転生領主一代記

想いの力のその先へ

第1話

 雑草を掻き分けて、先導役の男が獣道を、道なき道を進んでいく。こんな道を進むには、あまりにも場違いに上等な――華美ではないが、実戦を想定した武骨な美しさをした――鎧を身に纏っている。

 金属が触れ合う耳障りの音を響かせ、男が振り向いた。


「坊っちゃん、もうそろそろ目的地ですぜ」

「そうか、わかった」


 黒髪を短く整え、男臭い笑みを浮かべる騎士。やつの名前はアスガル。アスガル・メシャン。

 俺のような男に仕えよう、だなんて奇特な男だ。


「まったく、ようやくですか……」


 俺の後ろでぼやく声が聞こえる。聞き慣れた声だ。もっとも、その声は震えていた。さもありなん。話ではもうそろそろ着くという距離ではあるが、日も陰ってきて肌寒くなってきている。俺の吐く息も白くなっている。

 それはともかくとして、声に聞き覚えがあるのは当然。なにしろ、その声の主とは小さい頃からの付き合いなんだ。


「ぼやくなよ、レグルス。それに運動不足ではないのか?」

「ははっ、違いありませんなぁ。青瓢箪のレグルスはもう少し動いた方がいい」


 俺の軽口にアスガルが乗っかる。その言葉に後ろで怒気か膨れ上がった。


「あまり、アスガルのような体力バカと比べてほしくありませんねぇ!」


 思いっきり、神経質そうな金切り声が上がった。がりがり、と土が蹴られ、削れている音が響いている。

 そんな男が浮かべているであろう表情を想像し、吹き出しそうになる。

 きっと、今のレグルスは理知的で神経質そうな整った顔を憤怒で歪めているだろう。なにしろ、幼い頃からの付き合いだ。俺の傅役もりやくとして教育を担っていた。


 そんな二人を引き連れている俺はアイン・アルデバラン。パルサ王国という軍事強国において辣腕を振るうイオス公爵家……の、配下の一家。アルデバラン伯爵家の、4男坊だ。

 本来、俺は部屋住みとして、兄たちの予備として飼い殺しになるのが残当。なのだが、ちょっとした幸運。あるいは不運によって、辺境に領地を賜ることとなった。


 本当に辺境も辺境。話を聞く限りによると、限界集落がまだマシ、というレベルの領地だ。それは道なき道を進んでいる現状でよく分かる。

 今だって、獣道があるだけマシ、なんてレベルの道を歩かされているんだ。先だって説明されてなければ、この先に集落が、俺の領地となるべき場所があるなんて信じられなかったに違いない。


 そんな僻地へ派遣、いや、左遷? ともかく、そういうことになった要因。それは俺の交友関係にある。

 端的に言えば小さい頃、俺は直接の主君であるイオス公爵家の令嬢、エレイン・イオスの従者とでも言うべき立場であり、彼女を通じてパルサ王国の王女。ライナ・パルサと知己を結んでいた。何て言えばよく聞こえるだろうが、なんてことはない。二人の遊び友達となっていた。


 それゆえに親父どの。アルデバラン伯爵家当主、トラス・アルデバランは俺の処遇に苦慮したのは間違いない。

 俺に、当時官吏として辣腕を振るっていたレグルス。レグルス・カマルをわざわざ傅役に充てたのがその理由だろう。それ以上に領の内政を軽視していた、というのも理由だろうが。

 なにしろ親父どのは占領した敵地から略奪すればいい、なんて蛮族思考だ。まぁ、中世染みたこの世界において、しかも軍事に振りきっているパルサ王国では、親父どのの思考の方が一般的だ。


