第13話 裏十三座
この小説はとある作品の影響を多大に受けています。
似た設定ですがリスペクトを持って参考にさせて頂いております。
―――――――――――――――――――――――
夜の公園は、世界から切り取られたように静かだった。
街灯の丸い光の輪が地面に落ち、その境界の外では闇が濃く沈んでいる。
遠くの道路の走行音。風に揺れる木々の擦れる音。
――それだけが、この場所と“普通の世界”を繋いでいた。
その中心に、一人の少女がいた。
鷹宮迅花。
呼吸は整えているのに肺は熱く、全身の筋肉は戦闘の余剰熱を吐き出しきれず微かに震えている。
砂を掴む足裏。
固く結ばれた顎。
それでも背筋だけは、折れないようにまっすぐに保っていた。
対面に立つのは――男。
小柄で、どこにでもいそうな顔。
ただの夜の通行人にすら見える、地味な男。
だが、
「この世界の裏で“名前だけが歩いている男”」
――
彼は、ただそこに立っているだけで空気を変えていた。
背中が喧嘩を売っているわけでもない。
睨みつけているわけでもない。
なのに。
“この人は、殺し合いを知っている”。
身体が理解してしまう。
迅花は唾を飲み込む。
九郎は、手袋を一度だけ握り直し、短く言った。
「構えろ」
それは優しさでも、命令でもない。
ただの確認の声だった。
だから迅花は迷わず従う。
甲冑を着るように姿勢を作る。
余計な力を抜き、必要な部分にだけ命を通す。
――その瞬間。
男の足が、消えた。
正しくは、視界から外れただけだ。
だがそれを理解できるまでの時間が、致命的一撃に十分すぎるほど遅れている。
踏み込みが――速い。
軽い体重を、無駄のない身体操作で一点にまとめ、
衝撃だけを前へ。
九郎は、もう目の前だった。
拳が、腹に触れる。
触れただけ。
当たっていない。
止まっている。
――それでも、背骨の奥まで冷えた。
迅花の首筋に、遅れて冷たい汗が流れた。
九郎は、まるで日常会話の続きでもするみたいに言った。
「はい。今ので死んでる」
軽い声なのに、優しさも冗談も一切なかった。
ただ“現実”だけ。
迅花は息を止めていたことに気づき、静かに肺へ空気を戻す。
胸が少し痛い。
それでも、顔は上げたままだ。
「……っ、速すぎます……」
それは弱音ではなく、評価の言葉だった。
九郎は肩を回し、クッと首を鳴らす。
「お前、強いよ。“力”だけなら、俺よりずっと上だ」
慰めじゃない。
淡々とした戦場の採点。
迅花は眉を寄せる。
そんなもの――分かってる。でも、
「でもな」
九郎の目の色が変わる。
空気が一瞬、硬くなった。
「“勝ち負け”の話と、“殺し合い”は別のゲームだ」
歩く。
踏み込む。
呼吸すら一定のまま――九郎は再び懐に入った。
真正面ではない。
肩の後ろ。
死角。
骨に触れるほど近くで掌底が止まり、
膝が内腿を払う。
迅花は、反射で“強化”を走らせる。
骨が軋む音を、肉の奥で自覚する。
視界の隅が、白い火花で滲んだ。
それでも――踏み止まる。
倒れない。
九郎の口元が、わずかに緩んだ。
「いい反応だな。でも、“間に合わせる”のは素人の癖だ」
追い詰めない。
怒鳴らない。
嘲笑わない。
ただ――容赦だけがない。
攻撃はすべて、
当たらない。
けれど「当たれば骨は割れていた」距離で止まる。
迅花は、自分の心臓が“敵”の音をして脈打っているのを理解した。
身体はついてくる。
力もある。
反射もある。
――でも、“心”が一歩遅い。
だから、追いつくことができない。
「……師匠……」
乾いた喉から、やっと言葉がこぼれた。
「なんで……そんなに迷いが無いんですか」
その質問は、ずっと胸の奥で渦巻いていた疑問だった。
九郎は、少しだけ目を細める。
笑ってはいない。
けれど、敵を見る目でもない。
「簡単な話だよ」
一歩。
砂が、柔らかく音を立てた。
「俺は“勝とうとしてない”。」
冷たいほど穏やかに言う。
「“負けないように”動いてねぇ」
そして――静かに言葉を落とした。
「“お前を殺すつもり”で動いてるだけだ」
