか。」
雫は嬉しそうに笑うと俺に引っ付いてきた。依存に近いのかもしれないが、雫は俺の事を恋愛的な意味で好きでいてくれるらしい。もちろん俺も雫の事がずっと前から大好きだ。独占したいと思っている。ただ付き合うのは難しいらしい。この時に俺の今後の目標が決まった。
雫は誰とも付き合うつもりがないと言っていたが、周りはそうはいかない。雫に告白する人や、俺に雫を紹介してほしいと依頼してくる人もいた。無論雫も俺も全て断っているが。だが、絵里や菜穂の事がきっかけで、雫は確実に成長した。他の人と普通に喋られるようになったのだ。自分から積極的に話すことはないが、話しかけられたら答えられる。当たり前のことだが、今まではそれができなかった。また、絵里や菜穂と仲良くすることで、雫は孤独になることなく、いじめの対象になることもなかった。
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「良治?聞いている?」
「!!ああ。悪い。ちょっとぼーっとしてた。」
俺は振り返りから一気に戻った。高校3年生になった今では、雫も表面上は男女関わらず話すことができ、俺と四六時中一緒にいなくてよくなった。登下校は一緒だが。おかげで絵里にしょっちゅう揶揄われている。菜穂は「お2人とも仲いいですね。」と微笑んでいたが。
「明日もバイト?」
「ああ。」
俺は高1の時からバイトを始めている。親には譲れない理由があるからバイトをさせてほしいと頼み込んだ。理由を説明すると、親は笑いつつ条件付きで許可してくれた。親の条件とは、しっかり勉強し、期末試験で平均点以上の点数をキープすること。俺は了承して勉強を頑張りながらバイトをしていた。
「なら、今日も家で勉強していく?」
「ああ。頼んでいいか?」
バイトのために塾に行くのは本末転倒なので俺は雫に勉強を見てもらっていた。雫は成績もトップクラスで教えるのがとてもうまい。だから小学校からずっとお世話になっている。雫も俺と一緒にいられるのが嬉しいのか、隙間時間は積極的に俺に勉強を教えてくれる。
「ねえ・・・。まだバイト続けるの?」
「いや。目途が立ったから来週で辞めるよ。」
「ほんと!?」
俺の言葉に雫が嬉しそうに笑う。バイトがある日は雫を送り届けて、そのままバイトに向かっていた。しかし1人は寂しかったのだろう。俺も彼女といられないのは寂しい。彼女に向かって俺は微笑んだ。
「ああ。ようやく準備が整うんだ。」
「高1の時からずっと言っていたね。何のためかは教えてくれなかったけど。」
「ああ。長かった。」
本当に長かった・・・。高1の時から必死にバイトをしてきたのだ。年数的には長くはないが、夏休み等の長期休みには短期のバイトを入れていた。だから雫と遊びに行く事があまりできなかった。雫も俺と遊びにいけず、寂しそうだった。絵里や菜穂が雫の家に遊びに行ったことはあるようだが、それ以外は、俺や家族以外と一緒に出掛けようとはしなかった。俺と一緒にいてもナンパやスカウトが来るのだ。やはり1人での外出は怖いのだろう。
雫の家にお邪魔すると、夜まで2人で勉強をした。もちろん不純な事など一切ない。ひたすら勉強だ。集中していたおかげで時間はあっという間に過ぎた。終わった後、雫のご両親に挨拶をして彼女の家を出る。
「雫。それじゃあまた明日な。」
「また明日。」
帰ろうと歩き出したところで、大事な事を思い出した。慌てて振り返る。
「雫。ちょっと待った。」
「?どうしたの。」
「2週間後のお前の誕生日、休日だろう?ちょっとついてきてほしいところがあるんだ。悪いけど付き合ってもらってもいいか?」
「?わかった。私も良治に渡したいものがあったからちょうどいい。」
「そうなのか。でも、先に俺の用事からでいいか?」
雫は不思議そうに首をかしげるが、頷く。
「うん。別にその日であればいいから。」
「助かる。じゃあ、10時に迎えにくるから。」
「わかった。」
「それじゃあまたな。」
「またね。」
雫は家に入る。それを見て今度こそ俺は家に向かって歩き出した。よし、約束は取り付けた。あとはそれに向けて準備するだけだ。
それから2週間は準備やらであっという間に過ぎた。そして雫の誕生日。俺は時間通りに雫の家の前に立ち、雫の家のチャイムを押す。
チャイムを押すとすぐに雫が出てきた。準備をしてくれていたのだろう。おしゃれをしており、とても綺麗だった。いつもより綺麗な雫に胸が高鳴る。
「待たせたか?」
「ううん。私もちょうど準備が終わったところ。」
