AIから始まるテロリズム

@tamakki

第1話 前編

 2060年、6月7日、東京。


 よく晴れたいい天気だった。日差しは白いアスファルトを強く照らし、反射した光で少し目がくらむ。


 日本を統治しているのはかつての大企業が作り上げたAI、通称ヒノマル。今や政治経済から農業、医療まで、あらゆる分野はヒノマルに委託されていた。


 仕事という概念は10年前くらいには完全に消えた。全員が自由なことを自由な時間に誰とでもできる時代だった。


 ヒノマルが毎月均等のポイント(お金)を国民に振り込み、貧富の差もなくなった。お金をどう消費するかだけを考えればよくなった。


 犯罪をする理由もないし、する前にAIにとめられる。


 そもそも誰も生活に不安なんて感じていないと思っていた。


 しかし、起きてしまった。


『あー、あーあー。聞こえますか?』


 その声は町中のスピーカーから響いた。ヒノマルが日本国民に発言をするときに使われるスピーカーだ。しかし、流れている音は若い男性の声だった。


『僕はテロリストです』


 人々がざわつき始める。みなスマホから目線を上げてスピーカーの方を見る。


「なんだこれは?」

「ヒノマルなのか?」

「なんか不気味」


 誰もそれを信じていない様子だった。


『要求は一つです。AI政権をなくしてください。さもなければ、明日地獄を見るでしょう』


 スピーカーは切れたような音を立てた。


「地獄? 何それ?」

「AI壊れた?」


 異様な出来事に声が大きくなっている。さっきよりざわざわしている。


 ピッ


 機械音が町中に響いた。


「……あれ? 私たち何してたんだっけ?」

「これからゲームするところじゃん」

「あ、そうだった」


 宙をさまよっていた目線はスマホに戻り、日常が始まる。


「湊斗、大丈夫か?」

「…いや、大丈夫」


 きっと覚えているのは俺だけだろう。


 いや、「AIが統治」というのは少し言い方が良すぎるかもしれない。「AIの支配」のほうがしっくりくる。


 俺は何度も経験をしたから分かる。あの機械音は記憶を消す合図だ。


 そして俺はそれを免れた唯一の人間だった。




「地獄ってなんだろうな」


 俺は寝床の電気を消す前に一人でつぶやく。


 結局あのせいで俺は今日ほとんど楽しめなかった。


 何か嫌な予感がした。二年前と同じくらいの嫌な予感……。


「湊斗? 大丈夫か? 様子変だぞ?」


 友達にも感づかれてしまった。全部、あの日のせいだ。




 それは6年前の出来事。


『あぶない!』


 野球をやっていた時、友達の手から滑ったバットが俺の頭に当たった。頭がじんじんして、周りがきらきらした感じだった。


 ピッ


『あれ? 今の音なに?』

『音? 音なんてしたか?』

『そういえば、さっきの火事は……』

『火事って何の話?』


 あの日から、俺だけ忘れなくなった。



 俺は胸騒ぎする自分の心を落ち着かせながらつぶやいた。


「二年前のようなことが起こらなければいいのにな」





 次の日。俺は目覚めの悪い朝を送る。ほとんど眠れなかった。


 二年前のことを思い出してしまう。


『あそこに……。死体が……』


 そいつと目が合って背筋が凍る。


『死体? あっち側は壁よ? 何を言っているの?』


 プルルルル、プルルルル。


 電話が鳴っている。俺は急いで出る。


「今日も遊びに行こうぜ!」

「……。今日はやめようよ」

「は? なんで?」

「……いや、いやな予感がして……」

「何言ってんだ? いいから行くぞ」


 ブチッ。切られた。いくしかない。重い腰を上げて、大きく息を吸って、大きく吐く。


 俺は身支度を整え始めた。





「なんか浮かない顔だな? どうした? 湊斗」

「いや……、なんかね」


 俺たちは町を歩いていた。好きなレストランに行くところだ。AIが作るからどれもおいしいけど。


 ただ歩いていた。それだけのつもりだった。


 バタバタ……。聞きなれない音がする。


「なんだ? あれ?」


 友達は空を見上げた。俺も続けて空を見上げる。


 ピッ ピッ ピッ


 見てはいけないと分かっていた。AIが必死に記憶を消そうとしている。


「なんだ? あれ?」


 友達は記憶を失っても、また異変に気付いて空を見る。


 そこにあったのはヘリコプターだ。扉は開いていて、中に人がいる。


 ドサッ


「ん? 何か落ちていないか?」

「落ちて……るね」


 それはどんどん勢いよく迫ってくる。俺は腰が抜けて、尻もちをつく。


 グチャ


 その効果音は爆弾でもガスでもミサイルでもなかった。


 赤い液体が俺の足元をかすめる。


「なんだ? これ?」


 それは人の死体だった。俺は血の気が引く。次から次へと同じ”もの”が落ちてくる。


 グチャ、グチャ、グチャ……。


 ピッ、ピッ、ピッ……。


 うるさい、うるさい、うるさい……。


「おい、湊斗? 大丈夫か?」


 普通に立っている友達を見て、俺は啞然とする。まるで俺の様子がおかしいかのように眉間のしわを寄せて言う。


「お前さ、最近おかしいって」


 周りを見渡す。みな平然としている。口が開いたまま閉じていない。顔がぼんやりしているような、きちんと意識を保っていないように見えた。


「は? おかしいのはお前らの方だろ! なんで目の前でたくさん死体が落ちているのに平然と……」

「死体……? あ、死体! ん、死体?」


 まるで壊れたロボットだ。その異様な光景に俺は口を塞げなかった。


「ていうかさ、お前知っていたでしょ?」


 無表情で俺を見つめる。その声に抑揚はなかった。


「今日嫌な予感がするとか言っていたし」


 こいつは死体を知覚しているのか? どうなっているんだ? 一体?


「なぁ、聞いているんだけど。お前」


 友達の顔がだんだん歪む。目の奥がじんわりと熱くなる。


「犯人だろ?」


 周囲の人が俺を見始める。その目はもはや人間のそれではなかった。


 俺は顔を伏せて走った。ただ走った。そうすることしかできなかった。


「逃げるなよ!」


 後ろから聞こえる声に感情と呼べるものは感じなかった。





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2025年12月28日 08:00
2025年12月29日 08:00

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