夜風が止まる。
時間が止まったように感じた。
迅花の背骨に、氷を流し込まれたみたいな感覚が走る。
恐怖ではなく――理解。
ああ。
私はまだ、この場所にいない。
戦いじゃない。
勝負じゃない。
“生きるか死ぬか”の場所。
私はまだ、その覚悟を身体にまで落とし込んでいない。
九郎は攻撃を止め、ベンチへ歩き、腰を下ろした。
水を飲み、肩の力を抜く。
そして、何気なく言った。
「腰、座ってる。無理やり立ってるだけなの、丸見え」
茶化しみたいな調子なのに、優しくない。
――甘くもしない。
迅花は、静かに隣に座る。
心臓はまだ、落ち着くふりをしながら暴れていた。
沈黙。
短いけど、逃げ場のない沈黙。
風が通り抜ける。
迅花は唇を噛み、やっと言葉を押し出した。
「……怖いんです」
声が震えないようにするだけで必死だった。
「この力が。
慣れたら、もっと遠くまで行けるって分かる。
でも……どこに辿り着くのか、分からなくて」
九郎は煙草を取り出しかけ――躊躇い、戻した。
星空を見る。
「怖いって言えるうちは、まだ健全だよ」
それだけ言って、立ち上がる。
「続き。あと三本。それで今日は終わり」
迅花は――笑っていない顔で、でも確かに前を見た。
「はい。……お願いします」
踏み込む音が、夜の公園にもう一度響いた。
その音は、
確かに“戦場の入口”の音だった。
――――――――――――――――――――
公園の訓練が終わる頃には、夜はさらに深くなっていた。
街灯の下。
ベンチに座る九郎は、最後の一口の水を飲み干し、ペットボトルを潰す。
視界の端――まだ立っている迅花。
最後の衝突で震える膝を、意地と根性だけで止めていた。
(……まだ、震えてるな)
胸の奥が少しだけ重くなる。
――彼女は強い。
常識を超えた身体能力。
異常値の反射神経。
すでに「怪異の土俵」に片足を乗せている存在。
だが――
戦場では、まだ“子ども”だ。
(普通の女の子なら、とっくに壊れてる)
そう思って、苦笑する。
本来なら、学校で笑って、恋して、悩んで、
将来を語る年齢だ。
迅花には、それが無い。
彼女の力は、
“普通の人生”という器には入りきらなかった。
だから暴力に進んだ。
だから「殴る理由」を求めた。
本来なら“道を踏み外した少女”として、
社会は切り捨てただろう。
だが――
(それでも折れなかった)
倒れていい場所で倒れず、壊れていい瞬間で、まだ踏み止まっている。そして今、震えながらも前を見ている。
(それだけで十分だ)
九郎は目を閉じる。
守りたいからじゃない。
情に溺れたからでもない。
ただ――
(放っといたら、この国の“結界”が壊れる)
迅花ほどの戦闘力なら――裏の連中は見逃さない。
“狩り手”にもなるし、“極上の商品”にもなる。
この力を放置するのは、事故を放置するのと同じだ。
だから。
(育てる方が、まだマシだ)
刃物は、手入れをすれば“道具”になる。
放置すれば“事故の原因”だ。
彼女は――世界を壊す事故になり得る。
だから鍛える。
叩く。
叩いて矯正し、同時に守る。
それが、はばき九郎という男の――
最も残酷で、最も優しいやり方。
「師匠」
呼ばれて振り返る。
迅花は、呼吸を整え終え、まっすぐ立っていた。
九郎は肩を竦める。
(……弟子としては、悪くねぇ)
素直で。意思があって。
一度折れても立ち上がる。――それだけあればいい。
ほんの少しだけ、表情が緩んだ。
(あの母親の顔、もう泣かせたくねぇしな……美人だったし)
絶対に言わない。ただ立ち上がる。
「迅花」
「はい?」
「次の日曜、予定を空けておけ」
「訓練ですか?」
九郎は、わずかに視線を逸らし――
「……鬼の棲処に行く」
「……はい?」
迅花は固まる。
公園の静けさだけが――
妙に現実感を帯びて響いた。
――――――――――――――――――――
数日後。
その夜。
迅花の胸に、わずかな緊張が根を下ろしていた。
けれど――恐怖は、不思議と少なかった。
代わりにあったのは、硬くて冷たい決意。