「良かった。その服すごい似合ってる。綺麗だよ。」
「ありがとう。」
褒めてほしかったのだろう。俺の言葉に雫は嬉しそうに笑った。
「じゃあ行こうか。」
「何処に行くの?」
「ここから30分ちょっとぐらいかな。電車にも乗る。」
「楽しみにしていい?」
「もちろん。ちょっとしたサプライズだ。」
「期待してる。」
そういって雫が笑う。おそらくいいところのレストランでも予約していると思っているのだろう。だがその予想は外れだ。こちとらこの日のためにずっと計画していたんだからな。驚いてもらわないと困る。そして笑ってほしい。
電車と徒歩に揺られること30分。俺達は小さな教会の前にいた。俺は雫に向き直ると彼女に向かって笑いかける。
「着いたぞ。」
「ここ?教会に見えるけど。」
「ああ。教会だ。中に入ろう。」
不思議そうに首をかしげている彼女を連れ、俺達は教会の中に入る。神父さんは中で待っていてくれて、俺達を見ると近寄ってきた。
「お待ちしていました。」
「こんにちは神父さん。今日は無理を言って場所をお借りしてしまい申し訳ありません。」
「いいえ。今日は礼拝がありませんでしたので構いませんよ。未来ある若者達に幸あれ。」
「助かります。」
「では私は席を外しますね。終わりましたら声をかけてください。」
「はい。」
「え、え?」
混乱する雫をよそに俺は神父さんと話をすると、神父さんは奥へ引っ込んでいた。
「さ、雫。こっちへ来て。」
「う、うん。」
混乱する雫を連れて俺らは祭壇の前に立つ。緊張して吐きそうだが、ここで逃げるわけにはいかない。心の中で自分に喝を入れる。
「雫。そっちに立って。」
「う・・・うん。」
雫と向かい合って立つ。雫も何を言われるのか、なんとなく察したのか、顔が赤い。俺は雫の目をまっすぐ見つめる。
「雫。」
「・・・うん。」
「俺は雫の事が好きだ。これからもずっと一緒にいたい。」
「良治・・・。」
「でも雫にとって付き合うというのが不安定なのは知っている。だから・・・。」
俺は、雫の前にひざまずいて、ポケットから小さな箱を取り出した。そしてそれを開ける。それを見て雫が息をのんだ。その中には小さな指輪が入っていた。
「俺と結婚してください。」
「・・・。」
雫は完全に固まっていた。もしかしてという期待が当たっていたのと、信じられないという思いがせめぎあっているのだろう。対する俺もドキドキしていた。さすがに勝算もなくこんなことはしないが、ドキドキするのは止められない。
どれくらい時間が経ったのだろうか。とてつもなく長い時間が経ったと思ったが、実際の時間は1、2分くらいだろう。雫を見つめていると、唐突に雫の両目から大粒の涙が零れ落ちた。
「し、雫?」
「ずるい!!こんなの。こんなの・・・。」
「ずるいって・・・。この日のためにずっと頑張ってきたんだぞ。それで答えは?」
雫は泣きながら満面の笑みを浮かべた。
「私も。私も良治が好き!!大好き!!ずっと、ずっと私と一緒にいて!!」
そういうと、雫は俺に向かって抱きついてきた。俺は慌てて彼女を受け止める。雫は俺に抱きつくと、そのまま大声で泣き出してしまった。俺は雫を抱きしめながらゆっくりと頭を撫でる。
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「落ち着いたか?」
「うん・・・。」
雫が泣き止んだ後、俺らは教会の椅子に並んで座っていた。手は恋人つなぎだ。雫は、まだ鼻をすすっている。
「でも驚いた。本当は私からプロポーズするつもりだった。」
「ああ。婚姻届だろ。」
「え?なんで知っているの?」
「おじさんに聞いた。」
雫が彼女の母親と出かけている時を狙って、俺は雫の家に行っていたのだ。そこで彼女の父親に雫が18歳になったら彼女と結婚させてほしいとお願いしたとき、彼は「君達は本当にお似合いだねえ。」と笑っていた。そして、雫が18歳になったら俺と結婚したいと直談判していると教えてくれたのだ。それを聞いたとき、俺は嬉しさで飛び上がりそうな気分だった。
2人で余韻に浸っていたが、雫は何か思いついたのか、慌てた顔で俺を見た。
「もしかして、バイトしていたのってこれのため?」
そう言って雫が左手の薬指にはめられた指輪を掲げる。俺は頷いた。
「それだけじゃないけどな。この後結婚指輪も買いにいくだろ?その分の金も用意しなければいけなかったし。」
「これだけじゃないの?」
「当たり前だろ。婚約指輪と結婚指輪は別だ。俺も雫とお揃いの物が欲しからな。まあ婚約期間はないけど、形式は重要だろ。」
