【喫茶雑談】オシャレなカフェで少女と青年が、とりとめのない会話を繰り広げるタイプの話。

天然えび

第1話 喫茶雑談

喫茶雑談


***


とある街の昼下がり。


予備校に通う青年──ミツイ・コウは、駅前のロータリに数匹の雀が並んで止まっているのを見つけた。ふと顔を上げてみると、曇天とは違うがどこか似たような空模様が広がっている。


コウ(…これでは、羽を休めるしかないな)


そんなことを考えながら、彼はバスの出入りが激しい横断歩道を跨いだ。


黄色、赤、青。

ランプの色が、すれ違う人々の服飾品に反射する。


一方。道路の白線は、温かみのないギラギラとした太陽光を、ヤスリのような凶悪さをもって映し出す。


そのため、建物に挟まれた道に入ったとき、彼は心から安堵の息をついた。


コウ(もうすぐ、待ち合わせの時間だ…)


時刻を確認すると、彼は歩調を早める。


やがて歩道はデパートのショーウィンドウと面するようになる。


赤いテントが高級感と日陰を作り、店内と変わらない色を道端に滲ませていた。

それは、スカートの裾……あるいはハリ艶を保った古風なパラソル。


今度は建造物としてのデパートに目を向ける──タイル張りの近代的な構造だ。

その外観は、どこか直線的に見える。


コウは歩調を緩めて、道まで延びたデパートの入り口の階段を数段登った。

訪れるのは、清潔感と明るさのある屋内。


長く伸びるガラスケースと商品の横を通り過ぎ、エスカレーターで地下一階まで降りる。


目線の先に、デパートの地下街が広がった。


天井には照明が埋め込まれており、滑らかな平面が、どこまでも柔らかい発光を続けている。


そのなかで、盛り上がった室外機、赤と緑の警告灯などが、小さな存在感を放っていた。


どうやら柱によって均等に分けられた空間は、それら惑星と合わさりながら完成しているようだ。個々のエリアには店舗ごとの従業員が、シンプルながら格式を感じさせる制服で立っている。


…その一角に、目的の喫茶店はあった。


入口の扉はない為、コーヒー袋やレジ兼カウンターの隣を通り過ぎると、すぐにテーブルの並んだ喫茶店の飲食スペースに行きつく。


植物の影のスピーカーから、モダンなピアノソロが流れている。


微かにくすぐる、香ばしい焙煎豆の匂い。

帰り際に商品棚のコーヒーパックを購入するのも良いだろう。


コウは、ここで会う予定である人物を探した。


……すると見つける。


コウ「ごめん、お待たせ」


テーブルに座った少女がメニューを開いていた。


その少女──ミヤビ・アリスは、商品名を記載した紙の束を置きながら言う。


アリス「…大丈夫よ。いま着いたところだから」


コウ「それはよかった。注文は決めた?」


コウは二人用のテーブル席──その反対側の椅子に腰を降ろす。


アリス「まだよ」


コウ「自分はメロンソーダ・フロートかな…」


アリス「あなたメニューを見ないで決めるの?」


コウ「そうだよ、最初から決めてた」


アリスはしばらく迷ってから、コーヒーを注文した。

それに続けてメロンソーダ・フロートを頼む。


コウ「へえ…君も迷うことがあるんだね。メニューぐらい瞬時に決めるかと思ってたよ」


アリス「もしかして、それで事前に調べてきたの?」


コウ「うん。まあ」


アリス「そんな無駄なエネルギーを…」


コウ「無駄かな?むしろ、切羽詰まると余分なエネルギーを消費するだろう?

