第8話

 最終レースもスタンド横の芝で背中を温めながら二人で眺めた。

「私な、『スズカ』って名前やねん」

 彼女からの唐突な自己紹介だった。

大伯父おおおじ? ……さんがね、付けてくれたの。ある時おばあちゃん経由で由来を聞いたら『馬から名付けた』って――」

 午年生まれ、誕生日は十一月一日。馬好きの男からすれば付けない選択肢はない名前だった。

「一時期由来のせいで揶揄からかわれたことがあったけど、今はいい名前やなって思ってる。カレの分まで生きなきゃだし、さ」

 スズカは立ち上がってカバンから取り出したものを航太郎の右手に握らせる。

「おっちゃん、今日はありがとう。また会おうや」

 彼女は「きぃつけてな」と告げて、広場側から夕陽の向こうに消えていった。

 右手を開くと、カードサイズのチャック付きの袋に、二百円と彼女が間違えて買った馬券の片割れと少し褪せている昔のデザインの馬券が入っていた。

 仁川の芝に静かで涼しい風が吹き抜ける。


 今日は競馬人生で一番日だ。

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スズカはパドックを見ている 菜凪亥 @nanai_meru16

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