“鴉の弟子として歩く”。その選択をした以上、
もう普通の道には戻れない。
だから。
門の前に立った時。視界いっぱいに広がる――
巨大な屋敷と、静謐な庭と、冷たい空気。
そのすべてを見て、迅花は息を吸い。
ただ――静かに思った。
(ああ――ここが)
“鬼の住処”。
裏十三座――神楽坂家。
今、扉が開く。そして彼女は、
もう戻れない世界へ、また一歩踏み込んだ。
―――――――――
門は、ただ“開く”のではなかった。
境界が、ずれた。
そんな感覚だった。
金属音が静かに鳴り、巨大な扉が左右へ退く。
夕暮れの街と、屋敷の内部とが、わずかな隙間で繋がる。
そして。踏み込む瞬間――空気が変わった。
温度ではない。
湿度でもない。
気圧でもない。
世界の濃度が違う。ここは、この国の“奥底”。
鷹宮迅花は、ほんの一歩足を進めただけで、
肺の奥に冷たい水を流し込まれたみたいな錯覚を覚えた。
石畳。左右に伸びる松。
その奥に、時代から取り残されたような大屋敷。
――美しい。
けれど、美しさだけでは済まされない。
「行くぞ」
前を歩く九郎の声は、低く硬い。
いつもの無気力さではない。
戦場の匂いを知る兵士が――
“敬意”と“緊張”を同時に喉へ押し込んだ声。
迅花は横顔を見る。肩に力が入っている。
背中の筋肉も僅かに固い。
(……この人が、緊張してる)
理解した瞬間、喉が、乾いた。
“あの九郎さんが怖いと思う場所”。
――それが、この家だ。
―――――――
玄関に辿り着くと、襖が静かに開いた。
香のような微かな匂いが流れ出る。
音もなく正座した家人が頭を下げる。
客間まで案内される道中、
迅花は“何度も、人の影を感じた”。
見られている。襖越し。柱の陰。
目には見えない距離の向こう。
――視線。
温度のない視線。
ただの興味ではない。敵意でもない。
「ここに足を踏み入れた者に――資格があるかを見ている」
そんな視線だった。
喉が動く。
唾を飲む音が、自分だけに聞こえるほど大きい。
―――――――――――
畳の匂いが落ち着いた。客間は静かだ。
落ち着くはずの和室が、なぜか狭い。
圧がある。壁が近いわけでもない。
部屋が狭いわけでもない。
ただ、“部屋の密度”が高い。
座布団に膝を置く。背筋が勝手に伸びる。
街の不良に囲まれても笑えていた少女――迅花が、
今は一言も発せない。
沈黙。
ただ、それだけでここは“試される場所”だと分かる。
―――――――――――
襖が。
音もなく。
開いた。
「よく来たな、九郎」
声は、柔らかかった。
しかし。その声と同時に――
部屋の空気が一段階、重くなった。
入ってきたのは、小柄な老人。
だが、背の低さも、年老いた体も、
その一歩の意味を少しも薄れさせていない。
歩くだけで、部屋の温度を支配する男。
神楽坂家 当主。
“鬼の血を引く”と噂される一族の――中心。
九郎は、無言で深く頭を下げた。
迅花は、その角度を見て息を飲む。
――これが、はばき九郎の“最敬礼”。
その意味はひとつ。
命を預けたことのある相手。生死を共有した相手。
ただの上位者ではない。
この家は――彼の“背骨のひとつ”だ。
老人の視線が、ゆっくりと迅花へ向いた。
刺すような鋭さはない。
ただ、深い。
水底のような、静かな深さ。
逃げられない。誤魔化せない。
心の奥まで、覗き込まれる。
迅花は、無意識に膝へ力を込めた。
“品定め”ではない。“審査”だ。
「その娘が――お前の弟子か」
老人の声は穏やか。
しかし言葉は、軽くない。
迅花が息を整え、静かに頭を下げた。
「迅花と申します。……ご挨拶が、遅れました」
声が震えないよう、必死に丁寧に吐き出す。
老人は、わずかに口角を緩めた。
「素直な目だ」
一瞬――救われた気がした。
だが。次の言葉は、容赦がなかった。
「だが、“守られた子”の目でもあるな」
胸の奥が――刺さる。
まるでそこに指を差し込まれ、
真実だけを言われたみたいだった。
迅花は顔を上げることができなかった。