それに、家を出るときに消費したのは、ちょうどここで選ぶのと同じぐらいの時間だったと思うよ」


アリス「位置エネルギーのことを言っているの。あと…メニューを開いて、選んで、閉じる、こっちのほうが遥かに楽でしょう?」


コウ「たしかに、ここに来るまでずっとメロンソーダが尾を引いていたよ」


アリス「ほら。そうでしょう……」


そう言って、アリスは満足げな表情を浮かべた。


続いて注文していたドリンクが、ウェイトレスの手で運ばれてくる。


お皿とコースター。

その上には、コーヒーとメロンソーダ・フロートが、それぞれ置かれた。


しばらく、飲み物を口に含みながらの沈黙が続く。


周囲に目を向けた。


店内は黒を基調とした、シックな雰囲気だ。

二人の座るテーブルは、装飾された照明器具の下にある。


電球がガラス細工の向こうで、オレンジ色の光線を放つ。炎のように。


ただし。飲食スペースは、デパートから完全に隔絶されているわけではない。

外側のざわめきが、音楽に混じって微かに届いた。


ここの通路は、南館と西館の橋渡しになっているようだ。

仕切り越しに、洋菓子や海外雑貨の店が艶やかに覗く。


メロンソーダを飲みこむと、コウは切り出した。


コウ「君は、最近どんなことに興味があるんだ?」


アリス「そうね……AI占いかしら」


コウ「…え?」


アリス「意外なのかしら」


コウ「…まあね。えっと…心理カウンセラーや占い師が、失業するかもしれないんだっけ?……そういう社会学的な興味?」


アリス「いえ。“占って貰う事に”ハマってるの」


コウ「おお……大丈夫?」


アリス「心配しなくても、大丈夫よ。どの程度、AIのデータ処理が進化しているのか確認しているだけだから」


コウ「なるほど……『占い』というより、『心理テスト』をして貰ってる感じか。占いも統計的なパターンだって言うし、AIのそれも信憑性がありそうだ」


アリス「そうね。ただ、わたしが求めている『占い』は、もっと高尚なデータ分析によるものよ」


コウ「というと?」


アリス「──“こうなり易い”だけでなく、もっと別の論拠に基づいたデータモデル…とか。たとえば、物理学だって、実験の繰り返しから数理モデルを作り出すけど、

心理モデルとは違う論拠に基づいているでしょう?」


コウ「…単なるパターン予測なら、どちらにせよ、心理テストと変わらなくない?」


アリス「いいえ。例えば、“芸術家の勘”は科学的に証明された?そうした、説明が難しいものを指すのよ」


コウ「でも『なぜそうなるのか』なんて自明だろ?ひたすらにパターンを抽出したからだ」


アリス「確かに、最適化の結果であり、パターン把握の結果、というのは分かる。

……でも、芸術家の勘で例えたのと同じように、そこに納得のいく説明がつくとは限らないの。天体の運動などが、“たとえ正確に暦を作れていても”、ケプラーが説明する以前は、実像が謎に包まれていたように」


コウ「つまり…AIは謎に包まれたパターンを、これからもっと、大量に発見するということ?」


アリス「ええ。日常生活に溶け込み、社会調査では得られない個人情報などから多くのものを認識すると思うわ」


コウ「ビッグデータってやつ?」


アリス「違うわ。ビッグデータを加工したものよ。……人間であるかぎり、永遠に認識できないかもね」


コウ「人間をやめるのか…?そんな漫画の吸血鬼みたいなことを言わないでくれ。怖くなるから」


アリス「…理解できない力なんて、──厳密には違うけれど──『超自然現象』と言っていいわ」


コウ「それはよっぽどの場合だろう…?たとえば、ある日突然、“AIが未来予知を始める”だとか…」


アリス「あり得るわね」


コウ「はは、冗談…」


アリスはカップを口元に持っていくと、すこし傾ける。

そして、一息つくように呟いた。


アリス「……でも、シュレディンガーは近づいた」


コウ「え?」


アリス「彼だけじゃない。多くの物理学者が預言者に近づいたわ」


コウ「……客観的に見ると、シュレディンガーは賢いのか?」


アリス「なぜ、そんなことを……?どう考えても天才でしょ。客観的に見る必要がある?」


コウ「君は前に言っていた。──“知能は『現実の真理』に到達するまでの速度で測らないと、客観的ではない”って。シュレディンガーの作った方程式は、本人すら予期しないほど多くの物理現象を言い当て続けただろう?だから、その功績はどう評価するのかなって。……ところで、なぜ速度なんだ?」


アリス「速度で測るべきなのは、“ある人には到達できて、ある人には到達できない”なんて解答で測るのは独断的すぎるからよ。誰が正しさを保証するの?民主的に決める?それとも殴りあい?」


アリス「──真理が基準であるべきなのも似たような理由で、記憶力や計算力など、賢さを表す指標が多すぎるから。さらに、それすらも細かく分割される。ひとまず、最大到達点を決めるべきでしょう?」


コウ「でも、脳の構造とかで、過程をすっ飛ばして答えを導ける人もいるんじゃないの?」


アリス「それを分解して“全ての人”に道筋を納得させられない以上、科学ではなくなる。仮に正解であっても、その道筋は賢さの証明には使えない。まず組み立てができてなくてはいけないの。すなわち、知能というのは『過程』で測られるものよ」


コウ「なるほど。纏めると確かに、多くは勝手な評価基準の配合で『賢さ』を決めているな。“何かに到達するうえで最も速くなる配合”──それを導きたいのであれば、より客観的で科学的な視点に立つべきか」


