第2話 天使と少女
屋敷を後にしたガルドは、城下の街を宿に向かって歩いていた。
その足取りは、幾分、軽く見える。
街の活気と喧騒の中。
ガルドが最後に見た街並みとは、だいぶ様変わりしていた。
街の賑わい、行き交う人々の表情が語っている。
領主が代われば、領地も変わる。
大通りの店先の角を曲がれば、滞在している宿に着く。
ガルドはゆっくりと角を曲がり、路地に入った。
音が消えた。
大通りから、人気のない裏通りに入ったからではない。
唐突な静寂。
生活感から切り離された感覚。
ガルドは、足を止め、身構えた。
右手の壁に向かい歩を進める。
半身を壁に預け、右手を剣の柄に伸ばす。
周囲を見渡し、気配を探る。
静寂。
「やーまだっ」
咄嗟に振り返る。
そこに居たのは、少女だった。
鮮やかな髪色、濃いめの化粧、飾り立てた長い爪。
大きめなカーディガンに、着崩したブレザーの制服。
左手には、開いたままの本を持っていた。
「期待、困惑、拒絶、逃避……わかるー」
「……なんで、お前……天野」
ガルドは声を絞り出した。
「変わってないよ、あたしはあたし」
少女は微笑む。
「逃げたら一つ、進めば二つだよ……ってこれ、なんのセリフだっけー?」
少女は微笑む。
「……でも、止まったら一つもないよ」
少女は微笑んだまま。
少女は持っていた本を閉じた。
「じゃあね、やまだ」
音が戻り、少女は消えていた。
路地には、ガルドだけが残されていた。
◇
翌朝。城下を出たガルドは、北の村と城下の間にある宿場、仲間との合流場所に向かった。
城下から半日ほどの距離、領内を横断し王都へ向かう街道沿いにその宿場はあった。
太陽が真上に差し掛かる前の宿場では、平時より人が多く、どこか物々しさを感じさせる。
各々が使い慣れた武器を手に、性別も人種も一様ではない者たちが集まっていた。
「ガルド」
一団の中から、一人の女が近づく。
「なんだ、これは」
「人手がいるって言うから、集めておいた」
ガルドの言葉にその女が返す。
「竜殺しの名前を出したら、すぐに集まったわ」
「……余計なことを」ガルドは吐き捨てる。
女は肩を落とし、ごめんと呟いた。
「いや、助かる。」
ガルドは視線を女にはやらず、集団を見回した。
「……あれもか?」
ガルドの指した先には、体に似合わない剣を不安そうに抱える少女が立っていた。小柄な、この辺りでは珍しい黒髪の少女だ。
「あの子?寄合所の前でうろうろしていて……」
女は言って、少女に手を振る。
「まるで襲ってくださいって言ってるような格好してたから」
少女は、女の視線に気付くと駆け寄ってくる。
「セリスさん」
少女は、見知った女を見つけた安堵からか、先程までの曇っていた顔の色が明るくなっている。
セリスと呼ばれた女は駆け寄った少女の肩に手を掛け、ガルドの前に促した。
少女は、目の前の大男の風貌に気圧されたのか、身を縮めて小さく会釈した。
「話を聞いてみたら、こんな時代に女の子が冒険者になりたいなんて言うから、面白くて連れてきたの、ほら」
セリスは少し笑いながら、少女に名乗るよう促す。
「あ、ショウコです。小波ショウコ」
見た目は十代に見える。
着慣れていない厚手の布鎧に、まだ新しい革のブーツ。
革の鞘に収まった剣を、いかにも不慣れな様子で両手に抱えていた。
「……ガルドだ」
短く名乗ると、ショウコの抱えていた剣に手を伸ばし、それを取り上げる。
「あっ」
急な事に困惑するショウコを意に介さず、剣の重さを確認する。
「……領主には許可を取れた」
セリスに一度、視線を送りガルドは続ける。
「四日後に正規の兵を寄越してくれる」
「数は?」
ガルドは、剣を鞘から半身抜き、刀身の具合を見ながら顔をしかめた。
「……十」
「あら、大所帯になるわね」
セリスはガルドから剣を取り返しつつ、応える。
「多ければ多いに越したことはない」
そう返しながら、ガルドは腰に吊るした短剣の中の一本を外すと、少女にそれを差し出した。
「これを使え」
戸惑ったまま落ち着かない様子のショウコは、差し出された短剣をじっと見て、息を飲む。
「あ、ありがとうございます」
恐る恐る手を出し、ショウコはそれを素手で受け取った。
「……なに……これ」
手にした短剣を握ったまま、ショウコの身体が固まる。
次の瞬間、その瞳から大粒の涙がとめどなく溢れ出した。
ガルドはその様子を訝しむ。
「どうした?」
ひっと小さな悲鳴をあげ、短剣が手から落ちる。
ショウコはその場に膝から崩れ落ち、嗚咽を繰り返す。
「……大丈夫?長旅で疲れていたのね」
異変に気づいたセリスが駆け寄り、うずくまる少女の背中をさすった。
「……ガルドさ……んっ」
息も切れ切れにショウコが呟く。
「……大変だ……ったん、ですね」
セリスは顔を上げ、ガルドを見た。
ガルドはただ黙る。
ショウコはその場に胃の中の物を吐き出していた。
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領主レオニールは動かない〜ならない系異世界転生譚〜 くろがね。 @kurogane104
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