Final Stage:歩き出した五重奏の先に


絶唱の終わり、そして


ライブハウス『デッドヒート』を揺らした、命を削るような『Dream of Life』の最後の一音が消えた。


観客は静まり返り、次の瞬間、割れんばかりの歓声が5人を包み込む。


ナツミはマイクスタンドに縋り付くようにして、立っていた。


以前のように膝から崩れ落ちることはなかった。アンのギターが止まり、リンのドラムの余韻が消えるまで、彼女はその瞳に宿る光を絶やさなかった。


「……やりきったね、ナツミ」


ユイが隣で囁くと、ナツミは小さく頷き、初めて心からの安らかな笑みを浮かべた。


半年間の長い助走


ライブの翌日、ナツミは再び入院した。

しかし今度は「緊急事態」ではない。ステージを完走したことで得た、前向きな「再生」のためのリハビリ生活だった。


半年という月日は、彼女たちにとって止まっている時間ではなかった。


アンは病室で新しいコード進行を教え、リンは練習用のパッドを持ち込み、カノンはナツミの回復に合わせるように、より深く、より優しい言葉を紡ぎ続けた。


そしてユイは、リーダーとしてバンドの事務作業やスケジュールの管理をこなしながら、毎日ナツミの元へ通い続けた。


ゆっくりと、前へ


半年後。退院の日の朝。

ナツミは病院の玄関で、自分の足で一歩を踏み出した。


以前のように軽やかに走ることはまだできない。一歩一歩を確認するように、ゆっくりとした歩み。けれどその足取りには、二度と折れない強固な意志が宿っていた。


「焦らなくていいわよ」


アンがナツミの荷物を持ちながら、呆れたように、けれど優しく笑う。


「あんたがどんなに遅くても、私たちの音はあんたを置いていかないから」


「……分かってる。でも、止まりたくないんだ」


ナツミは空を見上げた。あの日、病室の窓から見ていた青い空よりも、ずっとずっと深く、鮮やかな青。


ユイの祈りと、神様への感謝


メンバーの後ろを歩きながら、ユイは静かにナツミの背中を見つめていた。


彼女の心の中に、温かな感情が込み上げる。


(……神様。あの日、あの子の命を、声を奪わないでくれてありがとう。あの子を私たちの元へ返してくれて、本当にありがとうございます)


ユイは空に向かって、心の中で深く頭を下げた。

完璧なハッピーエンドではないかもしれない。ナツミはこれからも通院を続け、激しいパフォーマンスは制限されるだろう。


それでも。


ナツミは生きている。声を枯らし、仲間と笑い、また次の「夢」を語っている。


未来の果てへの「Dream of Life」


「ねえ、ユイ。次はもっと広い場所で歌いたいな」


振り返ったナツミの瞳には、かつての焦燥(しょうそう)ではなく、未来を見据える静かな情熱があった。


《目に映るもの 全てが夢の欠片に見えた》


散らばっていた夢の欠片を拾い集め、5人はまた歩き出す。


走る速さではなく、共に歩き続ける強さを知った彼女たちに、もう怖いものはない。


ゆっくりと、けれど確実に。


神様さえ知らない彼女たちの人生(Life)という名の旋律は、どこまでも、どこまでも続いていく。

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神様さえ知らない未来の果てまで 南賀 赤井 @black0655

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