アリス「結論として、シュレディンガーはやっぱり賢いということね」


コウ「……他人に『過程』を証明できる必要があるんじゃなかった?」


アリス「思考とはそもそも抽象的なものよ。だから、論理も真実妥当性という言葉でしか言い表せない。そして、彼は人間でしょう?だから、シュレディンガーの感覚をトレースするのは可能だと考えられる。同じ理由で、『偶然』正解に至るのも、そうなる理屈や必然性が証明されれば、“賢さ”に含んでもいいと思うわ」


コウ「つまり真理に到達するまで、俺が君より賢い可能性は残り続けるわけだ。夢があるな」


アリス「ただの夢かもしれないけれどね」


コウ「それでも、君には馬鹿にされずに済む」


アリス「馬鹿にしたことなんて、あったかしら…?」


不思議そうに首を傾げるアリス。


その姿は、どこか大人びていた。

服装も店内の雰囲気とマッチしている。


彼女は手を掲げて、店員に対してケーキを頼む。


コウは問いかけた。


コウ「タイムマシンは実現できると思う?」


タイムリープ系物語じみた質問に、アリスは迷うことなく返答する。


アリス「無理ね。私は、三次元の空間も物質も見たことがあるけど、時空間は見たことがないわ」


コウ「時間は見るものじゃない。感じるものだよ」


アリス「いや…日本語で説明してもらえる?お願いだから」


コウ「つまり、空間も時間も脳内に入ったら同じなんだ。どちらも感じるものだからね。だから、それを思考という空間における新たな原理にしようってわけ」


アリス「……???」


コウ「うーん…違ったかもしれないな」


アリス「……変な電波を送受信するのはやめて。それを伝播させるのもご法度よ」


コウ「ダジャレかい?」


アリス「細かいことは気にしないで」


コウ「でも、空間のみで、タイムスリップを実現できたりはしないのか?」


アリス「それがトポロジーや非ユークリッド幾何学による、タイムマシンの研究よ」


アリス「──ちなみに、それも難しいらしいわ。…あまり詳しくはないのだけれど、いかに空間を引き延ばしたり、また縮めたりしたとしても、未来の自分が出発地点に同時に顔を覗かせている状態は作れないそうよ。この問題を『時間的閉曲線』って言うらしいわ」