(分かってる)
母に守られた。九郎に守られた。
誰かに何度も救われてきた。
強いくせに。戦えるくせに。
肝心な所で、“守られる側”に座ってしまう。
その弱さを――見透かされた。
隣で、九郎の拳が、ほんの僅かに握られたのが分かった。怒りではない。否定ではない。
責任。
“この子をここに連れて来た責任”。
“弟子と名乗った責任”。
そのすべてを、自分が負うという――
戦場の兵士の手だ。
その時。
襖の奥から、足音。
柔らかい。控えめ。しかし躾の行き届いた音。
「お父様、お飲み物を――」
現れた娘は――静かな美しさを持っていた。
整った所作。
気品。
しかし彼女の視線は、九郎を見た瞬間。
止まった。ほんの、一拍。
そして。心臓に触れるほど、
淡く、切なく、強い光が宿る。
胸が――苦しくなった。
迅花は理解してしまう。
これは、単なる“昔馴染み”の目ではない。
“長い時間、胸の奥で育て続けた想い”。
“言わなかった感情”。
女の目。頬に柔らかな色が差す。
彼女はすぐに表情を整え、迅花の方へ向く。
その目は優しい。
だが。同時に――揺るがない。
“あなたがどれほど側にいようと。
私はこの人を手放さない”
そう語る視線。敵意ではない。
ただ――決意だけが、静かに燃えている。
迅花の胸に、痛みに近い熱が走る。
(ああ……)
九郎さんは――こんな場所で、
こんな関係と、こんな想いと一緒に生きていた。
自分がまだ知らない世界で。
それを知るのが、少しだけ怖く。
そして――誇らしかった。
老人が小さく笑う。
「……九郎。お前は相変わらずだな」
九郎は顔をしかめた。
「勘弁してください」
少しだけ、いつもの九郎が戻った。
その瞬間――部屋の空気が、わずかに軽くなる。
しかし。“軽いだけ”で終わらない。
この家は、優しい。
だが――それ以上に、恐ろしく、徹底している。
“守るためなら、何でもする”。
笑っていられる今は、彼らが“笑うことを許しているから”。
もし――もし、この家を本気で敵に回せば。
存在ごと、消える。迅花は、骨の奥で理解した。
ここは、
化け物の家。
優しすぎるがゆえに――怒りが世界を焼く。
だからこそ。
味方でいてくれる限り、これほど心強いものはない。
――――――――――――――――――――
屋敷を出た瞬間、九郎の肩が僅かに緩んだ。
「……疲れた」
珍しく吐息みたいな愚痴。
迅花は横目で見る。
「怖いんですね。神楽坂さん達……九郎さんでも」
少し間があり――彼は苦笑した。
「当たり前だろ。命の恩人だし……敵対したら俺でも死ぬ」
それは、冗談ではなかった。
迅花は拳を握る。
こんな世界を、この人はずっと歩いてきた。
ただの戦闘屋じゃない。
ただの裏社会の人間じゃない。
“鬼の家に恩義を持ち、笑って踏み込める男”。
それが――鴉という男の、背負っている世界。
そして今、自分もその影の中に足を踏み入れている。
怖い。でも。
それ以上に――悔しくなかった。
それだけの世界に、この人の隣で立てていることが。ほんの少しだけ、誇らしかったから。
―――――
神楽坂家を出た帰り道。空気は冷えてるのに、頭の中だけが熱く落ち着かない。
さっきまでの屋敷の静けさと圧。
九郎さんの張り詰めた横顔。
私は、黙っていられなくなった。
「さっきの……“裏十三座”って、結局何なんですか」
歩みを止めずに聞くと、隣の男が肩をすくめる。
「……日本の、裏の“本当の支配層”みたいなもんだよ」
軽い口調。でも、冗談の色は一切ない。
「表で政治家とか財閥とか大企業が偉そうにしてるだろ。でもな、ああいう“表舞台”より、もっと古くてえげつない連中がいる」
夜風が吹く。街灯が路地を照らす。
「戦国時代も江戸も、戦争もバブルも、今の時代も。ずっと裏から日本の“汚い仕事”を回してきた家柄だ。
呪術、暴力、金、情報……“人間じゃどうにもならない領域”を仕切ってきた連中」
九郎さんはポケットに手を突っ込んだまま、吐く。
「だから“裏十三座”。
