濁世
ざわし
第1話
私の家族は死んだと思っている。
その日の夜、数年前に離婚した父が帰ってきた。あれだけ父と仲が悪かった母が、父の車に乗れと言う。
しかも、大切な荷物だけ持ってこいと私に言った。
私と姉は、状況を説明されないまま従った。
その時、公園で拾ったきれいな石ころとか、今思うとくだらない物ばかりを鞄に入るだけ詰めた。
車はどんどん山の中へ向かっていく。
日が沈み少しづつ薄暗くなる中で、道も段々と細くなり、車で進むことが難しくなっていく。それでも、枝をパキパキと折りながら、車はそのまま山奥へと進んでいく。
しばらくして、車は道路の脇から崖下へ伸びる歩行者用の階段を無理やりに降りていった。
段の上を無理やりに走るものだから、車は激しく揺れている。
「お前ら、動くんじゃないぞ」父がそう言った直後、車に強い衝撃が走り、大きな音を立てて傾いた。窓から外の様子を見ると、後輪が道から半分くらいはみ出ており、その下は湖だった。
少しの振動で湖へ落ちてしまうくらいギリギリの状態で停車している。
心臓がバクバクと鳴っていた。
「これは心中じゃないよ。」母はとても落ち着いた声で私にそう言った。
どうやら、車は目的地へと到着したようだった。
「さあ、寝るよ」母は私と姉にこう言った。
「ここで寝るの?」「そうだよ?」「色々あったけど、お父さんと一緒に生きることにしたの」「そう」「今までお父さんにされたこと、忘れたの?」「…今思うと昔の自分がバカみたいだよ」
今まで受けた父から私たちへの行為や今までの辛酸をバカみたいの一言だけで片付ける事は、私には出来なかった。
それ以来、母からの言葉は無かった。
外からは、虫の鳴く声が聞こえている。
少しの沈黙の後、私は自分の荷物からきれいな石ころだけを取り出して、車から降りた。その時「さよなら」と言ったが、誰からも返事は無かった。
それ以来、私の家族は死んだと思っている。
濁世 ざわし @zwshi
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