コウ「それは…騙し絵みたいな?」


アリス「ん…ぷぷっ!」


コウ「え。どうしたの?」


アリスは俯いてクスクスと笑い始めた。

必死に堪えようとしているが、収まらない様子だ。


コウは困惑した様子で尋ねる。


コウ「え…なに?何が面白かったの…?」


アリス「ふふっ、あなたが『エッシャーの《滝》』で、右往左往しているところを

想像したら、おかしくって、おかしくって…うぷぷっ!」


コウ「……エッシャー? “不可能立体のエッシャー”のこと…?」


アリス「三次元の住人である私たちよりも、二次元世界の住人の方が四次元空間に近いかもしれない、という事よ。あははっ!」


今度はコウが首を傾げる。

彼は、机のメロンソーダ・フロートに視線を移した。


ガラスの瓶、緑色の発泡した液体、溶け出した鉄のような氷。

そこに赤と白、キャンディ色のストローが刺さっている。


コウ「…にしても、不思議だ。いくら空間を捏ねたり捻ったりしても、タイムスリップの状態が作れないなんて」


アリス「どうして?わたしは寧ろそんな状態が作れる方が、不思議だと思うけど。

……バラツキがあったとしても、全ての時間が前方に進んでいる空間では、移動したところで過去には戻れなさそうでしょう?たとえワームホールがあっても納得できないわ」


コウ「多分、それは俺と君の思考方法の違いだね」


アリス「ええ、きっとそうね」


やがてアリスの頼んだケーキが、テーブルに届けられる。

生クリームにかかった白いパウダーと、繊細にカットされたイチゴ。

美味しそうなショートケーキだった。


コウも飲み物の残りが心許なくなってきた為、メニューとのにらめっこを開始した。

……冷えた腹を暖める目的なのか、ホットケーキを注文する。


彼は注文を終えると、机の端にメニューを立て掛けた。

そして、再びアリスに向き直る。


コウが言う。


コウ「…そういえば。この前、貸した推理小説は読んでくれた?」


アリス「それなら持ってきてるわ。…手元に置いといても読まないでしょうし、汚すと悪いから返却しとく」


コウ「あれ…面白くなかった?」


アリス「……どうかしら?でも問題としているところが、よく分からなかったわ」


コウ「ああ…なるほど。たしかに物語の仕組みが複雑だと、謎自体も“まあ、そういうこともあるか”で流されてしまいがちなんだよね。文中に過度な伏線を詰め込んだりとか」


アリス「ええ。そうね、それだと文章自体に集中しすぎてしまうもの」


コウ「ちなみに、どんなところが気になった?他にも教えてほしい」


アリス「……いいの?」


コウ「ああ、怒ったりしないよ。俺が書いたわけじゃないし、なんでも言ってくれ」


アリス「…そう、それじゃあハッキリ言うわね。──まず、騙されるとかではなく、ただの迷路に誘われているような気がしたわ」


コウ「うん」


アリス「つまり、“なにが問題なのか”を覆い隠そうとしてくる感じ」


コウ「なるほど」


アリス「……ところで、パズルなどで重要なのは、言葉の定義──すなわち、問いの定義をハッキリさせた上で、回答者に新たな視点を提供することだと思うの」


コウ「ふむふむ…」


アリス「── にも関わらず、作中でたびたび『パズル』を名乗っているのが、非常に不可解で、非常に不愉快だったわ」


コウ「へえ……え?」


アリス「正直に言うと、読むのが苦痛だった。しつこい。作者が浪費した時間を、必死に読者へと押し付けてくるような感じ。本当にしつこい。なぜ碌な思いつきもなく推理小説なんて書くのかしら?アイデアを客観視してみればいいのに。そうすればきっと他人の視覚を汚すこともないでしょう。よく十万文字も引っ張ろうと思うわね。なーにが、“パズルのピース”よ」


コウ「そこまで言う?自分が作者だったら、たぶん…いや絶対に泣くよ?」


アリス「途中で耐えられなくなったから最後のページだけ覗いたのだけど、やっぱり意味が分からなかったわ」


コウ「ひ、ひどい!せめて最後まで読んでよ…」


アリス「ごめんなさい…でも本当に時間の無駄だったから。…ぶっちゃけ、推理小説はすべて時間の無駄だと思っているわ」


コウ「まった!まってくれ!……もういい、俺が悪かった」


アリス「…なら、この話はこれぐらいで終わりにしましょうか」


コウ「いや……。でも、やっぱり最後まで通して読むべきだろう?じゃないと、トリックの面白さもわからない筈だ」


アリス「解答から逆算して面白いと感じられないなら、日常において何の意味も持たない考え方ということよ」


コウ「…それは、読者本人がそう思うだけだろう?実際に騙される体験をすることで、初めて有用性を理解する場合もあるはず」


アリス「わかったから、“その子”をさっさと引き取ってちょうだい。二度と見たくないわ」


アリスはピシャリと冷たく言い放つ。


コウは本を受け取ると、籠の中のリュックサックに入れる。

…だいぶ肩を落とした様子だった。


そして。どこか悟ったような口調で言う。


コウ「……人間はいつか死ぬ存在だ」


アリス「そうとも限らないわ」


コウ「いいや、限るだろう。…運動することで、減衰し、やがて停止する。エントロピーの法則だ」


アリス「人間は物質ではなく概念的な存在よ。一般に“人間”という言葉は、そういった意味で使われる。だって、意識だけを機械に移そうとしている人たちだって、現実にいるでしょう?…だから、単語上の『人間』とは物質に依存した存在ではない」


コウ「それで?」


アリス「──つまり、“人間は死ぬ存在”だと言うなら、『計算機としての脳が、時間の経過によって停止する』と証明するべきよ。『プログラムとしての人間、それ自体に欠陥がある』という風に」


コウ「はあ…。でも、電脳化を試みている人たちは、あくまで死にたくないだけで、人間として生き続けるのが目的ではないと思うけどね」


アリス「そうかもね。…でも、わたしは“人間”という言葉をそう定義する。“私”という“数字”に終わりは無い」


アリスがケーキの皿を軽く持ち上げると…金色のフォークがケーキに食い込んだ。


白色と小麦色。

スポンジとクリーム、あまりの柔らかさに一瞬でフォークが皿に達してしまう。

その鋭く美しい断層に、少女は僅かに驚いているらしかった。


反対側でもコウが、フォークとナイフを手に取る。

銀色の鋭利なナイフが、ホットケーキを切り分けると、甘い香りと蒸気が漂う。


それを、それぞれ口に運んだ。


コウ「…君、手品には甘いのに、推理小説には厳しいよね。手品はたとえタネがくだらなくっても、楽しそうに見るだろう?」


アリス「ええ、マジックは飽きさせないしリアルだもの。それに、現実に起こっている事について考えるときは頭が回るの」


コウ「…そういえば。前に自作手品を見せてもらったよね?あのとき、手品について説明を受けたけど…なんだっけ?」


アリス「マジックの分類について独自の考えを披露したわ。…おそらく」


コウ「あーえっと…どんな?」


アリス「──視線について。マジックは観客の『視線外で成立させるもの』『視線外であることに気づかせないもの』『視線内でも理解できないもの』に分類される。わたしが披露したマジックは、『視線外であることに気づかせないもの』にあたる。……たしか、そんな感じよ」