裏社会の頂点であり、神話と現実の境目に立ってる化け物一族の集合体だ」
「……怖い人達、なんですね」
私が呟くと、彼は鼻で笑った。
「怖いなんてもんじゃねぇ。
あいつらは“国家より長く生きてる悪意”みたいな連中だ」
そう言ってから少しだけ声を落とす。
九郎はポケットに手を突っ込み、歩調を緩めず言葉を続けた。
「勘違いするなよ、迅花。
裏十三座は“組織”じゃねぇ。“国”でもねぇ。」
夜風が首筋を撫でる。
「“神話と現実の境界線を越えた、人間族の異常進化”。それが、裏十三座だ」
その声は朗読するような冷静さだった。
「奴らは、権力を握ったんじゃない。
“世界に適応しすぎて、もう人間のカテゴリに収まらなくなった一族”だ」
迅花は、喉に何か硬いものが詰まったような感覚を覚えた。
――その生き方の果てにあるもの。
――選ばれたのではなく、残ってしまった者達。
それを“支配者”と呼ぶのなら。
この世界の裏側は、あまりにも静かに狂っている。
「ただ――全部が全部、悪じゃねぇ。
善性寄りだったり、中立だったり、狂犬だったり、救いようのない地獄だったり……色々だ」
「さっきの神楽坂家は?」
そう聞くと、ほんの少しだけ柔らかく笑った。
「……あそこは特殊だ。
“鬼の血”を引いてるなんて言われる一族のくせに、全員が優しい。優しすぎて、だから怒らせた時が一番やべぇ」
私はゴクリと喉を鳴らした。
「怒ったら……どうなるんですか」
「敵対者は“存在ごと消える”」
あっさりと言われたのに、背筋が凍る。
「神楽坂は、人殺しが好きでやるんじゃない。
身内を脅かす奴を“絶対に許さない”だけだ。
理不尽な悪じゃなく、“徹底した正義”に近い」
「神楽坂は、“攻撃的な悪”じゃねぇ。
“守るためなら、悪にすらなれる正義”だ」
一拍あって。
「だから俺は、あの家の連中に頭が上がらねぇ。
昔……命を拾われた。借りがある」
その言葉だけで、どれほどの出来事があったか察せられる。
聞きたい。
でも、聞いちゃいけないと思った。
「じゃあ、他の“裏十三座”は?」
そう尋ねると、九郎さんの目が僅かに険しくなる。
「いずれ、嫌でも関わる。お前が俺の弟子でいる限り、裏の空気は避けられねぇ。善玉、悪党、狂犬、怪物……色んな奴がいる」
そして吐き捨てる。
「迅花」
急に名を呼ばれ、顔を向ける。
「ここから先、お前は“普通の女の子”って道から、ゆっくり外れていく。俺のそばに居るってのは、そういう事だ」
脅しでも優しさでもない、ただの事実として。
夜風より冷たい現実。それでも――私は頷いた。
「……もう、戻れないですよ。
でも、今さら怖いなんて言いません」
九郎さんは呆れたように笑う。
「ほんと、お前は女の顔と戦士の根性が噛み合ってねぇな」
でもその声は、少しだけ優しかった。
歩く足音が、静かな夜に溶けていく。
裏十三座。
その名は、世界の底を覗いたみたいで――胸が苦しくなる。
でも私は知っている。
その地獄の中で戦って笑って戻って来る背中を、私はもう見てしまった。
だから、離れられない。
――これが、“鴉”の隣に立つってことなんだ。
――――――――
夜道を並んで歩きながら、
九郎さんはポケットに手を突っ込んだまま、少し顎を上げ空を見た。
「神楽坂は“守る鬼”。
善性寄りで、怒りだけが怪物級……そういう家だ」
そう前置きしてから、彼は言葉を続けた。
「でもな。裏十三家の全員がああだと思うなよ。むしろ、ああいう“まっとうな化け物”は少数派だ」
声色が僅かに低くなる。
「……まず、一番関わりたくねぇのが――」
「《鵺ノ宮(ぬえのみや)》」
九郎さんは吐き捨てる。
「“妖怪処理専門”。
穏健派は“任務として退治するだけ”。
問題は過激派。あいつらは“敵”じゃなく“資源”として扱う」
「捕まえて、飼って、売って、刻んで、薬にも商売にも使う。“人間の都合だけで存在を切り分ける”最低の連中だ」
低く、押し殺すような声。
――怒ってる。
それがはっきりわかった。