 なら、俺が異端なのか。ある意味、その考えは間違えじゃない。軍事強国、しかも軍事閥所属なのに、内政に、民に心を砕く俺は間違いなく異端だ。

 そうなる理由、それは俺にいわゆる前世の記憶。日本と呼ばれる島国で暮らした記憶があるからだ。

 かの国は間違いなく平和ボケしていたが、それでも大国と呼べる国であり、教育にも力をいれていた。そして、あらゆる考えに基本寛容なお国柄であるのだから、中世の価値観と相違が出るのは必然だった。


「そういえばレグルス。わが領地はどんな感じだったかな?」

「アインさまぁ……。ちゃんと頭に叩き込んでおくように言ったでしょう!」

「分かってる分かってる、確認のためだよ」


 先ほどのやり取りもあって、まだ怒りが収まってない様子のレグルス。これ以上、当たられても堪らないので先に進むよう促した。

 そんな俺に不承不承、といった感じでレグルスはため息を吐いていた。


「まったくもう。しっかりしてくださいよ、アインさま。今から向かう領地は辺境も辺境。住人も50人にも満たない村です」

「そうだったなぁ、はぁ……」


 思わずため息が出る。

 そんな俺に、レグルスはこっちがため息をつきたい、と言いたげな雰囲気を漏らしていた。まぁ、そこはうん。理解できる。

 レグルスからすれば官吏として出世街道を進んでいたはずが、急に部屋住みの飼い殺し。期待されていない四男の傅役にされたのだ。

 本人からしたら、勝手に出世コースからはずされて閑職へ左遷されたのだから、腐るのも無理なかった。


 それは俺にしてもそうだ。

 前世は一般的、と言えるかは分からないが、少なくとも犯罪を行ったこともない。模範的な国民だったはずだ。

 それが、いつの間に死んだのか、他の要因か分からないが、アイン・アルデバランという貴族の四男坊に産まれ、部屋住みとして飼われるはずが、ライナ、エレインという二人の少女と出会ったことで辺境、名ばかりとはいえ、領地持ち貴族の端くれとなろうとしている。


 偶然とはいえ、俺の望みのための足掛かりができた。

 ライナを、幼馴染みを助ける。あの心優しく、人より傷つきやすい女の子を救うための基盤を築ける。そんな機会が巡ってきた。

 今も彼女は怯えているはずだ。王宮という伏魔殿に。かつて仲の良かった腹違いの妹が命を落とした魔宮に身を置いている、という恐怖に。


 かつて二年前。俺、ライナ、エレインと最後の一人。王宮内の謀略により命を落としたアンリ。ライナよりも継承順位が低いにもかかわらず、8歳という幼さで儚くも命を散らしたアンリ。彼女のように殺されたくないから、王位継承権を破棄し王宮から離れたい。という彼女のささやかな願いを叶えるため。

 それだけじゃない。俺にとってライナ、エレイン、そしてアンリ。三人を妹のように思っていた。まぁ、エレインは肉体年齢的には彼女が年上なので、向こうはこちらを弟と思っているかもしれない。

 そんな子たちを守りたい。それが俺の純粋な思い。願いだ。それに――。


「あいつらには悪いが……」


 彼女らが幼いなりにこちらを異性として見ていたのは理解している。だが、その想いに応えるわけにはいかない。俺という立場が許されない。

 それに、アンリも守ることができなかった。その罪滅ぼし、というつもりはないが。残された彼女たち、ライナを守る。

 そのためには力をつけなければいけない。それは武力だけ、という意味じゃない。権力、財力、影響力、あらゆる意味で、だ。そのための基盤は用意された。あとは……。


「俺にその才覚があるか、ということか……」

「どうしました、坊っちゃん?」

「いや、なんでもない」


 ぽつり、と呟いた俺を不思議そうにみやるアスガル。今は悩む暇などない。行動に移す場面だ。

 そう、一人覚悟を決める。


 ――それが俺の、アイン・アルデバラン15歳の晩秋。若かりし俺の決意だった。

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2025年12月23日 19:00
2025年12月24日 19:00
2025年12月25日 19:00

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