コウ「…そうだったね。ところで最近、面白いマジックに出会ったりした?」


アリス「合わせ鏡の手品が印象的だったわ」


コウ「へえ…どんなやつ?」


アリス「無限に反射する鏡の前で、マジシャンが音楽のリズムに乗りながら指を鳴らしていると、そのうち鏡の中の指とタイミングが合わなくなっていく…というものよ」


アリス「──さらに、何度か鏡の位置の前後を入れ替えるたび、手前側の鏡を叩くことで、本物だとアピールしていたわ。そして、最後には両方の鏡を割って“どちらも本物”だと証明した」


コウ「そりゃすごい。でもタネは?」


アリス「まず、本当に観客席側の鏡を叩いているわけじゃなくて“観客席側からみた前後を入れ替えたのち”……つまり、もともと前側にあった鏡を後ろ側に入れ替えてから叩いていた」


コウ「なるほど。位置の前後を入れ替えたあとで叩くから、指を鳴らしている最中、観客席側の鏡は液晶画面の可能性があると。直接的な確認じゃないのは、確かに怪しいな」


アリス「そういうこと。移動の際は布を裏表に下ろしていたから、片面がディスプレイで、もう片面が鏡だったなら説明がつく」


アリス「──移動時の大きな車輪の音、似た姿の黒子、また、タイミングは違うものの……観客それぞれに“鏡が視覚外になる瞬間”があった。後から角度ごとの録画を繋ぎ合わせない限り、方向転換の有無は判別できない」


コウ「えぇ?バレそうに思えるけどな…」


アリス「あまりに堂々としているから、鏡が両面であることを念頭に置かないと、違和感を感じられないの」


コウ「でもそれだと、おかしくないか?相互に手前から奥へと入れ替えるのであれば、後ろにあった鏡は、“鏡のまま”になるはず」


アリス「そうね。どんな手を使ったと思う?」


コウ「うーん……別に大鏡が二枚なくても、こう“永遠に反射し続ける状態?”は作れるんじゃないかな?そこが誤謬…というより、思い込みの肝になっている気がする。どうだろう」


アリス「“永遠に反射し続ける状態”──それは『ドロステ効果』と言うわ。そうね……たしかに、観客から見える鏡面が“合わせ鏡”の状態にあるといえども、“向かいのもう一枚も鏡になっている”という結論は導けなさそうに思える」


アリス「──ただ、『合わせ鏡』ではなく、『人間が挟まれた状態の合わせ鏡』よ。それを念頭に入れると、やっぱり人間を挟んだ状態で鏡が置かれている必要がある」


コウ「言葉遊びみたいだ」


アリス「ところが実際は、あなたの考えの方が言葉遊びになっているわ。よく思い返してみて」


コウ「……で、結論は?」


アリス「結論としては──『連続して鏡を前後させるのではなく、一度入れ替えたら鏡を横に並べ、手順をやり直す』というものだったわ」


コウ「それだけ?わざわざ聞く必要なくない?」


アリス「それが“自然”だと思ってしまう……ということが言いたかったの。カードで例えると、──わざわざ『シャッフル』する必要も『並べる』必要もないけど、その動作には不自然さが漂わない──といった感じね。想像しやすいんじゃない?」


コウ「なんか、ディベートバトルみたいだな」


アリス「手品はディベートよ。構成の違和感や論理的飛躍が重要視され、同時に警戒される。でも、バレなければそれで良い」


アリス「──あなたのように、“直接的でないのは怪しい”と感じる人もいれば、それに騙される人もいる。そういうもの」


コウ「ふぅん。じゃあ、そのマジックを分類すると?」


アリス「『視線外で成立させるもの』と『視線外であることに気づかせないもの』の両方だと思うわ」


言い終えると同時に、アリスはコーヒーカップを置いた。


アリス「──そろそろ時間ね」


二人の前には、平らげられたケーキの皿と、空のカップがあった。

ショートケーキもパンケーキも、痕跡を残すのみだ。


コウ「…そうだな。今日は楽しかった」


アリス「ええ。機会があれば、またこうしてお茶しましょう」


お互い。その日が訪れるのは遠くない気がした。



~終~

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【喫茶雑談】オシャレなカフェで少女と青年が、とりとめのない会話を繰り広げるタイプの話。 天然えび @1o27

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