「指輪のサイズは?」
「おばさんに測ってもらった。」
「そういえば、前に言いくるめられて測られた・・・。」
雫が悔しそうにつぶやく。雫の両親は小学校の時からの付き合いだから、大分前にこちらに引き込んでいる。ずっと俺が雫を守ってきたので、俺達が交際することは賛成なのだ。交際をすっ飛ばして結婚するというのには驚いていたが。
「え、じゃあ、お父さんが、私の説得にごねていたのは・・・。」
「俺がプロポーズするからだな。」
「私の苦労は・・・。」
雫ががっくりと肩を落とす。だが彼女の父親が雫の提案を渋っていたのにも理由があるのだ。俺は呆れた顔をして、雫の肩を叩いた。
「いや、おじさんが渋っていたのはそれだけじゃない。お前の提案がぶっとんでいたのもあったらしいぞ。18歳になったら結婚して、2人で同棲して、子供は2人欲しいとか言っていたらしいじゃないか。」
「良治は子供が欲しくないの?」
「欲しくないと言ったら噓になるが、それを考えるのはまだ早いだろ。俺たちはまだ学生だ。それに大学に進学するんだ。まだまだ親に甘えなきゃいけない。」
実際にバイトで働いてみてわかった。親達はすごい頑張って稼いで俺達に金をかけてくれている。万が一子供ができたら学業どころではない。そんな親不孝なことはできない。時間はあるのだ。2人で一緒にゆっくりと歩んでいけばいい。
「だから俺らはお互いの家にいながら、しっかり学業を頑張って、就職をする。そのうえでちゃんと結婚式をあげる。子供はそれからだな。」
「そこまで考えてくれていたの?」
「当たり前だろ。雫と一生仲良くいたいからな。」
「~~!!!!」
雫が声にならない声をあげ、バンバンと俺の肩を強く叩く。痛い痛い。
「だからお互い頑張ろう。まずはいい国立大学に一緒に行く事が目標だな。」
「うん。頑張る!!」
「じゃあこれに記入してくれ。」
「え?」
そう言って俺は一枚の紙をだす。雫はそれを見て驚いていた。俺が出したのは婚姻届だ。
「書いて出しに行こう。休日でも受け取ってもらえるみたいだから。」
「私も用意したのに。なんで良治のものには両方の保証人の欄が埋まっているの?」
「そりゃあ、バイトするときに両親には雫と結婚したいからと理由を話していたし、おじさん達にも事前に記入してもらっておいたからな。」
「それで今日の朝、2人共ニヤニヤしていたんだ・・・。」
こちとら中学校の時に雫の思いを聞いて、高校1年生から入念に準備していたんだ。用意周到さをなめないでほしい。
「私が用意した紙は無駄になっちゃったね。」
「いいじゃないか。俺達が同じ思いだったことの証明だろ?」
「うん。記念に残しておく。」
「ちなみに、今日の夜は顔合わせだからな。」
「え?」
「こういうのはちゃんとしておかないとな。」
小学生からの付き合いなので、俺達の両親も仲良しなのだが、こういうのはちゃんとしておきたい。後からやっておけばよかったなんて思いたくないからな。まあ顔合わせの前に婚姻届けをだすのは筋が違うだろと思わないでもないが、それはご愛嬌ってことで。
「さ、それを書いて、出しに行こう。そして指輪を買いに行こう。」
「うん。ね、良治。」
「ん?」
「大好き。ずっと一緒にいて。」
「もちろんだ。嫌だと言っても離さない。」
「それなら証明して。」
「証明?」
俺は首をかしげる。雫は恥ずかしそうに笑う。
「うん。」
そういって雫は目を閉じた。意味が分かって俺の顔は真っ赤になった。俺は緊張しながら雫の唇に自分の唇を合わせた。
時間としては1分もたっていないが、実際はずっとキスしていたように思えた。恐る恐る身体を離す。2人共顔が真っ赤だった。
「これからも大事にしてね。」
「ああ。雫がこれからも笑顔でい続けられるように頑張るよ。」
これから色々なことがあるだろうが、2人なら大丈夫だろう。キラリと光る指輪を見ながら笑顔を浮かべる彼女を見て俺は思うのだった。
(ああ。やっぱり君には何よりも笑顔が似合う。)
完全に余談だが、雫が結婚して、性が変わったというのは学園の一大ニュースとして駆け巡った。そして教師、生徒かかわらず、恋人がいない人達の脳を破壊したとか。そんなことを知るよしもなく、俺らは変わらず一緒にいるのだった。2人の左手の薬指には綺麗な指輪が輝いていた。
君には何よりも笑顔が似合う。 川島由嗣 @KawashimaYushi
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