「対妖怪、怪異の戦闘力だけでいえば精鋭中の精鋭。プロの退魔師、軍隊上がり、魔術師上がり……“西側のPMCより訓練されてる猟犬”って感じだな」
そして、静かに付け足した。
「俺が一番ぶっ殺したくなるタイプの人種だ」
風が鳴る。夜の空気が重くなる。
私は何も言えなかった。
――――――――――――――――
「《 氷見(ひみ)家 ―― “情報の亡霊”》」
次に出てきた名も、聞いたこともないものだった。
「氷見家は“情報支配”。裏の諜報機関、影の役所、巨大な蜘蛛の巣みたいな家だ」
「政治家の不倫ネタから、スパイリスト、海外の軍事汚職、魔術社会の汚点、裏家の内輪揉めまで――
“知ってはいけない事”を全部握ってる」
「力じゃなく、“知ってる”ことで人を殺す家」
背筋が寒くなった。
「……戦わないんですか?」
そう聞くと、九郎さんは首を振る。
「戦わねぇ。“戦わせる”。
戦争を止めたり、起こしたり、裏社会の流れを“数字と情報”でコントロールしてる」
「敵に回したら最後、“人生そのものが詰む”。
逆に味方ならこれほど頼りになる奴らもいねぇ」
少し黙り、遠くを見る目で続ける。
「俺は……どっちにも借りがある。
だから氷見だけは、簡単に敵にも味方にも出来ない」
彼の言葉に、言えない過去の影が滲んでいた。
――――――――――――――――
「《 朱雀院(すざくいん) ―― “血統と儀式の家”》」
「朱雀院。“呪術・儀式・術式の正統家系”。」
その名だけで、空気が歪む気がした。
「古神道、陰陽道、仏教密儀、外来の儀式魔術――
全部を吸収して、血統に刻み込んでる」
「“人間でいながら、人間じゃない”連中だ」
「彼らは基本的に中立。国家より古い“秩序”に従って動く。だから、金でも力でも動かない」
「ただ、一度“裁定”を下したら――その相手は“運命ごと焼かれる”」
「味方でも怖い。敵なら絶望。
でも、世界が本当に壊れそうな時、真っ先に動くのは大体こいつらだ」
宗教でも政府でもない、もっと古い正義。
そんな存在がこの国の闇に眠っているなんて――
足元が、少しだけ不安定になる。
そして――
「他にもいる」
九郎さんは、夜空を見上げた。
「“医療と人体実験”を牛耳る家」
「“金と金融裏回路”を支配する家」
「“海外の闇市場と魔術ブローカー”を束ねる家」
「“戦争専門”の家」
「どれも、まともじゃねぇ。普通の倫理じゃ測れない連中だ」
私は、ぎゅっと拳を握った。
その“まともじゃない世界”の中に、私達は足を踏み入れている。
戻れない位置に、もう立ってる。
――でも。隣を見る。小柄で、普通の顔で、
だけど血だらけの闇の中から笑って戻ってきた背中。
私は、その背中から目を逸らしたくなかった。
「……九郎さん」
声が少しだけ震えた。
「敵が……増えますね」
彼は笑った。悪戯みたいに、でもどこか優しく。
「ああ。増える。だけど――」
「その分、“守るもん”も増えてるだろ」
胸が、熱くなる。
歩き続ける夜の道。
影は濃くなるのに、不思議と足は軽かった。
――裏十三座。
――日本の闇の支配者達。
その地獄の中で、私達はこれからも歩く。
でももう、怖いだけじゃない。
私は、鴉の隣に立つ――
その選択を、自分で選んだのだから。
―――――――――――――――――――――――
裏十三座
九郎曰く、裏社会の頂点であり、神話と現実の境目に立ってる化け物一族の集合体。
裏十三座・現時点判明勢力
神楽坂 ― “守る鬼神”
九郎が唯一、真正面から頭を下げる家。
善性寄り。怒りのみが怪物級。
一族全員が異能「鬼化」を継承してる。
鵺ノ宮 ― “
穏健派は処理。過激派は利用。
怪異を“産業資源”として扱う闇。
氷見 ― “情報の亡霊”
戦わない。動かない。
ただ知っているだけで、世界を支配する。
朱雀院 ― “術と血統の裁定者”
古代から続く秩序の守護。
裁定を下す時、その相手は運命ごと消える。
夜を歩く鴉と、待つ女たち @1192kuro
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